怪しい二人

暇神

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#3 指名依頼

#3ー2 決着

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 金剛退魔師として、初の依頼。良い所出のお坊ちゃまの相手だ。
 白金級昇格試験の試験官として依頼を受けた俺は、相手のお坊ちゃまにハンデ有の状態で試合をする事になった。
 昇格試験開始とほぼ同時に、彼は自身の術式を使い、地面のコンクリを操って攻撃して来た。恐らく、触れた物の形状を変化させる感じだろう。攻防一体の型が多いタイプだ。面倒臭そう。
「舐めたマネして……僕を馬鹿にした罪、思い知らせてやる!」
 地面からは無数の棘が出現し、それらが一斉に俺に向かって来る。しかし、数に任せた単調な攻撃。軌道を見てから防御するだけで十分何とかなる。俺は懐から愛用の万年筆を取り出し、彼の攻撃を弾く。
 彼は「そんな!」と言って、よろめいた。まさかこれだけで黄金級まで上がって来たのか?いや、流石に無いだろう。きっとここから追撃を……
「僕の必殺技をいとも簡単に!」
 これだけだった。おい今まで試験官を担当した奴ら。接待プレイにも程が有るぞ。
 何にせよ、これでは続ける意味が無い。さっさと終わらせて……
 その時、俺の体が不自然に重くなった。彼の隠し玉か?いや、彼の術式ではない。ならば誰の術式だ?
 この場に居るのは、俺、お坊ちゃま、ついでにその母親だ。俺は当然何もしていない。彼も同様だ。ならば、残りの一人、つまり母親が邪魔を入れて来ているのか。あの笑い方は、恐らく作戦通りだろう。下衆い奴らだ。
 彼はこの隙を突こうと、さらに攻撃を激しくする。まあやる事は変わらないし、弾く分には問題無いが、あっちが遠距離戦を仕掛けて来るなら、こちらは何もできない。反撃する前に攻撃を入れられて終わりだ。
 相手もただ正面から攻撃を入れてばかりでは何も変わらないと分かったのか、俺の前後左右に移動しながら攻撃をぶつけて来る。この試験で少しは学ぶ事が有ったらしく、嬉しい限りだ。
 どうするか……考えてみるが、硬直状態が続くとしか思えない。どん詰まりだ。向こうの霊力が切れるのを待つとしよう。その前に、俺の集中が切れるかもだが。
 攻撃を弾き続けること十分。やっと霊力が尽きたらしく、彼は膝から崩れ落ちた。同時に、彼が操っていたコンクリートの槍も、動きを止めた。やっと終わる。ずっと好きでもないヤツの叫びを聞き続けるという、新しい拷問を受けたようだ。結構精神に来る物がある。
 俺が「決着……で良いですか?」と声をかけると、「まだだ……」とまだ諦めていない様子だった。その根性は良いが、この状況で何か秘策が有るとは思えない。霊力は尽き、彼も地面に倒れている。距離は十分離れている為、直接殴りに来る可能性も低い。
 彼は俺にではなく、うわ言のように「まだ……諦められない」と呟いている。これは呪いとか言霊とか、そういう神秘の類じゃない。これは、恐らく彼の精神面の傷から来る行動だろう。面倒臭い相手とは思っていたが、家庭の問題がこんなところで出て来るとは思わなかった。
 彼は天を仰ぎ、叫び声を上げた。
「まだだああああああ!」
 瞬間、彼は倒れ、俺が立っていた足場は崩れた。
 足場が崩れ、落下する間に、彼は何をしたのかを考えた。彼はが直接操れるのは、彼が触れている場所を中心とした、半径およそ五メートル。そこを起点として、物を飛ばしたり、伸ばしたりする事は可能だが、彼と俺の間は、軽く二十メートルはあった。ならば、彼は俺をどうこうできない。となると、彼の他に、何者かが介入した説が濃厚だが、あの場で霊力を行使したのは俺と俺が認識していた二人だけ。彼の母は、あの瞬間術式を使っていなかった為除外すると、彼しか候補が居ない。
 駄目だ。全く分からん。一旦、ここを出てから考えよう。俺は穴の凹凸に足をかけ、穴から出た。
 穴から出ると、彼は彼の母に抱かれていた。
「おお!私の可愛い洋介ようすけ!なんで無茶したの!」
 母親は目から涙を流し、愛する我が子の名を呼んでいる。
 幸い、彼は生きているようだ。今は、彼を医務室に運ぶべきだろう。俺は彼を医務室に運び、職員の方に事情聴取される事になった。何故こうなったのか、貴方に怪我は無いのかなど、普通の事しか聞かれないので、若干拍子抜けな気もする。

 その後、五分程の質問攻めを乗り切った俺は、先ず彼の様子を見に行った。どうやら彼は、霊力が切れた結果、倒れてしまったらしい。一日休めば元通りとの事だが、無理をさせたみたいな感じで何か言われそうだな。嫌だな。
 彼に病室に入った俺は、いきなり彼の母親に土下座された。わーおビックリポンポコリン。なんでこの人は俺に謝っているのだろう。
「まさか金剛退魔師様とは思わず、失礼いたしました!」
 この人、権力に弱いタイプか。嫌いなタイプだ。ていうかやっぱり金剛級の立場ってスゲーんだな。立場は人を変えると言うが、これなら変わってしまうのも納得だ。
 しかし、今の俺は謝罪が欲しい訳じゃない。今は彼に話を聞きたい。俺は彼の母親を素通りして、後ろの彼に近寄る。彼はまだ少し具合が悪いようで、起き上がる時も顔を苦しそうに歪めていた。
「君、少し話がしたいんだが、いいかな?」
 彼は頷いた。権力で従わせているようで、少し後ろめたさが残るが、あそこまで俺を下に見てた奴らが、ここまでへりくだっているのを見るのは、かなり気分が良い物だ。
 俺は彼の母親を部屋の外に出して、彼と二人で話をする。
「あの大穴、君がやったのか?もしそうなら、君の術式を可能な範囲で教えてくれ」
「はい、そうです」
 彼は自らの術式の説明を始めた。彼の術式は、自らが触れている、またはそう感じている物体を自在に操る事ができるという物らしい。しかし問題はここからで、彼の術式は、範囲の制限が存在しないらしく、この範囲を広くすればする程、彼に負担がかかるらしい。たしかに強力な術式だが、彼自身の霊力が多くない為、術式を上手く扱えないらしい。それが原因で、彼は実家で不遇な扱いを受けているらしい。
「『出来損ない』、『一族の面汚し』……そんな事を言われるのは当たり前、そんな日常でした。だから俺は金剛級になって、実家の奴らを見返してやりたいんです」
 会長が言っていた『面倒臭い相手』とは、彼ではなく彼の実家を指していたのか。彼のポテンシャルは金剛級を目指せるが、出来損ないが成功したなんてなったら、彼等のプライドが許さない。
 しかしそんなしがらみなんて、実績と実力でどうとでもなる。彼だけでは俺に手も足も出ず、母親の協力もあってやっと硬直状態程度の力しか無いが、いくら彼の霊力が少ないと言っても、そこは技術である程度カバーできる。もしそうなったら、白金級の中でもかなり上位に食い込める。何より俺の小説のネタになる。良家のドロドロなんて美味しいネタ、逃さない手は無い。
「結果から言うけど今回の試験、君は不合格。ただし、君に興味が湧いた。条件付きで受からせてやっても良い」
 これを聞くと、項垂れていた彼は顔を上げ、俺の方を見る。「本当ですか!?」と言う彼に、「ただし、君の実力では白金級まで行っても直ぐ死ぬのがオチ。実力は身につけてもらう」と言ってみると、彼は首を傾げた。
 俺は、そんな彼に救いの手を差し伸べてやった。

「明日から君を教育する!地獄を見る覚悟をしておけ!」

 彼の顔は、少し青白くなっていた。
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