怪しい二人

暇神

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#6 存在してはいけない駅

#6ー6 存在してはいけない駅

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 俺達は電車に揺られている。かれこれ二時間程。理由を話し始めると、それは朝に遡る。

 いつもの朝。秋の足音も聞こえて来るようになった最近は、朝も少しばかり涼しくなる。俺達は朝食も食べ終わり、それぞれのやる事をやっている時だった。
 滅多に鳴らない事務所の電話が音を立てた。先生は読んでいた小説を机に置き、受話器を手に取った。少しばかり何かを話してから、受話器を元の位置に戻した。
「二人共!依頼だ!」
 俺はパソコンの電源を落とし、七海さんは読んでいたゼクシィを閉じた。
「「了解!」」

 依頼人は、何やら疲れたような顔をしている男性だった。伴侶らしき人も居るが、どちらも似ている目をしている。先生は慣れた手つきで名刺を差し出した。
「こんにちは。岩戸探偵事務所より参りました、岩戸咲良です。こっちは八神蒼佑、そっちは高橋七海。今回はどういったご用件で?」
 女性は少し怪しむように男性に耳打ちしたが、男性は「他に手も無いんだ」と言って、俺達に事情を話し始めた。どうやら、彼の娘を探してほしいという依頼のようだ。
「娘はその日、学校から帰っていた途中で居なくなったんです」
「警察には?」
「警察、学校、駅にも連絡しましたが、何も……分かったのは、電車に乗って、そのまま消えたという事です。どうしようかと悩んでいる時に、噂を耳にしまして……」
 それで、ウチに電話をしたのか。事情を聞く限り、十中八九怪異か霊だろう。電車に乗ってから消えたという事は、異界駅に連れて行かれたのだろう。二日も経っているなら、かなり危険な状況だ。行動は早くしないと。
 一通り事情を聞いた俺達は、取り敢えず駅に向かった。方針も決まっていないが、行動しなければどうしようも無い。
「八神くん、君の術式で探せないのかい?」
「どの車両か特定できるんですか?まあ特定できても、二日も経ってれば人の思念が無数に溜まって、その娘さんの念は見つからないでしょうね」
「じゃあどうするの?」
 正直、そこが問題だ。異界駅は自分から入る事が困難とされている。異界駅とは、神隠しの一種で、異界を構築できる程の力を持つ怪異が相手の場合、相手が入る人間を選ぶので、自分から入る事は難しい。内側と何かしら繋がっていれば話は別だが、そんな繋がりは無いし、無理だろう。
 ならばどうするかとなった時、一番手っ取り早いのが、『入れるまで待つ』事だ。俺達は依頼人の娘が消えたという路線の電車に、ただずっと乗っている。で、今に至るという訳だ。
「二人共、こういう案件って今まで無かったの?」
「あった事にはありましたけど、その時もこうしてましたね。これが一番楽ですよ」
「私達に打つ手が無い以上、これしかやれる事は無い。気長に待とうじゃないか」
 先生はいつも、数冊の小説を持ち歩く。それはこういう時、暇を潰せるものがあると便利だからだ。実際、今も本を開いている。七海さんもスマホは持っているが、通信料が心配なようで、あまり使っていない。俺は霊力を巡らせ、異界駅の入り口と敵を探す。
 異界駅に入る条件は、電車に乗っている事だけだ。後は相手次第。詰まる所、今俺達がやっているのは、単なる運試しの側面が強い。ただ、霊や怪異は、より強い霊力を求める傾向が多く見られる。俺達の霊力量はかなり多いし、異界駅に着く確率は高い。
 そして待ち続ける事数分。俺の霊力から伝う感覚が、微かにぶれる。
「先生、七海さ」
「お姉ちゃん」
「……お姉ちゃん、入りました」
「やっとか」
 その時、車内アナウンスが流れた。先程までの、録音されたのであろう女性の声とは別の、低く抑揚の無い男性の声だ。
『次は~はかね~はかね~お忘れ物に~ご注意くださ~い』
 次の駅は、やはり無人駅だった。異界駅は無人駅が多い。有人の場合、複数の霊や怪異が絡んでいる可能性もあるが、今回はそうではないようだ。少し楽だな。
 俺達は一応切符を確認する。もしここの表示が変わっていたら、相当力の強い霊が居る事が確定する。表示は変わっていなかった。
「八神くん、ここなら行けるね?」
「多分。試してみますね」
「頑張れ八神君!」
 俺は地面に手を置き、原稿用紙を広げる。この場所に残った思念を読み取り、依頼人の娘を探す。
 しかし、それは上手く行かなかった。俺の頭の中に、数十人の物と思われる、数百年分の情報が飛び込んで来たからだ。いくら原稿用紙に書く事で負荷を軽減できると言っても限界がある。俺は地面から手を離し、割れるように痛む頭を押さえた。
「どうした!?」
「大丈夫!?」
「大……丈夫です。ただ、これは相当不味いかもです」
 俺は今起こった事を、先生達に話した。話している内に、俺も状況が飲み込めて来た。数十人の思念という事は、被害者は複数人居る。しかもそれが数百年分となれば、相当長い期間、この神隠しは存在していた事になる。つまり、白金級以上の怨霊、怪異が居る。
「それは……相当不味いな」
「どういう事?」
「要するに、俺達はもう、敵の狩場の中という事です」

 この駅の空は、もう赤くなり始めていた。
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