怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#8 むらさきかがみ

#8ー7 可能性

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 自身の状況は理解している。俺は恐らく、かなり以前に術に掛けられ、結果、記憶や認識が一部歪んでいたんだろう。お陰で、今では人殺しにも躊躇しなくなった訳だ。全くありがたい限りだな。
 兎に角、今は調べなければ。岩戸咲良の発言から察するに、岩戸咲良、或いは岩戸家は、俺に掛かっていた術と何かしら関係がある筈だ。取り敢えず、岩戸家へ行こう。そこで何か掴める筈だ。俺はベッドから起き上がり、部屋を出る。
 すると、七海さんと目が合った。どうやら、お見舞いの品を買って、戻って来る所だったようだ。
「ああ起きたんだね八神君」
「はい。これから少し、調べ物でもしようかと思いまして」
 俺はなんでもないような顔をして、七海さんの横を通り過ぎようとする。しかし、七海さんはさっさと話を終わらせたい訳ではないようで、俺の肩を後ろから掴んで、無理矢理話をしようとする。
「ねえ、さっき咲良さんが泣きながら走って行ったの。何か知ってるよね?」
 成程。さっきのが余程ショックだったようだ。しかし、俺自身もこの件については分かっていない事の方が多い。現段階では何も言えない。俺は「すみません」と前置きをしてから、今言える事だけを話し始める。
「岩戸咲良についての事は、現段階では何も言えません。俺も今から調べる所でしたから」
「岩戸咲良って何!?八神君は咲良さんの事、『先生』って呼んでたよね!?」
「あの人については、今の俺には何も判断できません」
 どこまでが仕組まれていた事で、どこまでが偶然だったのか。現段階の俺には判断がつかない。何か判断できるだけの材料が無い。俺は「では」と言って軽く頭を下げてから、七海さんの手を解いて、そのまま進み始める。
「ちょっと!」
「ああそれと、岩戸咲良にはこう伝えておいてください」

「『暫く帰るつもりは無い』と」

 英祐と一緒に資料室に籠って、岩戸家のついてここ数年の出来事を調べているが、何も出て来ない。当たり前と言えば当たり前だが、やはり面倒だな。岩戸家の人間に俺の術を使うか?いやそれはリスクが高い。
「ねえお兄ちゃん。『術が解けた』って咲良お姉ちゃん言ってたけど、どういう事なの?」
「そのままだ。俺には術が掛けられていた。俺の認識だとか記憶だとかが一部変化していたんだ。ギエルが俺に何かしたお陰で、その術は解けたようだ」
 しかし、とても高度な術だ。俺は兎も角して、神である英祐の目も誤魔化せるとは。改変されたのは、認識や記憶というよりかは現実そのものなのかも知れない。
 だが、そんな事ができるとしたら、それこそ正に『神の御業』だ。過去に起きた事象、現実を改変する術は、現時点で実用化されていないらしい。理論上は可能だが、それを可能にできるだけの霊力や魔力、神通力が、現代の人間には備わっていないそうだ。
 とは言っても、考え得るのはそれしか無い。だが、そんな事ができるなら、何か別の形で好評している筈だ。俺が空いてだったから上手く行ったのだろうか。それとも、成功したのはただの偶然で、方法が確立されている訳ではないとか?
 駄目だ。全く分からない。俺は頭を押さえて仰け反る。その勢いが良すぎたのか、椅子は俺の体重を支え切れず、そのまま後ろに倒れた。咄嗟に霊力で身体を強化したが、頭をぶつけた。次は別の意味で頭が痛くなる番だった。
「大丈夫?」
「問題無い……痛て」
 俺は頭を押さえながら立ち上がり、椅子を元の状態に戻す。そこそこ痛い。ていうか首も捻ったかな。俺は首の違和感を消す為に、首を回した。
 そこで、一枚の資料を目にした。『血液を用いた退魔の術に関する記述』と記されている。俺はそれを手に取り、開き、読み始める。
『血液とは、ありとあらゆる生命において必要不可欠な物である。そしてその在り方は、その一族で決まるそうだ。
 これは科学ではなく、神秘の話だ。そして神秘において、血液を用いた術とは、霊力ではなく、その者の存在を消費して行使される術である。必然、効果も通常の術とは比べ物にならない程高まる。
 それは、奇跡と呼んで差し支えない物だと言う。存在を全て捧げれば、人の生死も世界の法則も、思いのままとなるらしい。
 勿論、人の子一人の記憶や認識を弄る程度、造作も無い事だろう。』
 どうやらこれは、血液を用いた、特殊な術を行使する為の研究の結果をまとめた物らしい。俺は椅子に座り直し、そのまま読み進める。
『第一実験。
 用いた血液:白金級退魔師 神宮寺慎太郎
 血液を用いて五芒星を描き、術を使う。失敗。未確認の神秘のエネルギーが暴走。退魔師が十名死亡、三名重症。その後、退魔師の体から同様のエネルギーが出現、神宮寺氏の体の中へ溶け、同化した。以下、この未確認のエネルギーを、『存在力』と呼称する』
 慎太郎さんの血液を使った結果が失敗か。通常、退魔の術は自身の力をそのまま使う物の為、力が籠っているかが分からない血液を用いた術では、普段と勝手が違うのだろう。魔術は昔から、血液を用いた術を使っていたそうだが、それとは何か違うのだろうか。魔術ではなく、退魔の術を使えないかという実験なのだろう。
『第二実験。
 用いた血液:白金級退魔師 西園寺達也
 血液を用いて五芒星、六芒星をそれぞれ描き、術を使う。失敗。存在力は、西園寺氏の体の中へ溶け、同化した。神宮寺氏の血液の実験でも同様の現象が見られた為、何か不明な手段を用いて、存在力を陣へ固定する必要があるようだ。』

『第三実験。
 用いた血液:白金級退魔師 岩戸真司
 血液を用い、今回は特定の陣を用いず、存在力を直接操る試み。失敗。存在力は岩戸氏の体の中から出現せず。岩戸氏は存在力を殆ど感じ取る事ができなかったそう。』

『百鬼夜行への対策の為、一度この実験は凍結される。』

『実験再開。』

『第四実験。
 用いた血液:金剛級退魔師 神宮寺慎太郎、西園寺達也
 二人の血液を同時に使い、五芒星を描き、術を使う。失敗。存在力はそれぞれ、神宮寺氏、西園寺氏の体の中へ溶け、同化した』

『第五実験。
 用いた血液:金剛級魔術師 Arthur・Broun
 魔術を扱う人間によって、実験を行う。陣は用いず。成功。しかし、発動したのは魔術であり、退魔の術は発動しなかった為、失敗とする。』

『第六実験。
 用いた血液:金剛級退魔師 西園寺達也
 以前と異なる点として、西園寺氏の体に直接五芒星を描く。失敗。存在力は確認できたものの、術が発動する事は無かった』

『当プロジェクトのリーダー岩戸真司氏が、研究の無期限停止を決定。研究は凍結される。また、今後同様の実験を行う事も禁ずる。』
 そう締めくくられた最後の一文には、要請があった日付が記されていた。それは丁度六年と少し前、父さんが死ぬ、丁度一か月前だった。
 俺はその資料を閉じ、本棚へ戻す。手掛かりが掴めた。やはり岩戸家には何かがある。俺と英祐は、『これからどうしようか』と考えながら、資料室を出た。
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