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No.2 詠嘆

File:3 アメリカ最強格

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 私達は安い車の中で、暗い外の様子を窺っている。観察している物は勿論、『詠嘆』が保管されている家だ。
「今の内に盗むのは?」
「見た所無理そうだ。詳細は分からんが、とんでもない量の効果が重ね掛けされてやがる。『触んな』ってオーラをビシビシ感じるぜ」
 これじゃホームセキュリティ要らずだろう。羨ましい。私も結界術が使えない訳じゃないが、使えた所でどうするみたいな身体能力と魔術だしな……ええいできない事はガン無視しろ。場さえ整えられれば何でもできる魔術じゃないか私のは。
「まぁどちらにせよ、ターゲットが来るのを待っってだな」
「若、本当に行けるんですかい?相手はあのアメリカ最強格……」
「だから何だってんだ!『為せば成る』って日本のことわざもあるだろうが!」

「それには全くの同感です」

 その声が聞こえた次の瞬間だった。車体に大きく穴が空けられ、爆発した。私達は間一髪で車から脱出したが、それでもやはり、黒スーツのお兄さんが一人、爆発に巻き込まれた。
「場数は踏んでいるようですね」
 炎上する車の残骸から、一人の女性が出て来る。彼女こそ、アメリカ最強と謳われる魔術師、ミッシェル・ウェスティンだ。
「これがコミックなら、奴は間違い無くスーパーヒーローだな」
「で、私達は小物のヴィランかな?」
「分かってるなら良いでしょう。投降すれば、命は取りません」
 こっちの勝ち筋は、車の中から一斉に飛び出し、状況を整理するより先に攻撃、拘束を済ませ、その後に私の魔術で仕留めるか、正面から戦い、何とか隙を突いて私の魔術を使うかの二択だった。後者は失敗濃厚だから、私達の本命は前者だった。だがそれも、今ので潰された。
 だが、諦めるには早い。『後者は失敗濃厚』と言ったが、それも覆してしまえば良い。立体主義の作品も、最初は批判されていたそうだ。だが今では立派な芸術として讃えられている。この世の様々な物は、覆る余地がある!
「君の絵画を奪いに来たんだ。それは無理かな」
「……愚かですね」
「コミックの悪役なんてそんなモンだろ?」
「そして、決まってヒーローに負ける物です」
 来る。そう考えた瞬間、私の胸に穴が開いた……と思った。強い衝撃で体は吹き飛ばされたが、予め胸に仕込んでおいた胸当てのお陰で、穴は開かずに済んだ。まあ、もう使い物にはならなくなったけど。
 だがとんでもない威力だ。呼吸すら苦しい。痛い。咳が止まらない。視界がぼやけて……
「用意が良いですね」
「そっちは用意が悪いなぁ!」
 ジョセフ君は黒服のお兄さん達と共に銃を乱射するが、それも全て金属の壁に防がれる。金属を操る魔術。ここまで厄介とは思わなかった。受け止めた弾丸も壁の中に取り込まれていく。
「用意が……何と言いましたか?」
「クソッ!テメェら!打ち続け……」
「そういうのには辟易しています」
 黒服のお兄さん達は、金属の槍……いや触手と呼ぶのが正解だろう……に貫かれた。ジョセフ君は瞬時に防御魔術を展開し、貫通は避けたようだが。
 せめて涙さえ止まってくれれば、今の隙に魔術を使用して終わりなのに……私達の唯一のアドバンテージだった、人数さえ消え去った。今あるのは、私とジョセフ君、後は少々の近代兵器だけだ。だがそのジョセフ君も、もう殺される寸前だ。身体強化魔術を使ったのであろうミッシェルは、一瞬でジョセフ君の背後に回り、彼の目元を手で覆った。彼女はそのまま彼の喉元に金属の槍を向ける。
「君は反応が良いだけで魔術師としては見習い程度、あそこの彼女は一般人。それももう動けない……再度言いましょう。投降しなさい。命だけは奪わないでおいてあげます」
「嫌だね」
「そうですか死んでください」
 女性は金属の槍で、ジョセフ君の喉を突き刺した。ジョセフ君の喉には大きな風穴が開き、そこから血が漏れ出ていく。やがてジョセフ君の体が動かなくなった頃、ミッシェルは私の背後に周り、私の目を手で覆った。
「アレらと協力関係を築いていた割に、一般人……脅されていたようにも見えない……貴女は一度拘束します。良いですね?」
 この人、私と同じ系統の魔術を使う人と戦った経験でもあるんだろうか。大分マイナーな魔術なのに、面白い偶然もある物だ。
「嫌だ……なんて言える立場じゃなさそうだね」
「分かっているようですね。手を後ろに回してください」
 私は言われた通り、自分の両手を後ろに回す。すると冷たい物……金属で両手が固定された。
「ねぇ。『魔女の絵画』っていうのを持っているのは、貴女で合っているかな?」
「……答える義務はありません」
 それはほぼ肯定なんだけどなぁ。この人、やっぱりちょっとかわいいかも。ああでも、簡単に人を殺すような感じだしな……前言撤回しとこう。性格は生真面目。色も透き通るように綺麗だ。それだけに、残念だなぁ。
「それを集めているのはなんで?」
「ですから、答える義務は……」
 今私がやるべきは、多分時間稼ぎだろう。ちょっと煽って乱すかな。私は協会の資料の端に書かれていた事から推測できる、極めて簡単な事を口にする。

「死んだ恋人を生き返らせたいのかな?」

「……口を閉じてください。これは警告です」
 言葉に怒りが混じっているな。色も若干赤色が混ざっている。効果アリって所かな。
「死因は何だったかな?」
「口を閉じてください」
「聞いた話だと、魔術師の一団との戦闘に向かったんだっけ?」
「口を……閉じてください」
「それで、恋人を庇って重症……その後、庇った恋人の目の前で拷問されて……」
「黙れ」
 そこで、私の背筋は凍るように冷たくなった。冷や汗が吹き出し、悪意と殺意が混ざったような色が、私の視界を染め上げる。だが、まだソフィアは想定外の事態に遭ってはいないようだ。もう一押ししておこう。
「糞尿に涎を垂れ流し血まみれながら……」
「黙れ。まだ死にたくはないでしょう」
 あと一押し。私は今日一番の興奮を声に混ぜ、思い切り口に出してみる。

「惨めったらしく死んだらしいねぇ」

 突如、私の肩に鋭い痛みと熱が走る。多分穴が開いている。彼女の表情はきっと赤黒く染まっている事だろう。彼女は怒りと憎しみを隠そうとしない声を発しながら、私の肩を抉り続ける。
「黙れ。黙れ黙れ黙れ。貴女の生殺与奪は私が握っている。黙れ。彼を侮辱するな。黙れ」
 痛い。痛い。それだけを感じ続けている。ああでも、それは外からの情報だ。私の内側には、絶えず興奮と愉悦が渦巻いている。ああでも、そろそろ時間稼ぎも十分か。
「私は……それでも良いけどさ……」
「黙れ」
「ちゃんと……死亡確認は……しなきゃじゃない……かな……?」
 次の瞬間、ミッシェルの手が私の目元から離れ、私の視界が開けた。私は背後のミッシェルを視界に捉えながら、大きく後退する。正直助かった。あと少し遅かったら、私は本当に死んでいたかも知れない。後で彼には、お礼を言うべきだろうな。
「貴様……何故……」
「『答える義理はありません』」
 ミッシェルを吹き飛ばした人物……ジョセフ君は余裕そうな笑みに加え、煽る意図たっぷりの声でそう言った。ミッシェルは怒り心頭といった様子で、私達を睨んでいる。

「殺してやる」

「やってみやがれ三流ヒーロー!」「悪いがまだ死ぬ気は無い」
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