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No.4 驚愕

File:5 影

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 翌日。彼等が拠点を去った後、私は暇を持て余していた。
 やる事はある。だが、周囲の安全が確認されているという事は、この周辺には何も無いという事だ。勿論、脱出の手掛かりになりそうな物も。
「せめて、ここでできる事は把握しておこうか」
 体は問題無く動く。動く範囲も速さも、普段と同じように。だが、どうも体内の魔力を操作できない。千里眼にある魔力は変わっていないから、そこは問題無く機能している。
 しかしこれでは、いざという時に魔眼も、その他の魔術も使えない。今の私は、自衛手段が徒手空拳しか無い。まぁ、それだけでも十分は十分な訳だが。
 千里眼で周囲を観察してみようか。私の眼は夜でも問題無く周囲を見渡せる。遠い所ならまだしも、多少暗い程度の場所なら問題は無い。森の中で見通しは悪いだろうが、まぁ大丈夫だろう。


 ふむ……どうやら、かなり多くの物があるようだ。現実では見た事が無い植物や茸を始め、明らかな人工物……例えば小屋、地面に敷く布とその上に置いてある、いくらかの食べ物が入ったバスケット等、様々な物がある。
 そしてこれらの共通点は、『絵画に描かれていた物』という事だ。植物等の小さな物は不確かだが、小屋もバスケットも、地面に敷いてある布も、『驚愕』の中に描いてあった。お陰で、ここが本当に絵画の中だと実感できた。まぁ、したくはなかったが。
「とは言え、人間大切なのは心の持ちような訳で……っと」
 人間の手が加えられていないお陰で、結構歩き辛い。自衛も難しいか?兎に角慣れが必要だ。なるべく外を歩くようにしなければ。気も滅入ってしまう。
 しかし、ここが絵画の中だとすれば、どこかに舗装された道がある筈だ。あの絵画には、石畳で舗装された小さな道も描かれていた。それがあの黒い影の居た広場へ伸びている筈だ。
 しかし、この周辺にあると期待しない方が良いよなぁ。あっても手掛かりには……まぁ、何かしらの進展があっておかしくない。新たな視点というのは常に新たな発見をもたらす物だ。多分。

「……ふふっ」

 ん?気のせいだろうか。今人の声が聞こえた気がする。だが周囲に生き物の気配は感じない。協会の魔術師達は別方向に行ったから、ここに居る訳も無い。
 やはり気のせいか。そう思って顔を前に向けた私は、心の底から恐怖した。得体の知れないなんてレベルじゃない。全く以ての理解不能。故の恐怖。

 私が立っている場所は、森の中から、石畳の上に変わっていた。

 一瞬だった。瞬き。その刹那。それだけの時間で、周囲の状況は変わっていた。何が起こったか分からない。魔力も霊力も感じなかった。これはまるであの時の、ヤハタと名乗った退魔師と同じ……
 えぇい碌でもない事を考えるな。兎に角進展は進展だ。何が起こるかは分からないが、進んでみない事には変わらない。ここがどこか分からない以上、動いて現在位置を把握した方が良い。
「しかし、本当に長いな……」
 果てしなく続く、と言うのはまさにこの事だ。道の脇は直ぐに森という事もあって、風景が殆ど変わらない。本当に進んでいるのかという不安に駆られる。
 いや。そんな心配は杞憂だった。少しずつ、遠くの開けた場所が見えて来た。遠いは遠いが、問題無く着く程度の距離だ。日も真上……そこそこな時間歩いたようだ。
 兎に角、あの開けた場所が、絵画に描かれていた物であるとするなら、何かしら手掛かりがあるかも知れない。私は心持ち足を速め、遠くへ見える広場へ向かった。だが……
「何も無いな。分かっていた事だが」
 そこにあったのは、本当に何の変哲も無い広場だった。木が切り倒され、芝生も一定の長さに揃えられている。本当にただの広場。どころか、何かのモニュメントがある訳でもないせいか、少し寂し気にすら見える。私は広場の中心に立ち、周囲を見渡す。
 やはり何も無い。不自然な程に。しかし考えてみれば、あの絵画の中にあった広場には、中心に佇む黒い影と、数名の人がピクニックしている様子以外、何も描画されていなかった。まぁ、画角の外に何かあった可能性は否めない訳だが。
「何か持ってくれば良かっただろうか。途中にあったバスケットのような……」

「やめてよ。あれしゅみじゃない」

 背筋が凍る。誰も居なかった、何も無かった筈だ。それなのに声が聞こえた。いや。正確には聞こえた訳ではないだろう。正確に言うのなら、感覚。

「あれ?みえてる?みえてない?みえてないみたいだね」

「……何者だ?」
 少なくとも人間ではない。ここで魔術が使えない以上、『コレ』は吸血鬼が翼を自由に出し入れできるような、ドラゴンが炎を吐けるような、その生き物の『特性』だ。人間ができる事じゃない。

「なにもの?あらためてきかれるとこまる……」

 そうだろう。こんな特性そうそうお目にかかれない。明らかな異常。どこに居るかも分からないせいで、どう対策すれば良いかも分からない。

「そうだな……うん。まだそのときじゃないかな。つぎはおともだちぜんいんつれて、ぴくにっくにでもきてよ」

 突然、風が吹いた。私はそれに耐える為に両腕を顔の前で交差させ、足を前後に開いた。一体何なんだよコレ!
 突風が止み、目を開けた時、私の周囲はまた森の中へ戻っていた。私は茫然としながら、一言、声を漏らした。
「訳が分からない」
 この一言に尽きる、たった一時間程度の出来事だった。
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