怪しい二人

暇神

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#2 金剛級昇格試験

#2ー5 金剛級昇格試験

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 『昇格試験』とは、退魔師がより難易度が高く、報酬が良い依頼を受ける事が出来るようになる為の特殊な依頼である。
 今回の『金剛級昇格試験』の場合、上から二番目の階級である『白金級退魔師』の俺が、一番上の階級の『金剛退魔師』になる為の試験となる。
 この試験を受ける事に決めた俺は、今現在、先生に叱られていた。
「何を考えているんだ君は!? 何故無駄なしがらみの多い『金剛退魔師』になってまで木村陽太さんの魂を回収したいのだ!?」
「依頼ですし、早い方が良いと思いますが? それに、俺に出来る事が有るのに、何もしないのは嫌です」
 俺が正論をぶつけると、先生は「そういう所は君の美点だが……」と言って黙ってしまった。
 どうやら折れてくれたらしい先生は、「絶対に無事に帰る事!」と言ってくれた。
「がっはっは! お前は八神のオカンかよ岩戸!」
「そうじゃよ咲良嬢。彼の実力なら難なくこなせる程度の依頼じゃ」
「それでも心配なのだ!」
 修司君と慎太郎さんのツッコミに先生が反応する。
 え心配してくれるのトゥクン。
 すると、部屋着で来ていた女性が話かけて来た。
「フフフ……そんなに心配なんですか?」
 彼女は八谷道子やたにみちこ。先生の実家の岩戸家の分家にあたる、八谷家の次女であり、先生とはお互いに愛称で呼び合う程親しいらしい。
「ああ! 当たり前だろう!?」
「そんなに心配なのは……好きだから?」
「そんな事有り得ませんわ!」
 この質問に対して、俺でも先生でも無く、先程まで黙っていた女性が叫び声を上げた。
 彼女は神宮寺幸子じんぐうじさちこ。慎太郎さんのお孫さんで、先生の事を『お姉さま』と呼んで慕っている。ついでだが、どうやら俺が嫌いらしい。
「お姉さまがこんな何処の馬の骨とも知れないような男に恋愛感情を抱くだなんて! 共同生活をしているだけでも腹立たしいのに!」
 彼女はそう言って俺を睨みつけてくる。なんでだ! 俺何も言ってないのに!
 先生はと言うと、罵られる俺の横で道子さんと話していた。
「こうなるから私にはお得意のコイバナをするなと言っているのだよ、みっちゃん」
「ご……ごめんねさっちゃん」
「そうそう。それに俺はこんな貧乳よりも、もっとこうボッキュンボンでグラマラスな美人の方が……」
「今お姉さまの事を貧乳と罵りましたわね!? 貧乳は希少価値ステータスですわ!」
 おい誰だこのお嬢様にこんな言葉を教えたやつ!
 ギャーギャー騒ぐ俺達を見かねてか、眼鏡をかけた男性が騒ぎの仲裁に入って来た。
「まあまあお嬢様方、そんなに熱くならずに。八神くんも会長から依頼をもらわないといけないんですから」
 彼は柊誠ひいらぎまこと。幸子さんとは古い付き合いらしく、「彼女に関して知らない事は無い!」と断言する程仲が良いらしい。因みに、俺と彼はあの社会現象にもなったアニメ、『新世紀エヴァンゲリオン』の熱狂的なファンであり、たまに会っては情報交換をする仲である。
 彼が幸子さんを宥めている隙に、俺は『金剛級昇格試験』の依頼を会長から受け取った。
「君が『金剛退魔師』になる日をどれだけ待ち侘びた事か……」
「まだ依頼すら受けてないんですから、そういう事は後にして下さい」
 少し会長と話をして、俺は依頼が書かれた書状を受け取った。

 そこには、『テケテケ回収依頼』と書かれていた。

「場所は……福岡か。俺の地元だぜ八神。依頼のついでに美味い物おごってやるよ」
「有難う修司君」
 そう、福岡は修司君の生まれ故郷である。
 それは一先ず置いといて、『回収依頼』とはどういう事だ?
「実は、福岡の研究所から複数の怪異が逃走してな。勿論殆ど捕まえたが、そいつだけ行方不明でな……」
 なるほど、ほっとくと大変だが、一応研究対象だから祓う事もしたくないから『回収』という事なのか。
 それだけなら確かに簡単だが、『金剛級昇格試験』にしては軽過ぎる。只の『テケテケ』では無いのだろう。
「そいつだけ見つからないのは、どうやら実験の過程で存在感を消す事が出来るようになったかららしい」
 存在感を消すというのは、目に見えなくなるだけでは無く、探知に引っ掛からない状態になるという事である。
 向こうにも探知系は居るだろうと思っていたが、それでも見つけられなかった理由に合点がいった。
「それだけなら何とかなりそうです。『金剛級昇格試験』、確かに受け取りました」
 こうして、俺の『金剛級昇格試験』の内容が決定した。

 依頼を受け取った俺は、先生を連れて事務所に帰る事にした。
 帰路についた途端、先生は説教を始めた。
「どうして『金剛退魔師』なんかになろうとしているんだい!? 月一で集会しなければならない上、拒否できない依頼がたまに来るんだぞ!? もし予定が噛み合わず、私の食事がレトルトになったらどうしてくれるんだ!」
「でも俺が行った方が確実で早いけど、『金剛退魔師』にならないと何もできないと言われたら、やるしかないでしょう?」
 こんな問答をかれこれ十分続けていると、不意に先生が心配するような声になり、「だが……」と言ってきた。
「上層部の連中は何を考えているのか、得体の知れない奴ばかりだ。私は兎も角、君に危害が加えられたら……」
 驚いた。まさか先生が頑なに『金剛級昇格試験』を受けさせなかったのは、俺を守る為だったらしい。
「私のご飯を作る人が居なくなるではないか!」
 前言撤回。やはりこの人は花より団子、異様に食い意地の張ったお嬢様だった!
「もしそうなったら、実家を頼れば良いじゃないですか」
 あそこなら俺よりも腕の良いコックも居るだろうにと言うと、先生は「君と一緒だから美味しいんだ」と言ってくれた。中々嬉しい事を言ってくれる人だ。
 怒る先生を宥めながら、俺達は事務所に帰り、俺は夕飯の準備に取り掛かった。

「ねえ、知ってる?」

 下校路を歩いている途中、一緒に居たクラスメイトが急に尋ねて来た。
「なにが?」
「相変わらずノリが悪いな~」
 ほっとけ。お前が良すぎるんじゃ。
 顔を歪めた俺を無視して、彼女は続ける。
「今日休んだ子、『テケテケ』に襲われたから休んだんだって!」
「はあ? んな馬鹿な」
 『テケテケ』は知っている。上半身だけの化物の事だ。最近、クラスがその怪談のせいで騒がしかったから調べたが、あれあただの作り話で、本当じゃない筈だ。
「本当だもん! クラスの皆言ってるもん! しかもそいつ、姿が見えないんだって!」
 じゃあどうやって『テケテケ』だって言えるんだよと言うと、少し怒って「夢が無い事言わないで」と言った。無くしちまえ、そんなヤバい夢。
 暫く沈黙が続いたが、彼女は急に変な提案をした。
「じゃあ、次の土曜に学校に忍び込んで、噂が本当なのかをハッキリさせようよ! うん、それが良い!」
「ちょっと待て! なんで勝手に……」
「じゃあまた明日!」
 そう言って彼女は行ってしまった。なんであんなに勝手に話を進めるのか……
 この時の俺は、どうせ何も起きないだろうと高を括って、特に気にする事も無く生活していた。
 そして、問題の土曜日が来てしまった。

 俺達はそこで、『テケテケ』と、奇妙な『自称小説家』と出会う事になる。
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