怪しい二人

暇神

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#5 過去との対峙

#5-7 人造生物兵器オオクニヌシ

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 『オオクニヌシ』と呼ばれた『それ』は、俺達を視認するなり、襲い掛かって来た。
 オオクニヌシ。平和を表す日本の神の名だ。奴の目的はあくまで『世界平和』なので、この名前はピッタリだ。
 しかし、実際はただの殺戮兵器のようで、俺達に容赦無くその拳を振り上げる。躱すだけなら訳ないが、当たった所にヒビが入っていく。早めに何とかして、できれば七海先輩の人格も取り戻さなければ、この兵器以外は、瓦礫の下でお陀仏だろう。
 しかしながら、この兵器についての情報が、いかんせん少なすぎる。恐らく、人間を素体に、怪異や幽霊をくっつけているのだろうが、あの様子では、元の人格は残っていないようだ。そもそも、こんな事は初めてだ。人間が後天的に妖怪となった事はあるらしいが、怪異との合成なんて聞いた事が無い。人類初の快挙だ。彼にノーベル賞を送りたいね。
 兎も角、このままではジリ貧だ。一旦アレの動きを止めて、あの白衣の男から情報を聞き出さねば。
「先生!俺が引きつけます!その間に、動きを止めるか、一時的な封印をしてください!」
「わかった!」
 俺は、目の前の化物に弱い攻撃を当てて、俺に意識が集中するように仕向けた。
 しかし、未知の存在との接触には、想定外の事態が付き物。なぜか、いくら攻撃を当てても、コイツの意識は俺ではなく、常に先生へと向いている。まさか、より強い人間との戦闘がお望みか?どこの戦闘狂だお前は。
「おい!もっとしっかり引き付けろ!」
「やってますって!」
 こうなったら、俺が動きを止めるしかないだろう。俺は懐から原稿用紙を取り出し、先生に気を取られて背中を向けた、そいつに押し付ける。
「人の手によって作り出されし、理を外れた存在よ。我が力を以て、封印する」

「我が名は八神蒼佑!百の物語を紡ぐ者也!」

 原稿用紙から光が放たれ、即座に化物の体を縛る。
「よし!今の内に奴を……!」
「そんなんやらせる訳無いでしょ?」
 先生が奴の方を睨み、それを見た奴が、腕を振り上げると同時に、四方八方の壁や床から、黒い煙が噴出された。どうやらこの煙には、霊力に依る索敵を阻害する役割があるようで、俺も先生も奴を見失った。
 そして、判断を躊躇ったその一瞬、俺の術で動きを封じていた化物が、俺の術式を解いたようで、先生に殴りかかったようだ。直ぐに先生が俺の方に来た。
「どういう事だ?奴の霊力量から考えて、八神くんの術式が解けるのはもっと先の筈……」
「俺も推測でしかありませんが、奴の素体は人間でしかありません。人間に試した事が無いので言い切れませんが、もしかしたら、奴に封印は効きが悪いのかも知れません」
 そう、アレは怪異や霊の類ではない。術式や霊力が相手にそう作用するのか、現時点では何も分からない。
 煙が晴れると、もうそこにはあの化物の姿は無く、どうやら一旦退却したらしい。
「逃げた……いや、一旦退いただけか」
「外に出た訳じゃないらしいので、あのマッドサイエンティストの元に向かったようですね」
 兎に角、こちらにも時間ができた。一旦奴の手札を整理しよう。
 先ず、あの生物兵器は一体しか居ない。他の被検体は既に息絶えたと、アレを作った人間が言ったのだ。あれ以外の霊力反応も無いし、アイツをどうにかすれば、チェックメイトだ。
 次に、奴等の手札だ。一つはあの生物兵器自身。これは途轍もない身体能力を有し、再生能力まであるという。動きは鈍いので、避けるだけならできるが、当たれば即死か、暫く動けなくなると考えた方が良いな。霊力量も多く、術式によっては詰みかねない。そして、これは俺の術式に限った話かも知れないが、奴には封印も効かない。一瞬動きを封じれるが、それだけ。あまり封印に頼らない方が良さそうだ。そして、アレには自身を作った人間の元へ向かうように指示されているようだ。
 最後に、この施設そのもの。銃弾のような物が飛んでくる機構、索敵を阻害する煙と結界しか確認されていないが、どうせもっとあるのだろう。警戒するだけしておこう。
 そして最後に、アレを作ったあの男。霊力量から見て、まあ戦力ではないのだろう。しかし、奴自身が近代兵器で武装している可能性だってあるのだ。気を付けよう。
 そしてもし、七海先輩の自我が戻ったら、後はどうなる?規定に則るならとか考えようにも、何せ初の事態。奴を人間とするか妖怪とするか、もしくは怪異とするかによっても変わる。しかし、もし自我が戻り、教会にとって有用であると示せたら、生存率は格段に上がるだろう。そうなる事を祈るばかりだ。
 そして、奴等の霊力反応を探ると、どうやら奥にまだスペースがあるようだ。そして一番奥と思しき場所に、奴等は集まっている。罠が仕掛けられているかも知れんが、進まない事には変わらない。行ってみるしかないだろう。俺は先生と共に、奥へと続く道を歩く。
 少し歩くと、一気に開けた場所に出た。そこには、あの生物兵器が居り、上の物見櫓には、あのマッドサイエンティストが居た。奴は俺達を見ると、気持ち悪い笑みを浮かべ、俺達に向かって叫んだ。
「ようこそ特設リングへ!ここでは被検体達の戦闘能力を試していたんだ!これから君達も、そうする予定だよ!」
 地面に違和感を感じた俺は、少し屈んで、地面を見た。地面の至る所に、既に燃えカスとなった骨が見受けられる。ここで息絶えた被検体達は、その場で焼却処分されるらしい。全く嫌な気分にさせてくれるよ。
 俺は地面に向かって合掌し、それから奴を睨んだ。
「おっと怖いな。そんな睨まないでよ。兎に角、ここは小細工無しの、真剣勝負の場だ。精々楽しませてくれよ?」
「はっ!高見の見物とは贅沢だな!お前みたいな人間、見た事が無いよ!」
 先生の言葉を丸っきり無視した奴は、生物兵器に俺達を襲う命令を出す。アレは直ぐに活動を始め、俺達の居た所に、拳を叩き込む。土煙が上がり、視界が制限される。そして、足が地面に着く前に、ソレは俺に殴りかかる。俺はその衝撃を流し、ソレに蹴りを入れる。ソレは体制を崩し、一瞬倒れ込む。が、直ぐに起き上がると、また俺に向かって殴りかかる。
 ああ、この感覚。久し振りだ。この、生物に命を狙われる感覚!全く興奮させてくれる!
 俺は攻撃を避けながら、目の前の敵を見つめ、こう叫ぶ。

「さあ掛かって来い!相手してやるよ!」
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