怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#6 存在してはいけない駅

#6ー9 第二の遊戯 鬼ごっこ

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 俺は今、全力を以て、古い着物を着た子供から逃げている。この一文だけを見れば、大抵の人間は笑ってしまうだろう。だが、俺は真剣だ。
 と言うのもこの子供、かなり速い。俺よりかは遅いが、とんでもない速さだ。
 こうなった理由は勿論、先生の思い付きだ。先生は、俺達の中で一番持久力のある俺に、あの子供の意識を集中させる事で、一般人の方へ行かないようにと考えたらしい。確かに、俺は霊力が尽きない限り無限に動けるし、身体能力の強化だけじゃ霊力が減らない俺は、確かに適任と言えるだろう。
 問題があるとすれば、俺が迷子になるかも知れない事だ。この速度では、結構周りを気にしてる余裕が無い。迷子になった後、影響が出る前に駅に戻れば良い話だが、これ程力のある存在が、それを許してくれるかが謎だ。目的も分からない。用心に越した事は無い筈だ。
 しかし、これを一時間……いや、残り五十分か。長いな。迷子にならない、一般人の居る所を極力避ける、更には不足の事態の備えも考えていると、かなりキツイ。

「お兄ちゃん足速いね!」

「そっちもね!」
 この会話だけ切り取れば、きっと微笑ましい光景が浮かぶんだろうな。実際は、生きて帰れるかどうかを賭けた勝負な訳だが。
 この作戦を発案した先生に苦言を呈したい所だが、コレが最善の策なのも事実だ。それに、相手は俺より遅い。これなら、一時間の時間稼ぎも叶うだろう。
 しかし、そんな希望は、次の一言でかき消された。

「よ~し、本気出しちゃうぞ~」

 そう言った子供は、速度を上げた。俺との距離は見る見る内に縮まって行く。そして、子供の手が俺の背に届くかどうかといった所で、俺はなんとか逆方向に走る方向を変え、子供の手を躱した。
 どうする?俺よりも速度がある以上、ただ走るだけではジリ貧だ。どうにか策を、いや、走るだけなのだから策の立てようも無い。特別なルールも無い、ただの『鬼ごっこ』だから、対策のしようが無い。
 一旦は捕まらなかった俺だったが、方向を俺の方に合わせた子供の手が、再び俺に伸びるまでには、大して間が空かなかった。速度はとっくに最高速。万事休すだろうか。後は先生達に任せて、俺は諦めよう。

『霊力を込める部分を選択するんだ。私はそうやって、常にトップコンディションを維持している』

 その言葉が頭に浮かぶのと、俺の走る速度が上がるのは、ほぼ同時だった。俺は子供を引き離し、まだ安全な距離まで戻った。
 足に、地面を蹴る一瞬だけ、霊力を込める。自然にできるようになるまで繰り返した、その成果が、今花開いた。これなら負けない。あと四十分、この状態を維持したまま、走り続ける。

「あれ?速くなった!」

「練習の成果だよ!」
 そう答える俺を見て、子供は走る方向を逸らした。どうやら、他の人を狙い始めたらしい。これは、俺にとっては朗報だ。諦めたという事は、あの子供に、俺を捕まえる術は無いという事だ。向こうが俺を追って来ない以上、俺にやれる事は無い。一先ず先生達の所へ戻ろう。

 先生の霊力を辿って、俺は二人の所まで戻った。どうやら二人は、俺が戻って来るとは考えていなかったようで、俺の姿を見て、驚いた顔をした。
「八神君!?どうしたの!?」
「八神くん!これは……その……違うんだ!」
「浮気現場見られた男みたいですね。いつの間に持って来てたんですかそんなの」
 二人はなんと、トランプをしていたのだ。しかも七並べ。つまりこの二人は、俺が必死に走っている時に、仲良くカードゲームをしていたのだ。
「いやまあ、何もするなとは言いませんけどね」
「誤解だ八神くん。私達は色々な手を使って、この神隠しの主導権を握ろうとしていたんだ」
「お姉ちゃん頑張ったよ八神君!」
 二人の説明に依ると、どうやら二人は、七海さんの術式を応用する事で、この神隠しの解析を行い、更には神隠しの管理者を自分達に上書きしようとしていたらしい。流石にそこまでは行かなかったらしいが、いくらか情報を引き出す事には成功したらしい。
「分かったのは、この神隠しははるか昔、菅原道真公が作った物だという事だ。年代も一致するし、なにより管理者、製作者の部分が、『菅原道真』となっている」
「成程……なら、この神隠しの掌握は諦めた方が良いですね」
「ねえ、菅原道真ってアレだよね。あの……生首の!」
 それは平将門だ。ただまあ、そこについては知らない退魔師も多いだろう。ここで知っておいてもらおう。
「菅原道真公は、今では学問の神として祀られる事で、直接怨霊として現れる事はありません。ですけど、彼が残した呪いや怨念が、未だこの世に残留しているんです。その他の名立たる怨霊や妖怪の呪いは、既に消えているのに対して、です」
「本来、成仏したり、神となった者が残した呪いは消えるんだ。そうなっていないから、協会の中の『菅原道真』は重要なんだ。恐らく、この神隠しもそうだろう」
 七海さんは「へ~」と言いながら頷いている。なんとなく理解してくれたようだ。これで良いだろう。
 しかし問題は、何故あの子供が居るのかだ。基本、怪異や霊は、神隠しの内側に発生しない。協会本部が神隠しにあるのも、怪異から襲って来ないようにする為だ。アレを怪異と呼ぶには引っ掛かりがあるが、アレがここに居るという事は、何者かがアレを、この神隠しに招き入れた事になる。もし、その者と交戦する事になったらと考えると、少し不安だ。
「で、あの子供は何なんですか?」
「それが……分からないんだ」
「……は?」
 『どういう事か』と聞く言葉を放つ余裕は、この時の俺達には無かった。あの子供が、こっちに近付いて来るのが見えたからだ。

「お兄ちゃん達が最後だよ!」

「二人共!バラバラに逃げるぞ!」
「「了解!」」
 俺達はそれぞれ別の方向に走り出した。攪乱が目的だが、果たしてどれだけ行けるか。

 残り時間は、三十分。
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