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#8 むらさきかがみ
#8-14 鏡に映る物
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その晩。俺は久し振りに台所に立ち、その日の夕飯を作った。背中を押してくれた七海さんへの感謝と、先生に対する後ろめたさから、俺は夕飯を、いつもより豪華にした。
「八神くん、これはどういう事だい?」
「ちょっとしたお詫びですね。すみませんでした」
俺は先生に向かって、深く、深く頭を下げる。先生は慌てて止めようとするが、俺はその言葉を聞こうとはしなかった。
「先生の事を完璧な存在だと勝手に思って、先生の負担には目を向けないでいました。本当に、申し訳無い」
一拍、空白ができる。それから先生は俺の頭を撫でて、「謝るのはこっちの方なんだよ」と言った。
「元はこっちがやった事だ。君が謝る必要は無いんだ」
「……はい」
俺は頭を上げて、先生と目を合わせる。その目はやはり、どこか不安そうだが、それでも強く光っていた。
料理を運び終わった俺達は、食卓を囲んで、夕食を食べ始める。七海さんと先生は、テーブルに並べられた料理を、我先にと皿に取る。
「ああそれと、七海さんも、ありがとうございました」
「ふっふ~ん。お姉ちゃんとお出掛けするのも良かったでしょ?」
「いやそうじゃないですけど……まあ、助かりましたよ」
どうやら冗談だったらしく、七海さんは少し笑った。助かったのは本当なんだがな。あの言葉が無かったら、多分先生と話し合おうともしなかった。感謝している。
だが、そんな俺達の会話に引っ掛かる所があったのか、先生は口を開いた。
「ちょっと待て。二人は、二人きりでお出掛けをしたのかい?」
俺達は顔を見合わせて、アイコンタクトをする。『先生に伝えてなかったのか?』『いっけない忘れてた』という風な遣り取りをした結果、俺は必至に弁明する事になった。
「いや、七海さんは俺の背中を押してくれただけで……」
「お出掛けしたんだね?」
「……はい」
そう答えると、先生は頬を膨らませて、また一口、おかずを食べた。うん。弁明は逆効果だったようだ。気まずいどころの話じゃない。俺は七海さんと、再度アイコンタクトを求める。
『なんとかしてくれ』
『おっけ。お姉ちゃんに任せなさい。その代わり……』
『前に食べたいと言っていたスイーツを一つ』
『二つ』
クッソ。いつの間にそんな事言うような人になったんだ。良いだろう乗ってやるよ。俺が頷くと、七海さんは頼もしい表情で親指を立てた。
「じゃあさ、今度は二人でお出掛けして来たら?お姉ちゃんは留守番してるからさ」
「え?いや私は……」
「遠慮しないの。お姉ちゃんの気遣いを受け取りなさい」
先生は少し悩む素振りをした後に了承した。少しだけ機嫌が良くなった先生は、口角を軽く上げながら、また白米を口に放り込む。これで一安心だ。気まずい空気は無くなった。七海さんの方を見ると、目で『分かってるよね?』と圧を掛けて来た。分かってるよ。手痛い出費になりかねんが、背に腹は代えられぬ。
そう言えば、真司さんにも謝らないとな。あの人にはそこそこ酷い事をやったし。菓子折りでも持って行こう。ちょっと高い奴を。出費がかさむが、こればっかりは仕方が無い事だ。
夕食を食べ終わった後、俺は先生と外出の予定を立てる。どうやら先生は、生きたい所があるようだ。
「八神くん、お出掛けの件だが……次の日曜日、映画館でも行かないか?」
「映画ですか。良いですね。何見に行きますか?」
「最近面白そうな作品を見付けたからね」
「何て作品ですか?」
「これだよ」
成程。分からん。まあ良いか。先生が見たいと言ってるなら、多分面白い作品なんだろう。俺が「わかりました。映画にしましょう」と答えると、先生は「やった」と明るい顔をした。
翌日。俺は三度目の八谷家を訪れていた。むらさきかがみの事を調べなければならない。ギエルは俺に、『覗き込め』と言った。確かに、ギエルが術を通して接触して来た事で終わりとも思えるが、念の為、完成した状態のむらさきかがみを見てみたい。
俺が八谷家の屋敷に入ると、道子さんの怒号が聞こえて来た。どうやら如月透哉さんと喧嘩をしているようだ。
「だ、大体貴方はですねえ!そ、そういう所が嫌われるんですよ!?」
「貴女のように人付き合いが苦手な人程、他人から嫌われなさそうで安心しましたよ」
「あ、ああ言えばこう言う人ですね!」
「叫ぶしか能が無い貴方よりかはマシですが?」
面倒な事になってるな。まあ問題無いか。むらさきかがみは修繕し終わって、多分厳重な封印を施した上で保管されているだろうが、まあ物は試しと言うだろう。俺は廊下を進み、襖を開ける。二人は俺に気が付くと、一瞬静かになり、そして自分に味方するように頼み始めた。
「き、聞いてくださいよ八神君!透哉さん酷いんです!」
「耳を貸さないでくださいね。先にやらかしたのは道子さんの方で……」
うん。面倒な事になってるな。しかし、今回ここに来た目的は、この二人の喧嘩を仲裁する事じゃない。だから耳元で笑うのはやめろ英祐。俺何もしてないんだから。目の前で笑っちゃ失礼だから。
「用件を言っていいですか?」
「あ、遊びに来た訳じゃないんですね」
「て、てっきり私と透哉さんの喧嘩を仲裁しに来てくれたのかと」
俺のイメージどんだけ便利なんだよ。喧嘩の仲裁とか苦手な部類なんだがな。むらさきかがみが見たいと伝えると、道子さんは少し悩んだ末に、「だ、大丈夫だと思う」と言った。
「しゅ、修繕はもう終わってるし、封印も施してある。じゅ、術を使う訳じゃないんでしょ?」
「はい。ただ見るだけです」
てな感じで、俺はむらさきかがみを見られる事になった。道子さんの案内を受けて土蔵に来た俺は、以前からの変わりように驚いた。
「前来た時とは大分違うんですね」
「あ、あの時はむらさきかがみを封印してなかったからね。ほ、本当は今の方が正常なんだよ」
まあそうか。俺は土蔵の一番奥に保管されている不気味な鏡に近付き、そこに映る物を覗き込む。そして驚く。
そこに映っていたのは、以前むらさきかがみを解析した時に見た、人が寄り集まってできたような化物だった。
「八神くん、これはどういう事だい?」
「ちょっとしたお詫びですね。すみませんでした」
俺は先生に向かって、深く、深く頭を下げる。先生は慌てて止めようとするが、俺はその言葉を聞こうとはしなかった。
「先生の事を完璧な存在だと勝手に思って、先生の負担には目を向けないでいました。本当に、申し訳無い」
一拍、空白ができる。それから先生は俺の頭を撫でて、「謝るのはこっちの方なんだよ」と言った。
「元はこっちがやった事だ。君が謝る必要は無いんだ」
「……はい」
俺は頭を上げて、先生と目を合わせる。その目はやはり、どこか不安そうだが、それでも強く光っていた。
料理を運び終わった俺達は、食卓を囲んで、夕食を食べ始める。七海さんと先生は、テーブルに並べられた料理を、我先にと皿に取る。
「ああそれと、七海さんも、ありがとうございました」
「ふっふ~ん。お姉ちゃんとお出掛けするのも良かったでしょ?」
「いやそうじゃないですけど……まあ、助かりましたよ」
どうやら冗談だったらしく、七海さんは少し笑った。助かったのは本当なんだがな。あの言葉が無かったら、多分先生と話し合おうともしなかった。感謝している。
だが、そんな俺達の会話に引っ掛かる所があったのか、先生は口を開いた。
「ちょっと待て。二人は、二人きりでお出掛けをしたのかい?」
俺達は顔を見合わせて、アイコンタクトをする。『先生に伝えてなかったのか?』『いっけない忘れてた』という風な遣り取りをした結果、俺は必至に弁明する事になった。
「いや、七海さんは俺の背中を押してくれただけで……」
「お出掛けしたんだね?」
「……はい」
そう答えると、先生は頬を膨らませて、また一口、おかずを食べた。うん。弁明は逆効果だったようだ。気まずいどころの話じゃない。俺は七海さんと、再度アイコンタクトを求める。
『なんとかしてくれ』
『おっけ。お姉ちゃんに任せなさい。その代わり……』
『前に食べたいと言っていたスイーツを一つ』
『二つ』
クッソ。いつの間にそんな事言うような人になったんだ。良いだろう乗ってやるよ。俺が頷くと、七海さんは頼もしい表情で親指を立てた。
「じゃあさ、今度は二人でお出掛けして来たら?お姉ちゃんは留守番してるからさ」
「え?いや私は……」
「遠慮しないの。お姉ちゃんの気遣いを受け取りなさい」
先生は少し悩む素振りをした後に了承した。少しだけ機嫌が良くなった先生は、口角を軽く上げながら、また白米を口に放り込む。これで一安心だ。気まずい空気は無くなった。七海さんの方を見ると、目で『分かってるよね?』と圧を掛けて来た。分かってるよ。手痛い出費になりかねんが、背に腹は代えられぬ。
そう言えば、真司さんにも謝らないとな。あの人にはそこそこ酷い事をやったし。菓子折りでも持って行こう。ちょっと高い奴を。出費がかさむが、こればっかりは仕方が無い事だ。
夕食を食べ終わった後、俺は先生と外出の予定を立てる。どうやら先生は、生きたい所があるようだ。
「八神くん、お出掛けの件だが……次の日曜日、映画館でも行かないか?」
「映画ですか。良いですね。何見に行きますか?」
「最近面白そうな作品を見付けたからね」
「何て作品ですか?」
「これだよ」
成程。分からん。まあ良いか。先生が見たいと言ってるなら、多分面白い作品なんだろう。俺が「わかりました。映画にしましょう」と答えると、先生は「やった」と明るい顔をした。
翌日。俺は三度目の八谷家を訪れていた。むらさきかがみの事を調べなければならない。ギエルは俺に、『覗き込め』と言った。確かに、ギエルが術を通して接触して来た事で終わりとも思えるが、念の為、完成した状態のむらさきかがみを見てみたい。
俺が八谷家の屋敷に入ると、道子さんの怒号が聞こえて来た。どうやら如月透哉さんと喧嘩をしているようだ。
「だ、大体貴方はですねえ!そ、そういう所が嫌われるんですよ!?」
「貴女のように人付き合いが苦手な人程、他人から嫌われなさそうで安心しましたよ」
「あ、ああ言えばこう言う人ですね!」
「叫ぶしか能が無い貴方よりかはマシですが?」
面倒な事になってるな。まあ問題無いか。むらさきかがみは修繕し終わって、多分厳重な封印を施した上で保管されているだろうが、まあ物は試しと言うだろう。俺は廊下を進み、襖を開ける。二人は俺に気が付くと、一瞬静かになり、そして自分に味方するように頼み始めた。
「き、聞いてくださいよ八神君!透哉さん酷いんです!」
「耳を貸さないでくださいね。先にやらかしたのは道子さんの方で……」
うん。面倒な事になってるな。しかし、今回ここに来た目的は、この二人の喧嘩を仲裁する事じゃない。だから耳元で笑うのはやめろ英祐。俺何もしてないんだから。目の前で笑っちゃ失礼だから。
「用件を言っていいですか?」
「あ、遊びに来た訳じゃないんですね」
「て、てっきり私と透哉さんの喧嘩を仲裁しに来てくれたのかと」
俺のイメージどんだけ便利なんだよ。喧嘩の仲裁とか苦手な部類なんだがな。むらさきかがみが見たいと伝えると、道子さんは少し悩んだ末に、「だ、大丈夫だと思う」と言った。
「しゅ、修繕はもう終わってるし、封印も施してある。じゅ、術を使う訳じゃないんでしょ?」
「はい。ただ見るだけです」
てな感じで、俺はむらさきかがみを見られる事になった。道子さんの案内を受けて土蔵に来た俺は、以前からの変わりように驚いた。
「前来た時とは大分違うんですね」
「あ、あの時はむらさきかがみを封印してなかったからね。ほ、本当は今の方が正常なんだよ」
まあそうか。俺は土蔵の一番奥に保管されている不気味な鏡に近付き、そこに映る物を覗き込む。そして驚く。
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