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No.4 驚愕
File:14 あい
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不快感。それでも、この状況を変える訳には行かない。私は「そうかも知れませんね」と言いながら、口の中のそれを飲み込もうとする。
『面白い言い方だね』
「そうですか」
『そうだよ。他人を愛した事が無いなんてだけでも面白いのに、それを指摘された時の反応がそんなに淡泊なんて、面白過ぎるって!』
『他人を愛した事が無い』ねぇ……私からしたら、そんな妄言も無いんだが。私は親愛や隣人愛という形で、ジョセフ君やエラニを愛している。愛せている。なのに、『愛した事が無い』とは……笑えない冗談は朝の占いだけで十分だ。
「まぁ、私は誰かを愛しているという確信があるので」
『へぇ教えてよ。誰なの?』
「目の前の絵画を」
『ふふっ。私はもう死んでるんだから、恋人を作る気は無いよ』
フラれてしまったかな。どうせ所有するなら、彼女の心も手に入れてみたい。彼女に多少の恨みはあるが、それとこれとは別だ。まぁ、許しはしない訳だが。
「死んでいるなら、成仏した方が健全だと思いますよ」
『幽霊っていうのは、未練が無くなって初めて成仏できる物なんだよ』
「知りませんよ」
『ふふっ。もしソフィアが幽霊になった時は、自分の未練を探したらさっさと成仏できるかもよ?』
「後悔はなるべく残さない生き方をしてるので、心配要りませんよ」
いい加減、このお茶会にも飽きて来たぞ。元の世界に早く帰りたいんだが……あぁそうだ。彼女がここから消えれば、この世界自体が無くなって、私達は元の世界に戻れるかも知れない。
しかし、この世界が崩壊する事で、この世界に存在している私達も同時に消える可能性がある。一応、聞いておくか。
「そろそろ教えてくれませんか?私達が元の世界に戻る方法」
『良いよ』
「……随分あっさりしてますね」
『勿論条件付きさ。ウノで私に勝てたら教えてあげる』
はいはい。どうせ教える気も無い癖によく言う。しかし付き合わない訳にも行かないだろう。私はいつの間にか手に持っていたトランプをシャッフルさせられながら、ルールを思い出していた。
『ま……負けた……完敗……』
「私の勝ちです。案外表情が見えなくても勝てますね」
『分かり易いって言ったね!分かり易いって嫌味言ったでしょ!』
「いいえ」
まぁ言ってるんだがね。これ位は許されるだろう。一々『あっ』とか『待って!』とか声を出す方が悪い。まぁ、誰かとカードゲームをする機会も無かったのだろう。哀れな幽霊だと思おう。
「さぁ。教えてください。元の世界に戻る方法」
『悔しい!もう一回!』
「……はいはい」
教えてくれないというのは分かっていたし、まぁ良いだろう。それに実際、少し楽しかった。私は少しだけ散らばったカードを束に戻し、再びシャッフルする。
『こーいうのさ、一回やってみたかったんだ』
「と言うと?」
『生前、私にはあんまり自由が無かったからさ。憧れって言うのかな?』
それはそうだろうな。魔法使いとか、当時の神秘学者も欲しがっただろう。髪の一本から爪先、爪の垢すら値千金の価値があってもおかしくない。魔法は現代の技術を以てして再現不可能な、本物の神秘だ。だからこそ、『魔女の絵画』なんて物が騒ぎ立てられる訳だが。
しかし、魔法使いでも自由にならない事はあるんだな。もっと何でもできると思っていた。
『友達とピクニック行って、お菓子食べて、カードゲームして……等身大の人間としての楽しみっていうのを、一回味わってみたかったんだ』
「そうですか。それでこの世界は……」
『うん。あの世界がソフィアの願望で、ここが私の願望。地に足が付いていない代わり、矛盾が生じる事も無い、理想の世界。欠点は、住人は外から連れて来るしか無い事かな』
私の願望の中には、現実と理想の矛盾が存在し、そこを現実に近付ける事で願望を破壊した。それに対し、彼女の願望は現実の要素を必要最低限しか含まない為、現実との矛盾が生まれない、詰まり半永久的に続く世界を構築できた訳か。魔法の力というのは凄いな。残滓でこれか。
シャッフルが終わった。私はカードを自身と相手の二人だけに配り、ゲームを始める。
「先行は?」
『さっき勝ったんだし、譲るよ』
「ありがとうございます」
考えてみれば、私もこういう機会は然程無かったように感じる。師匠とこういう事する事は少なかったし、エラニと会う時は基本私の自宅かオークション会場だ。ジョセフ君は論外。存外、私もこの時間を楽しんでいるのかも知れない。
影は私の表情と自分の手札を交互に見ながら、慎重にカードを場に出す。私はそれに合わせて、さっさと次のカードを出す。
『あのお爺さんが私の事を買ってくれて良かったよ。お陰で、この世界に人を取り込めた』
「そうですか」
『ちょっとやり過ぎな気もするけどね。まぁ、嬉しかったかな。ここに人が……何より、私を『私』と認識してくれる君が来てくれて』
「それは光栄です」
先程とは対照的に、私の手札が少しずつ増えていく。影の手札が少しずつ減って行く。差が段々と開き、あっと言う間に、影の手札は残り一枚となった。
『だからもう……満足かな』
「は?」
影が最後の一枚を地面に落とした。それは不注意のせいでも何でもなく、ただ、彼女の腕が解け、消えたからだった。
そこで私は、今までの会話が雑談ではなく、遺言だった事に気が付いた。私は残った十一枚の手札を地面に伏せ、少しずつ消えて行く彼女の姿を見届ける。そうか。これで終わりなのか。
『私の未練はもう消えた。私の意識は消えるし、この世界も同時に無くなる。君達は元の世界に帰れるから、安心してね』
「結局、お茶会しただけで終わりか」
『あっけないような終わり方は、存外世の中に溢れている物らしいよ?』
「知っているとも。それは、私がよく目にしていた物だからね」
少し口惜しいような気もする。彼女程ではないが、こういう時間は私にとっても貴重だ。だが彼女が消えてしまうのなら……仕方の無い事か。
「最後に、言い残す事は無いかな?」
『え?もう死んでいるのに変な事を聞くね』
「その程度の事は、『存外世の中に溢れている』と思わないかい?」
『……そうだったね。じゃあ……』
『勝ち逃げって、私初めてやったかも』
彼女の体は完全に崩壊し、私の意識は暗転した。勝ち逃げされた悔しさは、とうに喉を通り過ぎている。
『面白い言い方だね』
「そうですか」
『そうだよ。他人を愛した事が無いなんてだけでも面白いのに、それを指摘された時の反応がそんなに淡泊なんて、面白過ぎるって!』
『他人を愛した事が無い』ねぇ……私からしたら、そんな妄言も無いんだが。私は親愛や隣人愛という形で、ジョセフ君やエラニを愛している。愛せている。なのに、『愛した事が無い』とは……笑えない冗談は朝の占いだけで十分だ。
「まぁ、私は誰かを愛しているという確信があるので」
『へぇ教えてよ。誰なの?』
「目の前の絵画を」
『ふふっ。私はもう死んでるんだから、恋人を作る気は無いよ』
フラれてしまったかな。どうせ所有するなら、彼女の心も手に入れてみたい。彼女に多少の恨みはあるが、それとこれとは別だ。まぁ、許しはしない訳だが。
「死んでいるなら、成仏した方が健全だと思いますよ」
『幽霊っていうのは、未練が無くなって初めて成仏できる物なんだよ』
「知りませんよ」
『ふふっ。もしソフィアが幽霊になった時は、自分の未練を探したらさっさと成仏できるかもよ?』
「後悔はなるべく残さない生き方をしてるので、心配要りませんよ」
いい加減、このお茶会にも飽きて来たぞ。元の世界に早く帰りたいんだが……あぁそうだ。彼女がここから消えれば、この世界自体が無くなって、私達は元の世界に戻れるかも知れない。
しかし、この世界が崩壊する事で、この世界に存在している私達も同時に消える可能性がある。一応、聞いておくか。
「そろそろ教えてくれませんか?私達が元の世界に戻る方法」
『良いよ』
「……随分あっさりしてますね」
『勿論条件付きさ。ウノで私に勝てたら教えてあげる』
はいはい。どうせ教える気も無い癖によく言う。しかし付き合わない訳にも行かないだろう。私はいつの間にか手に持っていたトランプをシャッフルさせられながら、ルールを思い出していた。
『ま……負けた……完敗……』
「私の勝ちです。案外表情が見えなくても勝てますね」
『分かり易いって言ったね!分かり易いって嫌味言ったでしょ!』
「いいえ」
まぁ言ってるんだがね。これ位は許されるだろう。一々『あっ』とか『待って!』とか声を出す方が悪い。まぁ、誰かとカードゲームをする機会も無かったのだろう。哀れな幽霊だと思おう。
「さぁ。教えてください。元の世界に戻る方法」
『悔しい!もう一回!』
「……はいはい」
教えてくれないというのは分かっていたし、まぁ良いだろう。それに実際、少し楽しかった。私は少しだけ散らばったカードを束に戻し、再びシャッフルする。
『こーいうのさ、一回やってみたかったんだ』
「と言うと?」
『生前、私にはあんまり自由が無かったからさ。憧れって言うのかな?』
それはそうだろうな。魔法使いとか、当時の神秘学者も欲しがっただろう。髪の一本から爪先、爪の垢すら値千金の価値があってもおかしくない。魔法は現代の技術を以てして再現不可能な、本物の神秘だ。だからこそ、『魔女の絵画』なんて物が騒ぎ立てられる訳だが。
しかし、魔法使いでも自由にならない事はあるんだな。もっと何でもできると思っていた。
『友達とピクニック行って、お菓子食べて、カードゲームして……等身大の人間としての楽しみっていうのを、一回味わってみたかったんだ』
「そうですか。それでこの世界は……」
『うん。あの世界がソフィアの願望で、ここが私の願望。地に足が付いていない代わり、矛盾が生じる事も無い、理想の世界。欠点は、住人は外から連れて来るしか無い事かな』
私の願望の中には、現実と理想の矛盾が存在し、そこを現実に近付ける事で願望を破壊した。それに対し、彼女の願望は現実の要素を必要最低限しか含まない為、現実との矛盾が生まれない、詰まり半永久的に続く世界を構築できた訳か。魔法の力というのは凄いな。残滓でこれか。
シャッフルが終わった。私はカードを自身と相手の二人だけに配り、ゲームを始める。
「先行は?」
『さっき勝ったんだし、譲るよ』
「ありがとうございます」
考えてみれば、私もこういう機会は然程無かったように感じる。師匠とこういう事する事は少なかったし、エラニと会う時は基本私の自宅かオークション会場だ。ジョセフ君は論外。存外、私もこの時間を楽しんでいるのかも知れない。
影は私の表情と自分の手札を交互に見ながら、慎重にカードを場に出す。私はそれに合わせて、さっさと次のカードを出す。
『あのお爺さんが私の事を買ってくれて良かったよ。お陰で、この世界に人を取り込めた』
「そうですか」
『ちょっとやり過ぎな気もするけどね。まぁ、嬉しかったかな。ここに人が……何より、私を『私』と認識してくれる君が来てくれて』
「それは光栄です」
先程とは対照的に、私の手札が少しずつ増えていく。影の手札が少しずつ減って行く。差が段々と開き、あっと言う間に、影の手札は残り一枚となった。
『だからもう……満足かな』
「は?」
影が最後の一枚を地面に落とした。それは不注意のせいでも何でもなく、ただ、彼女の腕が解け、消えたからだった。
そこで私は、今までの会話が雑談ではなく、遺言だった事に気が付いた。私は残った十一枚の手札を地面に伏せ、少しずつ消えて行く彼女の姿を見届ける。そうか。これで終わりなのか。
『私の未練はもう消えた。私の意識は消えるし、この世界も同時に無くなる。君達は元の世界に帰れるから、安心してね』
「結局、お茶会しただけで終わりか」
『あっけないような終わり方は、存外世の中に溢れている物らしいよ?』
「知っているとも。それは、私がよく目にしていた物だからね」
少し口惜しいような気もする。彼女程ではないが、こういう時間は私にとっても貴重だ。だが彼女が消えてしまうのなら……仕方の無い事か。
「最後に、言い残す事は無いかな?」
『え?もう死んでいるのに変な事を聞くね』
「その程度の事は、『存外世の中に溢れている』と思わないかい?」
『……そうだったね。じゃあ……』
『勝ち逃げって、私初めてやったかも』
彼女の体は完全に崩壊し、私の意識は暗転した。勝ち逃げされた悔しさは、とうに喉を通り過ぎている。
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