怪しい二人

暇神

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#7 人類保護連盟

#7ー14 振り出し

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 目を覚ますと、俺は協会本部の医務室に寝かされていた。俺は体を起こし、痛む頭を押さえ付ける。隣のベッドを見ると、先生が寝ていた。俺はその光景で、自分が気を失う前の事を思い出した。
 あの武器は何だったのだろう。神秘を扱う存在に対してのみ効果を発揮する、特殊な音波でも流したのだろうか。オオクニヌシの件然り、敵は俺達には無い、珍しい武器を扱っているようだ。
 手掛かりも無くなってしまった。折角誠君達に協力を頼んだのに、大した成果も無しで申し訳無い。春日部家が内通者だったという事、敵は複数の神殺しを所持している事、この二つしか分からなかった。連盟の本拠地を掴む事はできなかったとは。悔しいな。
 あれからどれ位経った?俺は近くにあったデジタル時計を確認し、今の日時を調べる。どうやら、然程時間は経っていないようだ。それでも、日は沈むような時間なのだが。俺は寝かされていたベッドから降り、スリッパを履いて、廊下に出ようと、扉に手を掛ける。
 開こうと、俺が力を入れるよりも一瞬先に、部屋の扉が開いた。俺は入って来た人物とぶつかり、尻餅をつく。
「痛ったあ……あ、八神君!起きたんだね!」
「お姉ちゃん?」
 どうやら七海さんは、俺よりも先に起きていたようだ。七海さんは俺を立ち上がらせると、持っていたリンゴを差し出した。
「はいコレ!こういう時は果物を食べると良いらしいよ!」
「どこ情報なんですか?それと、先生はまだ寝ているので、少し静かにしてください」
 俺はそのリンゴを受け取って、大人しくベッドに戻った。空腹は感じないが、少しは腹に物を詰めた方が良いだろう。俺はそのリンゴを、七海さんが持っていた果物ナイフで四つに切り分け、一つを自分の口に運んだ。
「私が一番最初に目を覚ましてね?もう大変だったんだよ。私達を撃退したあの武器の事を暫く聞かれ続けてね。結局何も分からないから、進展は無かったんだけど……」
「どれ位前に目が覚めたんですか?」
「ええっと……二時頃かな。二人がここまで目を覚まさないとは思わなかったよ」
 そんなに前だったのか。個体に因って、効き目に大きな差があるようだ。いや、七海さんの体に存在している、オオクニヌシとしての強化された力は健在なので、それが原因かもな。まあ何にせよ、先生が目を覚ますのも、時間の問題だろう。
「あ、お医者さんを呼んで来るね。検査か何かがあるとかで……」
 そう言って七海さんは、この部屋を再び出た。俺は隣のベッドに目を移し、寝ている先生の顔を確認した。いつもの事だが、綺麗な顔をしている。まるで西洋の芸術品のような美しさがある。完成されている顔面だ。
 『今ならバレないよな?』と一瞬考えたが、その考えを飲み込みながら、俺はベッドに戻る。そう言えば、神サマは大丈夫だろうか。多分俺の私物として、協会に回収されているだろうな。とは言え、窮屈な場所を嫌がる奴だ。なるべく悩めに迎えに行きたいな。
 それから少しして、医者がやって来た。俺は簡単な検査を受けて、自由行動を許された。
 自由行動が可能になった俺は、七海さんと並んで、協会本部を歩いていた。
「にしても、八神君って背高いよね。咲良さんと並ぶと、年が離れた兄妹みたい」
「多分親父の遺伝でしょうね。親父顔だけで飯食える位には顔とスタイルが良かったですから」
「そうなの!?」
 思い返せば、本当に色男だった。若く見えるタイプではないが、実年齢よりは若く見られる事が多かったように感じた。妙に色気があったし、俺の母親も、それで引っ掛かったみたいな話を覚えている。
「でもさ、咲良さんって何歳なの?中学とか高校とかその辺りに見えるけど、その辺りの年の子にしては、大人び過ぎてるよね」
「あの人の実年齢は俺も知らないんです。協会の名簿にも無いですし、直接聞けば、上段蹴りを繰り出して来ますから。多分、あの人の家族以外は知らないんじゃないですか?」
 そんな事を話しながら七海さんと話していると、前から誠君と春日部さんが歩いて来た。
「起きたんだね蒼佑君!」
「ああ。そっちはどんな感じ?」
「春日部家は、連盟と関わっていた人間が全員協会に捕らえられたわ。私の方には何も無かったけど、殆どの人間が居なくなったし、かつての権威は無くなるでしょうね」
「ごめんね。折角作戦を上手く行かせられたのに、私達が逃がしちゃって……」
「大丈夫だよ。きっとまだやりようはある。僕も日向も、また何かあれば協力するから」
 申し訳無さそうにする七海さんに、誠君が慰めの言葉を掛ける。その横で、俺は春日部さんに頭を下げた。
「済まなかった。貴女には多分、多少の覚悟を決めるのを強いただろう。それなのに、俺は成果を持って帰れなかった。俺にできる事は何でもしよう」
 春日部さんは「ふうん……『何でも』ねえ」と言って、俺を見下ろす。誠君は「止めなよ」と言いながら春日部さんを宥めようとする。しかし春日部さんは止めようとはせず、俺に一つの、『お願い』を言った。
「今度、私と誠で、どこか高い店に行こうと思ってるの。その時のお代、貴方に払ってもらうわね」
 俺は頭を上げて、少し笑った。
「勿論。金は用意しておこう」
「それで良いのよ」
 どうやら、春日部さんは俺が思っていたよりかは、清廉潔白な人のようだ。俺の事が気に入らないからと、『消えろ』とは命令しなかった。気に入らない奴は、自分の力で、正面から叩き潰す。そんな考えを持って、自分の道を歩こうとしている。凄い人だ。
 それから俺達は、少し話してから、先生の居る医務室に戻る事にした。しかし、問題が起きたのは、その時だった。
 爆音と共に、協会が揺れた。霊力がどこかで弾けたようだ。この方向は丁度……医務室の方向だ。
「今の何?え?八神君!」
 俺は急いで、先生が居る医務室へ向かった。こんな事でやられる人じゃない。大丈夫だ。落ち着け。そんな考えで、なんとか冷静になろうとするが、俺には到底無理な事だった。
 俺は医務室に着くと、大きな霊力が、中で蠢いているのが分かった。俺はそれに臆せず、医務室の扉を開けた。そして、そこで信じられない物を目にした。

 そこには、呻き声を上げて悶え苦しみながら、霊力を垂れ流す先生の姿があった。
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