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No.2 詠嘆
File:7 悪戯
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私達はリビングでドーナツを食べながら、緩やかな時間を過ごす。日常の悩みを少しの間だけ忘れ、ただチョコや砂糖で味付けされたドーナツの甘さと、窓から入って来る太陽の光だけを感じる。
「ドーナツって甘いよね」
「むしろ、甘いからこそドーナツであるとも言える」
「深いねぇ……」
エラニは小さく頷きながら、またドーナツを一口齧る。こうしてみるとただの美少女なんだけどな。仲が良い訳ではない人の前ではただの美少女なのに、仲が良い人の前では悪戯好きな子供に変わるんだもんな。この変化の仕方は、きっと世界の七不思議にも匹敵するだろう。
「甘いねぇ……」
「砂糖とはかくも甘い物だったっけか……」
「そうだよ」
普段から甘い物を食べる方ではないしな。このドーナツも、安く売ってたから買っただけだし。ま、こういうのは偶に食べるから良いんだろうが。
う~ん甘い。かなり甘い。だがこれで良い。諸々の事がどうでも良くなる。何か忘れているような気がするけど、気にする程でもないか。
「あぁ言い忘れてた事があるんだけど、今良いよね?」
「何だいエラニ。新曲の感想なら後で……」
「この家に爆弾仕掛けちゃった」
爆弾ね……爆弾か……面倒だ。
「冗談……で言う事じゃないね」
「やっぱり驚かないんだね」
「尻尾を踏まれた犬のようなリアクションを期待していたのなら、それに準ずる事ができず残念だよ」
ゆったりとした休日だった筈なんだが、それがまさかの爆弾とは。魔女の絵画は神隠しに置いてあるから無事だろうが、その他の所蔵品は無事では済まないだろう。ま、見つからなければの話だが。
「いつも通り、爆弾は一個かい?」
「うん」
「今回のヒントは何?」
「『光沢』だね。じゃ、私そろっと帰るから」
忘れてた事は、多分のこの事なんだろう。エラニは私の家を訪ねる度に、何かしらの『悪戯』を仕掛けて帰る。今回は爆弾か。爆弾解除は容易だが、見つけられるだろうか。
「じゃあ、余ったドーナツ持って帰ってくれないかな。二、三個程度だし、良いだろう?」
「分かった。食べた分のお金は今度払うね」
「残飯処理に付き合ってくれたんだし、要らないよ」
「ありがと。帰ったら食べるよ」
エラニは残り少ないドーナツが入った箱を持って、玄関の方へ向かって行った。このガス抜きがあの明るさの源だとしたら、私は彼女のメンタルヘルスにおける、かなり重要な役割を担っているのだろうな。
「じゃ、またねソフィア。次来る時は、恋人の一人でも紹介してよ?」
「そうしたら拗ねるのは君だろう。ま、また来ると良いよ」
……行ったようだ。さて。彼女がこの家を出たので、そろそろゲームスタートだ。
彼女のヒントは、『光沢』だ。だが、この単語を題名に含む絵画は持っていない。なら次は、光沢という言葉から連想できる言葉を考えてみよう。最初に金属。金属で作られた物に関連する絵画……二、三枚あった。その辺りを探して、見つからなかったら金属で作られた製品の周辺を見るか。
前も爆弾その前の爆弾……考えてみれば、ずっと爆弾ばかり仕掛けられている。『悪戯好き』と自称する位なら、もう少しレパートリーを増やしたらどうなんだろう。ま、事前に仕掛けだけ作って、あとは設置するだけってなったら、爆弾が一番手っ取り早いんだろう。
「エラニも暇だねぇ……」
私はそんな事を呟きながら、保管室へ向かって歩き出した。
爆弾が見つかったのは、僅か三十分後の事だった。思った通り、絵画の額縁の裏に取り付けられていた。私はそれをいつも通り解体し、ただの金属と火薬の塊に変える。
「えっと、この写真をエラニに送れば、いつも通りゲームクリアーか」
エラニは爆弾を仕掛けては、私にそれを解体させる『ゲーム』を仕掛ける。クリア条件は、解体した爆弾の写真と、それが隠されていた場所を精細に伝える事。日没までにクリアできなければ、爆弾は爆発。ゲームオーバーだ。
「良い趣味してるよ。本当」
私はスマホで写真を取り、その画像をエラニに送る。既読、返事は、それから本当に直ぐの事だった。
『どこにあったの?』
『「戦争」という題名の絵画の裏』
『大正解』
軽く言ってくれる。一歩間違えば、私は死んでいたかもしれないんだぞ。ま、魔眼で爆破しないようにしていたから、そんな心配は要らない訳だが。
『クリアタイムは二十九分十六秒』
『新記録だね』
『流石ソフィア』
『今度会った時はコーヒーの一つでも奢ってくれよ』
『了解』
こういうのは無視すれば、その内飽きてやらなくなる。だが、エラニは私の絵画達と自宅、ついでに私自身の身の安全を人質に、私にこの遊びに付き合う事を強要しているのだ。大した悪戯好きだよ。
そう言えば、結局昼食をなあなあに済ませてしまった。少し小腹が空いたような気もする。近くのファストフード店にでも行こうか。ああしかし、甘い物を食べた後にしょっぱい物とは……う~ん悩ましい。エラニが来ると分かっていたら、ホットドッグを二つテイクアウトしていたんだが。
「ま、うだうだ言ってらんないか」
私は少し体を伸ばし、小さく溜息を吐く。少しだけ気持ちを切り替えた私は、徒歩五分のホットドッグ屋に向かって歩き出した。
「ドーナツって甘いよね」
「むしろ、甘いからこそドーナツであるとも言える」
「深いねぇ……」
エラニは小さく頷きながら、またドーナツを一口齧る。こうしてみるとただの美少女なんだけどな。仲が良い訳ではない人の前ではただの美少女なのに、仲が良い人の前では悪戯好きな子供に変わるんだもんな。この変化の仕方は、きっと世界の七不思議にも匹敵するだろう。
「甘いねぇ……」
「砂糖とはかくも甘い物だったっけか……」
「そうだよ」
普段から甘い物を食べる方ではないしな。このドーナツも、安く売ってたから買っただけだし。ま、こういうのは偶に食べるから良いんだろうが。
う~ん甘い。かなり甘い。だがこれで良い。諸々の事がどうでも良くなる。何か忘れているような気がするけど、気にする程でもないか。
「あぁ言い忘れてた事があるんだけど、今良いよね?」
「何だいエラニ。新曲の感想なら後で……」
「この家に爆弾仕掛けちゃった」
爆弾ね……爆弾か……面倒だ。
「冗談……で言う事じゃないね」
「やっぱり驚かないんだね」
「尻尾を踏まれた犬のようなリアクションを期待していたのなら、それに準ずる事ができず残念だよ」
ゆったりとした休日だった筈なんだが、それがまさかの爆弾とは。魔女の絵画は神隠しに置いてあるから無事だろうが、その他の所蔵品は無事では済まないだろう。ま、見つからなければの話だが。
「いつも通り、爆弾は一個かい?」
「うん」
「今回のヒントは何?」
「『光沢』だね。じゃ、私そろっと帰るから」
忘れてた事は、多分のこの事なんだろう。エラニは私の家を訪ねる度に、何かしらの『悪戯』を仕掛けて帰る。今回は爆弾か。爆弾解除は容易だが、見つけられるだろうか。
「じゃあ、余ったドーナツ持って帰ってくれないかな。二、三個程度だし、良いだろう?」
「分かった。食べた分のお金は今度払うね」
「残飯処理に付き合ってくれたんだし、要らないよ」
「ありがと。帰ったら食べるよ」
エラニは残り少ないドーナツが入った箱を持って、玄関の方へ向かって行った。このガス抜きがあの明るさの源だとしたら、私は彼女のメンタルヘルスにおける、かなり重要な役割を担っているのだろうな。
「じゃ、またねソフィア。次来る時は、恋人の一人でも紹介してよ?」
「そうしたら拗ねるのは君だろう。ま、また来ると良いよ」
……行ったようだ。さて。彼女がこの家を出たので、そろそろゲームスタートだ。
彼女のヒントは、『光沢』だ。だが、この単語を題名に含む絵画は持っていない。なら次は、光沢という言葉から連想できる言葉を考えてみよう。最初に金属。金属で作られた物に関連する絵画……二、三枚あった。その辺りを探して、見つからなかったら金属で作られた製品の周辺を見るか。
前も爆弾その前の爆弾……考えてみれば、ずっと爆弾ばかり仕掛けられている。『悪戯好き』と自称する位なら、もう少しレパートリーを増やしたらどうなんだろう。ま、事前に仕掛けだけ作って、あとは設置するだけってなったら、爆弾が一番手っ取り早いんだろう。
「エラニも暇だねぇ……」
私はそんな事を呟きながら、保管室へ向かって歩き出した。
爆弾が見つかったのは、僅か三十分後の事だった。思った通り、絵画の額縁の裏に取り付けられていた。私はそれをいつも通り解体し、ただの金属と火薬の塊に変える。
「えっと、この写真をエラニに送れば、いつも通りゲームクリアーか」
エラニは爆弾を仕掛けては、私にそれを解体させる『ゲーム』を仕掛ける。クリア条件は、解体した爆弾の写真と、それが隠されていた場所を精細に伝える事。日没までにクリアできなければ、爆弾は爆発。ゲームオーバーだ。
「良い趣味してるよ。本当」
私はスマホで写真を取り、その画像をエラニに送る。既読、返事は、それから本当に直ぐの事だった。
『どこにあったの?』
『「戦争」という題名の絵画の裏』
『大正解』
軽く言ってくれる。一歩間違えば、私は死んでいたかもしれないんだぞ。ま、魔眼で爆破しないようにしていたから、そんな心配は要らない訳だが。
『クリアタイムは二十九分十六秒』
『新記録だね』
『流石ソフィア』
『今度会った時はコーヒーの一つでも奢ってくれよ』
『了解』
こういうのは無視すれば、その内飽きてやらなくなる。だが、エラニは私の絵画達と自宅、ついでに私自身の身の安全を人質に、私にこの遊びに付き合う事を強要しているのだ。大した悪戯好きだよ。
そう言えば、結局昼食をなあなあに済ませてしまった。少し小腹が空いたような気もする。近くのファストフード店にでも行こうか。ああしかし、甘い物を食べた後にしょっぱい物とは……う~ん悩ましい。エラニが来ると分かっていたら、ホットドッグを二つテイクアウトしていたんだが。
「ま、うだうだ言ってらんないか」
私は少し体を伸ばし、小さく溜息を吐く。少しだけ気持ちを切り替えた私は、徒歩五分のホットドッグ屋に向かって歩き出した。
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