怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#5 過去との対峙

#5ー20 いつも夢見ていた事

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 俺達は、元々歩いていた道を引き返す事にした。
 俺達は結局、この世界について、何も理解していない。恐らく、現実世界とは違う所が多くあるのだろう。現実世界にできる事はここでもできるが、それでもよく分からない。
 まあ、それも当たり前と言えば当たり前だ。この世界について研究している神秘学者は、割と多く存在している。異国の魔術師や錬金術師、日本の呪術師や退魔師が、総力を持って研究に当たっているが、何せ元となる情報が少ない。考える材料が足りないのでは、何もできない。
「ねえ、退魔師?って、沢山居るの?」
「それはもう沢山。まあ、総人口から見れば、たったの一パーセントも居ませんがね」
 まあ、俺もその全容は把握していない。国からの援助を受けて活動しているらしいが、どれだけの政治家やメディアが神秘について知っているのかは、各国の神秘学者のトップのみが知っている。俺は最高戦力ではあるが、それだけでしかない。
 神秘の存在を公表しないのは、国民の混乱を防ぐ為らしい。目に見えない、一般人には対処しようの無い脅威とは、どうも面倒な物らしく、これが一般に知れ渡らないよう、可能な限りの対策が成されているらしい。
「でも、私そういう人殆ど見ないな~」
「神秘学者……神秘を扱う人間の殆どは、表と裏を使い分けてますからね。表では会社員なのに、裏では退魔師なんて事もあるそうです。正直、俺みたいに退魔師みたいなのを主体に稼いでる人間は、かなり少ないですよ」
「へ~」
 俺達がバイトをしていたあの店は、ここからそこそこ離れた場所にある。徒歩数十分の道のりは、車椅子ではどれ位掛かるのだろう。
「にしても、なんでこの世界、夕暮れのままなんですか?」
 これまでの研究では、精神世界の風景には、その人間の記憶だけでなく、その人間の心の持ちようや、それまでの人生で、最も印象に残った場面が使われる事が多いらしい。この夕暮れにも、何か意味があるのだろうか。
 七海さんは、少し悩んだ末に、俺にそれについての推測を話し始めた。
「昔、お母さんに遊園地に連れて行ってもらった事があるんだ。その帰りに見た夕焼けが、凄く綺麗だったんだ。この夕暮れは、きっとその時のなんだと思う」
「へえ。遊園地なんて言った覚えが無いですね。今度行ってみようかな」
 丁度預金残高が一桁増えた所だ。七海さんは今後、協会の関係者になる事は確実だろう。そして、七海さんの管理なんかは、多分当事者で、かつ腕の立つ俺達に任されるだろう。その時の歓迎会で、遊園地に行っても良いかもな。
 そうこうしている内に、例の店に近づいて来た。この建物は見覚えがある。バイト帰りに、よく目に入った建物だ。見た目が奇抜だから印象に残っている。
「八神君、そろそろだよ」
「そうみたいですね。お姉ちゃんは、体力大丈夫ですか?」
「大丈夫。もうすぐ戻れるんだし、頑張ろうって思えるよ」
 俺達は店まで着くと、中に入った。
 そして、驚いた。
「どう……なってるんだ……」
「分かんない……けど……綺麗……」
 店の中は、白い水に、何色もの絵の具を垂らしたような見た目になっていた。上下左右が曖昧になりそうなこの空間に、いくつかの物や人が浮いている。幻想的な風景だ。
 しかし、先程ここに来た時には、何の変哲も無い、ただの建物だった筈だ。恐らく、この世界の管理者権限を持つ七海さんが近づいた事で、何かしらの変化が現れたのだろう。現実世界でも、似たような事が起こる事例はある。
 俺達はこの空間に臆する事無く、前へ前へと進んで行く。進まなければ、何も分からない。
『最近コレ流行ってるらしいよ~』『なあ、あの子かわいくね?』『付き合ってください!』『ここ通おうかな』『旨いなコレ』
 四方八方から、かつて七海さんがここで聞いた、会話が聞こえて来る。そのどれもが、他愛の無い、日常にありふれた、普通の会話だ。
 暫く進んでいると、一つの叫び声が聞こえて来た。
『何がしたかったの!?何を思ったの!?こんな事になるなら、最初から会いたくなかった!』
 一人の女性の、悲痛な叫び。何かを諦めたくて、でも諦めたくなかった、一人の人間の叫び。俺はその声がした方向に目を向けた。

 そこに居たのは、紛れも無い、七海先輩だった。

『うう……八神君……会いたいよ……』
 ああそうか。七海先輩は、俺に会う為に、俺達が住む事務所まで来たんだったな。それでも、まさかここまでとは考えなかった。
 七海先輩は、宙に向かって手を伸ばす。その手は何も掴めず、力無く地面とぶつかる。
「七海さん……」
「ああ、見られちゃったか。お姉ちゃんの弱い所」
 俺は、何時の間にか歩みを止めていたらしい。後ろから、七海さんが話しかけて来た。
「本当はね、言うつもりなんて無かったんだ。こんなみっともない、恥ずかしい場面。好きになった男の子に会いたいのに、何もできない、無力で愚かな私が、全面に出ちゃってるからさ」
 何も言えない。何も返せない。七海先輩にこんな思いをさせたのは俺で、七海さんに変化を強いたのも俺だ。俺には、何かを言う権利が無い。七海さんの過去ではない。過去から目を背けるばかりで、何もしようとしなかった、俺の原罪が、今目の前に再現されている。
 俺は一体、何がしたいのだろう。
 分からない。
 何が望みなのだろう。
 分からない。俺はただ、先生と居たいだけだ。ガキの頃に夢見た、小説家になりたいだけだ。それだけで、なんで俺はこうなっているんだろう。
「七海さ……」
「ねえ、八神君。これだけは誤魔化さず、ちゃんと答えて」

「咲良さんの事、好きなの?」

 正面からぶつけられる、ただ一つの質問。俺はそれに、堂々と答える。

「はい。俺は先生が、堪らなく愛おしいです」

 その瞬間、俺の意識は遠のき、眩い光に、視界が包まれた。
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