怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

文字の大きさ
上 下
114 / 169
#8 むらさきかがみ

#8ー5 その代償は

しおりを挟む
 血を用いた術で消費するのは、使った者の存在で、それは決して回復しない。使えば体は弱り、やがて死に至るそうだ。
 しかし、『存在』とはどういう事なのか、未だに分かっていない。分かっているのは、『使えば弱る』事だけ。何故弱るのか、そもそも、どうして弱るのかが分かっていない。
 と言うよりかは、血を用いた術に関する記述は、遥か昔、平安の世で掛かれたとされる、著者も不明な一つの書物に書かれていた事以外は、何も無いのだ。
 試した人間は無数に居る。しかし、自身で感知できる霊力と異なる、『存在』という何かを消費する術は、誰も成功する事が無かった。

 少なくとも、公に行われた実験では。

 一週間程経ち、八谷家から連絡が入った俺達は、『解析が終わったにしては少し早いな』と思いながら、八谷家に向かった。どうやら鏡に、何かが書かれていたのが発見されたらしい。
「隠すでもなく小さく書くだけって、まるで小学生だね」
「どういう考えの下の行動なのか、全く分からないな」
「何が書いてあるかにもよりますけどね。まあ、聞いてみてのお楽しみです」
 八谷家の中には、既に複数名の退魔師が集まっており、鏡の破片に、何か術が残されていないかを解析しているようだった。道子さんは俺達を笑顔で出迎えてくれた。
「い、一週間振り!ごめんね。急に……」
「大丈夫だよみっちゃん。どうせ予定が入る事も稀だしね」
 それを先生が言うのか。この中で唯一まともに収入を得ようとしていない先生が。
 道子さんは「じゃ、じゃあ、早速」と言って、一枚の写真を取り出した。どうやら、鏡の破片のが拡大された写真のようだ。俺達はそこに書かれた文を読んで、やはり首を傾げた。
「『廻れ廻れ』?何が?」
「そ、それが分からないんだ。今、他の破片にも残されていないかをチェックしてるんだ」
 廻る。一度変わって。また元の状態へ。戻る。何かが。廻る。いつの日か。
 俺は何を考えている?何かがおかしい。この文を見た瞬間から……いや、この感覚は初めてじゃない。一週間前、むらさきかがみの破片を見つけた時と同じような感覚だ。何かがおかしい。何か、とても根本的な物が。
 ああ、頭が重い。何でだろう。俺はその感覚に身を任せ、体勢を崩す。
「八神さん、危ないですよ」
 倒れかかった俺の肩を支えたのは、如月透哉さんだった。俺はその瞬間に、少しだけ正気に戻って、自分の体勢を元に戻した。
「大丈夫ですか?何やら様子が変でしたが」
「立ち眩みかな……大丈夫ですよ」
 やはり、頭の中の違和感が消えない。何かがおかしい。その何かが分からない。何がおかしいのか、全く分からない。まるで目の前に透明な彫像が置かれているようだ。
 いや、今は止めておこう。今考えても仕方が無い。俺は頭の中を一旦リセットして、現在の問題に臨む。
「で、今回の用件は何ですか?」
「や、八神君の術式なら、鏡に残った思念を読み取れるでしょ?それで、多少何かが分かるかもって思って……」
 ギエルがそんな証拠を残しているとは思えないけどな。まあでも、むらさきかがみ本体の思念に触れないようにすれば、何か残されているかを探った上で、残されていた映像を見れるかも知れない。試す価値はあるな。
「分かりました。じゃあ、その文字が書かれていたという破片を貸してください」
「わ、分かった。ちょっと待ってて」
 道子さんは退魔師達の方へ歩いて行くと、一つの箱を受け取って戻って来た。箱には、お札が乱雑に貼り付けられている。
「あ、安全性の為だから、箱越しになっちゃうけど……」
「大丈夫な筈です。時間は掛かるでしょうけどね。英祐、補助してくれ」
「分かったよ」
 俺は箱に手を触れ、術式を発動する。慎重に、慎重に。一歩間違えば、俺はこの破片に込められた言霊の力に押しつぶされるだろう。
 俺は目を閉じて集中する。頭の中に、無数の情報が流れ込み、そして過ぎ去って行く。俺はその情報の濁流の中に、ギエルの姿を探す。間違った物に意識を向ければ終わりだ。集中しろ。冷静に、落ち着いて、慎重に……
 俺はほんの一瞬、ギエルの姿が瞼の裏に浮かんだ。俺はその姿に意識を集中させ、破片に残された思念を読み取ろうとする。

 それが間違いだった。俺の意識は遠のき、やがて消えた。

 目が覚めると、俺は見知らぬ白い空間の中に居た。どこまでも白く、地平線も足場のように見える物も無い、ただ白いだけの空間に、俺は立っている。
「どうやら、成功したようですね」
 聞き覚えのある声に、俺は身構える。ギエルの声だ。どこから聞こえている?全ての方向から聞こえたような気がするし、全ての方向に、奴の霊力を感じる。『成功した』という発言から察するに、俺は既に、奴の術中らしい。
 ならば何をしても無駄だろう。俺は構えを解き、周囲を見渡す。
「いつもは顔を見せてくれるのに、今日は駄目なのか?冷たいな」
「いつもなら良いのですが、今回は少し特殊な状況でして。私の部下に助けてもらって、一時だけ、私と貴方が、完全に二人きりでお喋りできる場を設けたのですよ」
 対話対話って、コイツはいつもそうだな。相手を納得させる事の重要さは理解しているつもりだが、こうも何度も挑戦するのは、全く理解できない。
「話しましょう。貴方の今の状態について」
「前に言っていた、『協会が嘘を吐いている』って奴か?」
「ええ。その通りです。貴方の状態を正常に判断できるのは、私達だけですからね」
 低く見られた物だな。俺でも俺の状態が分からないと言うのか。自己管理もできないバカだと思われてるのか?
 しかし、俺の体質については、俺も全く分かっていない。ここは何も言うまい。
「八神蒼佑さん。貴方の体質は、何に起因する物だとお考えですか?」
「生まれつき……じゃないな。体は弱ってたのに、霊力で無理矢理動かしてた影響か?」
「惜しいですが、違いますね。我々はその体質を、封印の代償と考えております」
 封印?何の?俺が封印した怪異は居るが、この体質には、怪異を封印するより前になっている。何もおかしな所は無い筈だ。
「何の封印だ?」
「貴方自身の」
「はっ。聞く気も失せる妄言だな」
「貴方、自身の体質について、人間離れしていると思った事は?」
 俺は一瞬黙ってしまう。それが相手にとっては答えと同義だったらしく、ギエルは続きを話し始める。
「その『人間離れしている』のが、貴方本来の能力なんですよ。それ以外の部分は、封印されているだけです」
「言っておくが、自分に何かの術が行使されているかどうか位は判断できる。怪しい新興宗教の真似事は他所でやるんだな」
「なら試してみよう」
 直ぐ後ろからした声に振り向くのと、俺の顔面が鷲掴みにされるのは、ほぼ同時の出来事だった。俺は霊力で身体を強化しようとするが、何故か霊力が上手く操れず、霧散する。
「今、貴方に掛けられた術を解きます。安心してください。少し痛むだけです」
 その瞬間、ギエルの掌から俺に、霊力が流れ込んで来た。俺は激痛に苛まれるが、動く事ができない。
 何かが変わる。変化する。戻る。廻る。違和感が晴れる。気分が良い。

 俺の意識はそこで途切れ、残ったのは、頭をかきまわされるような激痛だけだとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

夜鴉

都貴
キャラ文芸
妖怪の出る町六堂市。 行方不明に怪死が頻発するこの町には市民を守る公組織、夜鴉が存在する。 夜鴉に在籍する高校生、水瀬光季を取り巻く数々の怪事件。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

処理中です...