怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#5 過去との対峙

#5-8 殺し合い

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 化物が拳を振り下ろす。土煙が上がると同時に、俺と先生は両脇から拳を叩き込む。化物は少しよろけるが、それでも動き続ける。
「クソッ!これでもダメなのか!」
「再生能力があるとは言っても、傷が付かないのは異常です。恐らく、体を弄って硬くしてるんです」
 そう、硬すぎる。『人造生物兵器オオクニヌシ』と呼ばれたコレは、人間を素体に、妖怪、幽霊、果てには怪異を合成する事で作り出された物だ。しかし、俺達の攻撃で傷一つ付かない。目にも留まらぬ速さで再生しているとかではなく、傷が付いていない。手応えが、傷を付けた時のそれではないのだ。硬すぎる。人の硬さではない。改造を受けて硬くなっているとしか考えられない。
 しかし、決して少なくない霊力量なのに、術式を使って来ないのが不気味だ。余り強くない術式なのか、それとも切り札的な術式なのか。どちらにせよ、警戒した方が良い。
 術式は、誰にでもあるとされている。怪異や霊に襲われた時、その姿が見えるようになる。場合に依っては、それがキッカケで退魔師になる者も居る。俺もそうだ。この事例から、どの人間にも霊力は存在するが、基本的に操る事ができないという仮説が存在している。霊力があれば、術式もある。あとは操れるようになるだけだ。
 まあ、その改造が成されていない可能性もあるが、ここまで霊力が表面化しておいて、それはないだろう。どんな術式なのかが分からなければ、対策の仕様が無い。
 いや、考えても仕方が無い事は考えるな。動きを止める。今はそれだけ考えろ。
 俺は霊力を体に流し、化物のみぞおちを殴る。人体の急所。少し、動きが止まる。俺は再び術式を使うが、これも余り効果が出ない。精々、十秒動きを止める程度だ。先生はその隙に、白衣の男に『衝撃波』の札を飛ばすが、奴はそれを、この施設の設備で撃ち落とす。そうしている間に、化物は術を解き、また動き出す。さっきからずっとこうだ。このままでは俺達の方が持たない。何か手を打たないといけない。最悪、『アレ』を出すしかなくなる。それは避けたい。
「どうする八神くん?」
「先生の術式はどうなんですか?」
「ここは場が悪い。最悪、私達全員無理心中だ」
 そりゃ最悪だ。どうせ心中するなら、俺の好みなボッキュンボンの美人とが良いな。あんな頭がおかしい科学者とは絶対に嫌だ。
 ならば仕方が無い。奥の手を使おう。と言っても、俺達にはもう手札が少ない。これで時間を作り、その間に、奴を叩き、七海先輩を戻し、最悪奴の死体をここに放置して帰ろう。
 俺は懐から、文字が書かれた原稿用紙の束を取り出す。俺の術式は結構便利で、原稿用紙に物語を書けば、それに応じた効果が対象に与えられる。今回のテーマは……『束縛』だ。
「我が力よ!我が願いをカタチとし、その願いを聞き届けたまえ!」

「我が名は八神蒼佑!百の物語を紡ぐ者也!」

 原稿用紙から出た光は鎖となり、化物の体を縛る。今度は封印ではなく、束縛だ。原稿用紙に封じ込める効果を失った代わりに、動きを封じる効果が増強されている。
 神秘系統の概念として、『効果の総量』という物がある。どれか一つの効果を弱める代わりに、弱めた分だけ、他の要素が強化する事ができる。霊力を込めれば込める程効果は上がるが、それが難しい状況や相手には、効果的な手段として重宝される。足し引きで効果は変わるが、その効果の総量自体は変わらない。
 今回はどうやら上手くいったようで、化物は暴れてはいるが、その鎖を解けずにいる。
 これを好機と見るや否や、先生は『矢避け』の札を自身に使い、強化した体で、白衣の男に殴りかかる。案の定、壁から出て来る銃弾に狙われるが、『矢避け』の効果で軌道が逸れ、先生には一つも当たらない。男は懐から拳銃を取り出すが、先生はそれに臆せず、ヤツを殴った。
 物見櫓から落ちたヤツは、地面と激突し、強打した背中を押さえながら呻いている。俺は先生の横を通り、奴の顔を覗き込む。
「なあ、あの生物兵器を元に戻す方法は無いのか?」
 そう聞くと、奴は嫌らしい笑みを浮かべ、こちらを見た。
「ある訳が無い。もうアレは、一つの存在として定着している。掛け合わせる事は簡単だが、そこから戻すのは簡単じゃない」
 ふむ。アレが俺の術を解くまでに、後十分と言った所か。この施設を調査しようにも、ここを作り、あんな化物を作った人間が『無理』と言っているのだから、少なくともここに居ても意味が無い。さあてどうしようか。
 そして、何か無いかと辺りを見回した。

 これが間違いだった。

 奴は懐から注射器を取り出し、自身の首に打ち込む。見る見る内に体は変形、変色していった。人の形は保っていたが、それはもう人ではなかった。
 奴は先生を殴り飛ばし、立ち上がった。先生は壁に激突したが、受け身は取れたようで、意識は保っている。
「フハハハハ!どうだ!油断していただろう!既にオオクニヌシ化の薬はできていたのだ!」
 成程。奴も流石に一体では目的を達成できないと分かっていたらしい。しかし、ここまでお手軽に量産していたとは驚きだ。たった一日の出来事とは思えない。薬は前からできていたが、被検体が居かったというだけの話なのだろうか。
 しかし、何故奴あは自我を保っていられるのだろうか。元が退魔師だからか?とても気になるが、考えている暇は与えてくれないようだ。
 奴は俺に殴りかかりながら、絶叫する。
「ハハハハハハハハハハハハハハハ!どうだ!私が!最強だ!絶対悪だ!世界に平和を齎す、神なのだあ!」
 奴の拳は、確かに俺の体を捉えた。だが、俺はその拳を、霊力で強化した腕で掴み、みぞおち付近を殴る。奴は予想外の攻撃に驚いたのもあったのか、よろけ、膝を付いた。やはり、痛覚はあるようだ。再生は有っても、衝撃は伝わるし、痛いは痛いのだろう。意識がハッキリしているのなら尚更だ。
「ほらほらどうしたカミサマよお!人間相手に膝を付くとは余裕ですねえ!」
 奴は怒りの表情を俺に向け、俺はそれに向かって、全力で中指を立ててやる。

「さあ!かかってこいマッドサイエンティスト!全力で叩き潰してやるから覚悟しろ!」

「貴様あ……!」

 建物の崩壊まで、あと十分。
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