怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

文字の大きさ
上 下
123 / 169
#8 むらさきかがみ

#8ー13 都市伝説 

しおりを挟む
 この町には、都市伝説がある。

 『存在しない電話番号』に電話を掛けると、二人の探偵が現れて、オカルト絡みの依頼を何でも解決してくれるそうだ。

 彼等はどこから来るのだろう。彼等はどうして来るのだろう。その全ては、謎に包まれている。

 俺は久し振りに、事務所への道を歩いている。英祐は俺の肩で、「この道もなんだか久し振りな気がするよ」と言っている。俺もそう感じる。
 話し合う事にした。七海さんが言ったように。俺が今持っている以上の情報は、これ以上足掻いても手に入らないだろう。ならば、いっその事避けていた話し合いをするしか無い。
 というのは建前で、これ以上頭の中がぐちゃぐちゃになるのが嫌なのだ。少しでも、この状態を長引かせたくない。その為に、俺は話し合いをする。
 何を話せば良いだろう。まだ分からない。まだ感情の整理ができていないのかも知れない。それでも、今の俺には話し合いが必要なのだと思う。
 俺は久し振りに、事務所の扉の鍵を取り出す。それを鍵穴に差し込み、回し、鍵を開ける。扉を開き、久し振りに事務所の中へ入る。
 一番最初に視界に入った人物は、やはり七海さんだった。七海さんは俺の方を見ると、少し怒ったような顔をした。
「遅いよ」
「済みません。あれからずっと、考えてました」
 少し、お互いに何も言わない時間が流れる。七海さんは怒ったような顔のまま、冷静に俺を見つめる。俺は何も言わず、その目を見つめ返す。
「岩戸咲良は?」
「多分起きてる」
「分かりました」
 俺は廊下を歩き、岩戸咲良の部屋へ向かう。その扉の目の前まで来て、扉をノックしようとした所で、俺はその手を止めた。何を言えば良いんだろう。何を話して、何を見て、何をすれば良いんだろう。不安で頭の中が埋め尽くされる。ぐちゃぐちゃの感情すら覆い隠す勢いで膨らむソレを、俺はなんとか抑え込もうとする。
 深呼吸する。落ち着け。俺は覚悟を決めて、扉をノックする。すると、扉の向こうから細い声で、「七海かい?」と声が聞こえて来る。その声だけで、まるで心臓を鷲掴みされているような心地になる。だが、俺はここで引き返す訳には行かない。
「俺だ。岩戸咲良」
「……八神くん?」
「そうだ……入るぞ」
「えっ!?ちょっと待……」
 俺が扉を開くのと、岩戸咲良が慌てて毛布を被るのは、ほぼ同時の事だった。彼女は俺に姿を見せたくないようで、毛布の端を固く握り締めている。俺は部屋にあった椅子に座り、その姿を見る。
「なんで……来たんだ」
「話をしに来た」
「話せる事は……何も……」
 成程。この一言で、以前に岩戸真司と彼女が何も言わなかった理由が、二つ推測できる。先ず最初に、この話は彼等二人だけで背負いきれる物ではないという物だ。当たり前ではあるが、一番あり得る。そして二つ目が、契約だ。もし彼等が『この件について口外しない』という契約を交わし、それを破った代償が命だとすれば、話せないのも無理は無い。
 だが俺にはやれる事がある。俺の術式であれば、彼女が口外した事にならず、ただ情報だけを抜き取る事ができる筈だ。そうなれば、契約の代償も無視できる可能性がある。
「なら、俺の術式で情報を抜き取る。頭を出せ」
「……できない」
 彼女は毛布の中で首を横に振る。俺は何も、首を切り落とすなんて言ってないのにな。
「俺には情報が足りない。お前の頭を覗かせてもらえないか?」
「……済まない。これは契約なんだ」
 俺の術式でも駄目なのか?『口外しない』ではなく、『情報を拡散させない』だった場合はあり得るか。
「なら諦める。で、ここからが本題だ」
 俺は岩戸咲良の輪郭を見つめながら、真っ直ぐ問う。

「アンタは俺の事、どう思ってるんだ?」

 少しの沈黙。お互いに何も、言葉を発さないでいる。俺は、絶対に動こうとしない岩戸咲良を待ちながら、部屋を見回す。変わらず整頓された部屋だ。そう、何も変わっていない。要するに、誰かが何かに触れた様子が、ベッドからドアノブにかけて以外存在しないのだ。
 彼女はどれだけ、自身を責めていたんだろうか。恐らく、俺の想像など軽く超えてしまうのだろう。責任だけが、彼女を完璧な人間として立たせていたのだろうか。もしそうなら、それはどれだけ苦痛だっただろうか。
 そう考えを巡らせていると、不意に、岩戸咲良が話し始めた。
「君は私にとって……私の罪の象徴のような人間なんだ。君の普通の生活を奪って、君の時間を奪って、君の家族も奪って、君の感情も奪って、君の力も奪って、君の自由も奪って、何より、君という人間の自意識を奪った」
 岩戸咲良の言葉は、所々が涙で滲んでいた。普段は自身の弱い部分を見せたがらない彼女が、その弱い部分を隠しきれず、その姿を外に漏らしてしまう。
「済まないと思っている。君はきっと、私が居なかった方が幸せだったと思う。普通に家族と暮らして、普通に学校に行って、普通にご飯を食べて、普通に寝て……そういうありふれた日常幸せを、私が奪ったんだ」
 涙を必死に堪える声で話す彼女は、ほんの少しだけ震えている。軽く、小さなその身体で、どれだけ思い詰めていたのだろうか。
「だから、君は私と……」
「俺が今しているのは、理性じゃなくて感情の話なんですよ」
 俺は安心した。多分今以上に、心が穏やかだった瞬間は無い。今までの人生にも、これからの人生にも、きっと今以上の瞬間は訪れないだろう。
「俺は貴女を愛しています。ですから一緒に居る事を望みました。貴女が理想の自分を見せようとしている所も含めて、俺は貴女が愛おしい。完璧に振る舞おうとする所も、だらしない所も、全部含めて愛おしい」
「だけど、その感情も私のせいで……」
「ええ貴女のせいです。貴女のせいで、俺は今頭がぐちゃぐちゃなんですよ。ですから、貴女には責任がありますよ」
 俺は先生の頭に手を当てて、少し撫でる。直接触れる事はできないが、それでも、少しは安心して欲しい。

「貴女は、もっと自分に正直になってください」

 先生は少しだけ時間を置いて、毛布から顔を出した。酷い顔だ。そう思った。涙と鼻水でべとべとで、目の下にはクマがある。少しやつれて見えるその顔が、俺は愛おしく感じられた。
「君は私の罪の象徴だ。それを撤回するつもりは無いし、君に対して申し訳無いとも思っている」
「はい」
「本来なら、君には私じゃない、私よりも君に見合った人と結ばれるべきだと思っている」
「はい」
「だけどそれ以上に、君が愛おしくて堪らない。だから……」

「この世で一番大好きな君を、抱き締めさせてくれないか?」

 岩戸咲良の顔は、親におもちゃをねだる子供のような顔だった。俺がその身体を抱き締めると、先生も俺の身体を強く抱き締めた。先生は大きな声で泣きながら、決してその手を放さなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

夜鴉

都貴
キャラ文芸
妖怪の出る町六堂市。 行方不明に怪死が頻発するこの町には市民を守る公組織、夜鴉が存在する。 夜鴉に在籍する高校生、水瀬光季を取り巻く数々の怪事件。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...