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No.1 休日

File:1 美術商

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 とても静かな空間。耳に入るのは、友人同士で来ているのであろうお客様の喋る、小さな声、衣擦れ、足音……後は空調の音だろうか。空気は乾燥しているという程でもないが、湿っているとは程遠い。目に入るのは、単調な白い壁と、無数の絵画、それを飾る額縁と、時々入る絵画の説明程度。それら全てから受け取る情報が、私にとっての『美術館』という空間を作り出す。
 ふと、見ていた絵画から視線を逸らした。いや、『逸らした』という表現は適切ではない。別の場所に、視線を『移した』のだ。そこに佇んでいる人物は、この空間の中では浮いているようにすら見える、黒いスーツに身を包んだ……恐らく男性だろう。私はその人物に手招きをした後、また絵画に視線を戻す。
「またここに居たのか。絵の具の塊なんざ見て何が楽しい?まだガキが読むコミックの方が有意義だね」
「館長だからね。それと、美術館では、お静かに」
「ああそうかい。なら、メモと熱い口付けでも渡してやろうか?」
「連絡先と住所が書かれたメモ?それならもう要らないかな。キスは別の人に渡すべきだ」
 私がそう答えると、男は『詰まらない女だ』とでも言わんばかりに顔を歪め、「カフェで話すぞ」と言った。「君の奢りだよね?」と念を押すと、「男女平等の世だぜ?」と、彼は答えた。

 嵌められた。などと騒ぐつもりは無い。マフィアと接触するのだから、この程度は普通なのだろう。私は黒いスーツの怖いお兄さん達に囲まれながら、まだ湯気が立ち上っている紅茶を口に運ぶ。
「なあソフィア。そろそろ首を縦に振っちゃくれねぇか?いい加減こっちも飽きてるんだ」
「その割に毎日来るのは、君が飽きる事以上に、私に利用価値があるからだろう?」
「学校の授業みてぇに、一から十まで説明しなくても良いようだな」
 カフェで話すと彼は言ったが、ここはカフェではないだろうな。どちらかと言えば彼等の拠点だ。外面こそ綺麗に取り繕っているが、若干のぎこちなさが見て取れる。まあ、それが良い味を出しているとも取れる訳だが。
 それにしても、酷い色だ。まだモノトーンの方が良いんじゃないだろうか。まあ、そんな物を見ても面白くないから、やはりこのままでも良いだろう。
「私に人殺しの片棒を担げと言うんだろう?」
「片棒じゃ済まねぇだろうよ。毎日絵を見続けたせいで頭鈍ってんじゃねぇか?ソフィア・アンデルセン」
「魔術師を皆、血も涙も無いロクデナシだと思ってるんじゃないかい?それならコミックの読み過ぎだね。やはり君はもう少し、芸術という物に触れるべきだよジョセフ・ラインハルト」
 やはり彼は短気だな。まるで熟れたトマトのような顔色だ。そんなにイライラするのなら、後ろのお兄さん達に丸投げすれば良い物を。
 しかし、彼は短気な代わりにと言うのも変な話だが、そこから気分を持ち直せる手合いの人物でもある。彼は落ち着きながら、にやけた顔で私の方を見る。

「『魔女の絵画』が手に入るとしても、首を縦に振らねぇ気か?」

「……話を聞こう」
 ジョセフ君はにやりと笑いながら、小さな手帳を取り出した。彼はそこに書いてある事を、私に伝える。
「ターゲットはエドウィン・K・ハモンド。以下ハモンド氏と呼ぼう。彼は一時期、美術品……特に絵画にお熱だった時があってな?その時に、例の絵画を見付けちまった。後はもうお察しの通り、命を狙われる毎日だ。今では自慢の別荘に、動かせるだけの魔術師を集めて籠城してる。武力での突破は不可能。回り込もうにも、周りは山と川と滝……文字通りの天然の要塞だ。魔術を使えば感づかれるだろうな」
「今までに散って行った夢見がち共の数は?」
「グループは二十。人数で数えれば四桁は行くかもな」
 天然の要塞の中にそびえる別荘……絵画抜きでも見に行きたい気持ちが掻き立てられるな。きっとさぞ美しい風景なのだろう。だけど、絵画とあれば、のんびり見ている訳にも行かないか。
「私が居れば、どうにかなるとでも思ってるのかい?」
「お前が居てどうにもならない事の方が珍しいだろうよ」
 高く買われた物だ。マフィアに高く買われても嬉しくはないが。魔女の絵画とあらば、黙っている訳には行かない。アレを手に入れたい。是非とも手中に収めたい。
「協力はしない」
「はぁ!?お前どこまで……」
 私は激高する彼を手で制止しながら、ティーカップを置く。財布の中身を確認しながら、私はその言葉の続きを話す。
「だが、私がハモンド氏のコレクションを見に行き、それと同日に警備が混乱し、それと同じタイミングで、マフィアが襲撃し、コレクションが奪われて行ったという事なら、きっとイエス様も、何も言わない筈だよ?」
 その言葉を私が発して、およそ三秒だろうか。彼は漸くその言葉を咀嚼し終えたようで、明るい顔をしながらガッツポーズをした。
「そうと決まりゃぁ、先ずは計画を立てなきゃな!」
「言ったろう?私がハモンドの別荘を訪れた日、偶々警備が手薄になるだけだと」
「は?」
 う~む。こうしていると、彼の事を愛らしい大型犬のようにしか見れなくなるな。懐いた人間相手に、大きく尻尾を振って舌を出している感じの。私は猫派だから然程関係無い訳だが。私は財布から数枚の紙幣を取り出し、テーブルの上に置いた。
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