怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#6 存在してはいけない駅

#6ー15 救援

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 俺は今、携帯電話が普及した現代の、悪い所を体感している。そう、公衆電話が全く見当たらないのだ。映画や漫画でよく見る、あの透明な箱が、一つも見つからない。
 お陰で、俺は事務所まで走る事を余儀なくされている。後ろからは勿論、あの二人が追って来ている。勿論、いくつかの近代兵器と共に。俺を狙っているようだが、走っている状態で狙いが定まる訳も無い。弾丸は俺の横を、ギリギリの所で通り過ぎる。当たる軌道の物は、原稿用紙に霊力を込めた、簡易式の壁で防げる。
 機関銃を使って来ないのが幸いだな。弾幕とか張られたら、一瞬で蜂の巣にされてしまう。俺の術式は便利だけど、前準備無しじゃ選択肢も少ない。もうあの強度の壁は展開できない。
 俺は曲がり道を駆使して射線を切りながら、事務所へ向かう。霊力の強化ありとは言え、回り道を挟みながらの道のりは長い。まだ掛かりそうだ。
「待て!逃がさないですよ!」
「当ててから言え!」
 狙いが定まっていないのは、あくまでも走りながらだからだ。もし相手の片方でも、一瞬立ち止まる選択をされたら、動きを止められて終わりだ。
 事務所に着けば、もしかしたら先生と七海さんだけでなく、幸子や沙月さんも居るかも知れない。そうなれば、形勢逆転は確実だ。だが、相手はそうなる前に逃げる判断はできるだろう。できれば、この場で捕えたい。だが、それが可能な備えは、今は無い。どうするかな。
 そう考えてから、行動するまでが遅かった。俺の足は、弾丸に撃ち抜かれてしまった。
「クソッ!」
 相手は、息を整えながら、こっちに近付いて来た。どうやら、相当疲れているようだ。
「貴方程慎重な人が、私達を同時に相手にしない事を前提とした作戦だったんですけど……上手く行ってくれたようですね」
「ああそうかい!」
 俺は原稿用紙に霊力を込めて、相手の目に貼り付ける。術式を少し応用すれば、この程度の事ならできる。敵はそっちに気を取られている。兎に角身を隠して、救援を待とう。弾丸が体の中にある状態で治す判断はしない。走り難いが、我慢しよう。
 俺は公園の遊具の中に身を隠した。ここまで追って来るのも時間の問題。果たしてどうしようか。
 その時、外から聞き覚えのある声が聞こえた。
「八神……全くどこに居ますの?」
 全く丁度良い所に来てくれる。俺は遊具から出て、その声の主を目に写す。
「ここだ!」
「八神!今日こそ恨み……なんて言っている状況じゃないようですわね」
 声の主は、神宮寺幸子だった。

 俺は一通り、今に至るまでの状況を説明した。幸子は頷きながら、俺の状態を質問する。
「怪我は?」
「大した事は無い。ただ、弾丸が体の中に残ってる。ピンセットでもあるか?」
「ありますわ。手持ちの『小説』は?」
「護身用のがあったんだが、さっき使っちまった。もう無い」
 俺は歯を食いしばって、幸子から借りた用具と原稿用紙を強化した物で弾丸を取り出した。弾丸を取り出した後は、霊力で治癒力を上げられる。やっと一息吐ける。
「で、なんでそんな怒ってるんだ?」
「事務所にお姉様が居なかったからですわ。沙月さんが心配していましたわ。今どこに居るんですの?」
 先生が居ない?少し嫌な予感がするな。先程の『先生を殺す』という発言に、この状況だ。勿論、あんな奴等に先生がどうこうできるとは思えないが、早く戻った方が良さそうだ。
「俺はその事については知らない。ただ、奴等は得体が知れない。確実に奴等を制圧して、早めに事務所に戻るのが良いかもな」
「ふむ。でしたら、今回は許しますわ。次は無いですわよ」
 取り敢えず、鉾は収めて頂けたようだ。次は、敵をどうするかだ。幸い、対人の心得はある。作戦の立てようも、今の状況ならあるだろう。
「俺に策がある。ただ、お前に結構な負担が掛かるぞ」
「問題ありませんわ」
 なら良い。俺は幸子に作戦の全容を話した。幸子は「正気ですの?」と聞いて来たが、俺は「勿論」と答えてやった。少し怪訝そうな顔をされたのは心外だった。

 全くどこに逃げた?コイツもそこまで長く持つ訳じゃないんだ。できれば早く終わらせたいんだけどな。
 恐らく、何かしらの策を練って迎え撃ちに来る筈だ。通信手段は絶った。伏兵や救援は居ないだろう。あの怪我なら、いくら治癒を使えると言っても、時間稼ぎになる。早く見つけて、できれば捕獲して、ボスの所の持って行こう。
 私達は固まって、八神蒼佑を探す。公園が近くなってきた所で、相手は姿を現した。
「観念してくれたんですね」
「そう思うか?」
 彼はそう言って、懐から原稿用紙と万年筆を取り出した。彼の術式は、この二つを媒体にする事で効力が上がるらしい。防御、封印、調伏、攻撃にまで使える、万能な術式。だが、備えが無い状態ならまだ勝てる。私達二人なら。
 彼は原稿用紙に霊力を込めて、金色の光を纏わせる。
「正面からですか。私達二人相手に勝てるとでも?」
「数の差も、ある程度は力でねじ伏せられる物だぞ」
 私の相棒は、早速彼にぶつかって行った。だが、流石は金剛級と言った所か。相棒の拳は、ギリギリの所で避けられ、更にカウンターまで貰ってしまったようだ。相棒の体が痙攣し、そのまま気絶した。
「力だけなら白金級上位……だが、経験と鍛錬が足りないようだな」
「そう思いますか?」
 相棒は直ぐに目を覚まし、彼の足を掴んだ。一瞬、彼の動きが止まる。私には、この瞬間を逃す手は無い。拳銃を抜いて、彼の胸部を狙う。弾丸は彼の胸部分に命中し、彼の服が赤く染まる。彼はそのまま後ろに倒れた。
「やった……勝った……」
 兎に角拘束すべきだ。私は結束バンドを使って、彼の腕と足を縛る為に、倒れている彼に近付く。
 その瞬間だった。閉じられていた彼の目が見開かれたのは。
「今だ!」
「待ち侘びましたわ!」
 その声が意味する所は、私達には一瞬で理解できた。私達は一瞬で、地面に叩き付けられた。
「何故……」
「作戦だよ。俺は囮だ」
 そう言って八神蒼佑は、胸から一枚の原稿用紙を取り出した。勿論、弾丸の跡はあった。騙された。どうやって伏兵を用意した?失敗した。
「じゃあ、少し拘束させてもらう。ロープは?」
「丁度ありますわ」
「なんであるんだよ」
「お前を吊り下げる為でしたのに……」
 私はここで捕まる訳にはいかない。咄嗟に煙玉を取り出して、地面に向かって投げ付けた。目くらましだ。私は彼等が怯んだ一瞬で、その場から立ち去った。決して振り返る事の無いように。
 やはり、彼を直接害するのは難しいようだ。もう少し、念入りに作戦を立てなければならないようだ。

 それ以降、奴等は追って来なかった。
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