怪しい二人 夢見る文豪と文学少女

暇神

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#3 指名依頼

#3-5 合否

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 試験の翌日、試験官を務めた浩太さんが、事務所に来た。
「あら!咲良ちゃん!久しぶりねえ!」
「こうちゃん!久しぶり!」
 先生と彼女は結構な仲良しで、会う度に仲睦まじく話をする。世間話だったり、仕事の話だったり、まあ楽しそうに話すのだ。その度に俺が色々用意する訳だが、仲が良いのは良い事だ。気にするまい。
「浩太さん、今日は何の用ですか?」
「すっとぼけちゃって~。昨日の今日よ?そんぐらい察しがつくでしょ?」
 昨日の試験の合否か。まあ分かってはいたが、この人は休みの日だったりすると、遊びに来たりする事があるのだから、確認はしたいのだ。
 これを聞いていたのであろう彼は、壁の向こうから顔を出した。

 その後、俺はお茶を出し、二人の話をコッソリ盗み聞きした。先生、そんな目で俺を見るな。たった一人の教え子の合否が気になるだけなのだ。義は我にあり。
 少し息を潜めていると、二人の話が聞こえて来た。
「まあ、合否ね。あの決闘、誰が見ても貴方の負け」
「はい……」
 その通り。この世は結果論でしかなく、もしあのまま戦いが続いていたら、なんて事を言った所で、合否が変わる訳じゃない。
「で、肝心の、私の判定なんだけど……」
「不合格……ですよね。惜しかったとか、もう少しで勝てたとか、そんな物じゃない。貴女に、僕は負けた。これが結果で、負けたなら、恐らく……」
 彼の言っている事は最もだ。負けたという『結果』は変わらない。変えようが無い『事実』であり、それを元に考えられる合否も変えようが無い。
 しかし、彼女は堂々と言い放った。

「いいえ。貴方は合格よ」

 驚いているのだろう。何も言えない彼に、彼女は話を続けた。
「大体、勝ったら合格、負けたら不合格なんて、誰も言ってないわ。こんな事を自分で言うと、ヤバい奴みたいに思うかもだけど、アタシ、白金級の中でも上の方なのよ。そんなアタシに、貴方はあんなに善戦した。貴方は十分、白金級でやってけるわ」
 少し、沈黙が漂う。驚くべき事のように思えただろうが、あの試験は、『白金級に勝てるか』ではなく、『白金級でやっていけるか』を見定める為の試験だ。決闘の内容を見れば、合否など一目瞭然だろう。
 それでも、昨日からの落ち込みようと、あの言葉を考えれば、彼は自分は不合格だと、白金級には届かなかったと思っていたのだろう。実際は、彼の実力はとうに白金級に届いていたのだ。相当の驚きだろう。
 暫くして、彼は彼女に話しかけた。
「本当に……俺は白金級になれたんですか?」
「ええ」
「有難う……ございます」
 彼はそう言うと、泣き出してしまった。彼女は、そんな彼の背を撫でている。
 もう不安は消えた。俺は、一旦奥に引っ込む事にした。ここから先は、俺は不要だ。

 暫くすると、彼女は「今日は仕事あるから、またね~」と言って帰って行った。因みに、先生は少し残念がっていたが、仕事の邪魔は悪いと思ったらしく、しっかり彼女を見送った。
 その後、彼は俺達に「合格しました!」と言って、白金級である事を示すカードを見せて来た。
「良かったなあ。お前一か月頑張ってたもんなあ」
「君の事はあまり知らないが、良かったな」
「全部、お二人のおかげです。本当に有難うございます」
 これは、間違い無く彼の実力による物で、俺達は、というか俺はそれを引き出す手伝いをしていただけだ。まあ、お礼を言われるのは気分が良い。黙っとこう。
 そして、彼の母親が彼を迎えに来た時、彼の母親は俺に向かってこう言った。
「この度は、ウチの息子を育ててくださり、誠に有難うございます。お礼がしたいので、明日の夜、我が家のお越しください」
 ほほう。つまりタダ飯だな?しかも、彼等の恰好は派手で、家は金を持っている事が予想できる。美味い奴に違い無い。そんなの、行かない理由が無い。是非ともお邪魔させていただこう。
 そして、俺は彼に「君はまだ成長の余地がある。毎日の瞑想、イメージトレーニングを欠かさないようにな」と言って、彼とは別れた。
 その日の食卓は、いつもより少し寂しくて、家事は、ほんの少し大変に感じた。たった一か月の間だけだったが、俺は彼の居る生活に慣れてしまったらしい。
 そんな俺に、先生は気が付いたのか、慰めの言葉をかけてくれた。
「まあ……なんだ。八神くんの気持ちも分からんでもない。私も、彼の優しさに触れた。一か月の間だけだったが、彼と共に過ごした日々は間違い無く楽しかった。だが、何も今生の別れという訳でもない。会いたくなれば会いに行ける。これからは私も少しは協力するから、元気を出しておくれ」
 よし、今『家事を手伝う』という言質をとった。これで俺の負担も減る筈。直ぐにとは言わない。少しずつ、家事を教えていこう。
 それに、彼女の言う通りだ。会いたくなれば会える。また一人、友達が増えたと思おう。
「有難う。明日からも頑張りますよ」
 そう言うと、先生は少し笑い、読んでいた本を再び読み始めた。彼が来るまでの日常に戻った。それだけの話だ。明日からまた、頑張ってみよう。

 俺はそう思いながら、いつもの作業に戻った。
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