怪しい二人

暇神

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#5 過去との対峙

#5ー24 解決

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「八神くん!状況は!?」
「春樹さんが裏切者。奴が残した『切り札』を止める装置は、ここの丁度真下です。タイムリミットは後五分」
 俺は硬い地面に寝転がりながら、この状況に至るまでの説明をした。先生にやる事は伝えたし、これで俺は安心できる。少し力を抜こう。
 先生は「全く面倒な事をしてくれる」と言いながら、掌に霊力を集中させた。そのまま地面に拳を当て、ゴリゴリと地面を削って行く。これは先生の術式ではない。単なる技術だ。凄い。
 先生の戦闘スタイルは、基本的には霊力と、事前に用意しておいた札の二つに依る物だ。術式がピーキーなのも相まってか、それが一番やり易いらしい。
 一分もしない内に、タイマーは止まり、穴の底から先生の声が響いて来た。
「八神く~ん!タイマーは止まったか~い!?」
「止まりました!大丈夫です!」
 先生は穴から這い出て、服に付いた土を払った。
「は~疲れた。それにしても、君がそんなに疲れている所を見るに、奴は相当手強かったのかな?」
「オオクニヌシになった状態の彼は、間違い無く金剛級レベルの力はありました。俺もまだまだですね」
 少し自嘲しながらそう言うと、先生は背中を撫でてくれた。
「そう気を落とすな。それに、ここに居る裏切者は彼一人なのだろう?」
「はい。こことあの宿に残っていた霊力は、一種類だけでした」
「それだけ分かれば十分。帰ろう」
 俺は差し伸べられた手を取ろうとして、自分の手を伸ばす。その瞬間、頭に激痛が走り、俺は意識を失った。遠くに、微かに、先生の声が聞こえていた。

 俺の体質は、何もメリットだけではない。霊力を日常で消費しないという事は、体がそれだけ、霊力に依存しているという事だ。
 結果から言うと、俺は霊力切れの時の症状が、他の退魔師よりも酷くなった。貧血にも似た症状が、貧血より色濃く表れる。以前も、数日気を失ったりした。
 そして何故か、体がある程度、食事や水分を必要としなくなった。長年の生活で胃袋が縮んだのもあるだろうが、そういう事ではない。
 以前実験したが、霊力を全く消費しなければ、俺はある程度の高温、低温に耐え、一か月間の生存が可能だと分かった。霊力さえあれば、ある程度生きられる体は便利だが、周囲が食事を楽しんでいる中で、俺だけがその会話に入り辛い。それがとても辛い。
 普通の体を望んだ事はある。もっと色んなものが食べれたらとか、霊力切れの症状を軽くできたらとか、色々考えて、色々試した。ただ、無駄だった。『もう少しだけ』の、『もう少し』が叶わなかった。
 俺は本当に人間なのだろうか。こんな便利で憎たらしい体を、本当に人間と呼べるのだろうか。そう考える度に、先生は俺を『八神くん』と呼んでくれた。それが嬉しくて、俺はあそこが好きになった。

 もう少しだけ、一緒に居たい。

 目を覚ますと、俺は病室らしき場所のベッドに寝かされていた。俺は上体を起こし、周囲を見回した。どうやら本当に病室らしい。多分、ここの村の支部の治療室だろう。至れり尽くせりな対応で嬉しいな。
 俺のベッドの横には、先生が居た。ずっとここに居たのだろうか。良い上司を持てて幸せだよ。
 あれから何日経っただろうか。俺は直ぐ横にある時計を見て、今の日時を確認する。どうやら、あれから一日経っているらしい。前回もそうだが、今回も日を跨いで気を失ったままだったのか。
 俺は「外に出たい」と思い、ベッドを降りた。霊力で体を強化しようとしたが、できなかった。どうやら、まだそこまで回復してはいないらしい。
 外に出て、空を見上げた俺は、思わず感嘆の声を漏らした。雲一つ無い空には、無数の星が輝いていた。電灯も少ない田舎だから、こんな綺麗に見えるのだろうか。
 俺はフラフラと歩きながら、空を見上げている。綺麗だと感じながら、掴めないかと手を伸ばす。無論届く訳も無く、俺の手は空を切っただけだった。それでも良い。ただ綺麗なだけのコレを、見つめていたかった。
「八神くん」
 不意に、後ろから声を掛けられた。振り返ると、先生だった。
「駄目じゃないか。まだ君の体は回復し切っていないんだ。安静にすべきなんだよ」
「先生、見てくださいよ。こんなに綺麗な空、初めて見ましたよ」
 先生も上を見上げ、「ああ、そうだな」と言った。
 それから、少し間を置いてから、先生が話し始めた。
「八神くん。『霊力飴』、使ったろう」
 『霊力飴』。それは、退魔師の中でも一部の人間にしか流通していない、薬、或いは、一種の毒の事だ。これを服用した者は、多少の霊力の回復と引き換えに、一週間程の霊力回復への阻害に苦しむ。俺はあの時、それを使った。
「はい。使いました」
 俺がそう答えると、先生は少し怒ったような声をして、俺に詰め寄った。
「アレはなるべく使うなと、そう言ったじゃないか!君の体質は理解している!霊力が無くなる事が、君にとってどれだけ致命的か!」
「アレがあったから、なんとかなった。結果論ですが、俺は後悔してませんよ」
「そうじゃない!」
 俺は星を見上げていた顔を、先生へ向ける。少し、泣きそうな顔だった。
「君がもし、目を覚まさなかったらと思うと、私はぞっとする!君が居るから、今の私があるんだ!」
 先生はそれだけ言って、顔を背けてしまった。俺はその、自分よりも一回りも二回りも小さな体に、頭を下げる。
「心配掛けて、すみませんでした」
 俺がそう言うと、先生はこっちを見て、笑った。
「分かれば良し!また修行だね」
 俺はその言葉に頷き、先生と共に支部へ戻った。

 空は、少し明るくなっていた。
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