筋肉修行

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その1

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 腹筋には自信があった。
 この数年、食事に気を使い、肉は鶏肉のささ身、炭水化物は控えめにし、修行僧のようにひたすら筋肉を鍛えた。
 苦行釈迦に分厚い筋肉の鎧を着けた、理想の肉体が完成した。
 だが、これを維持するのも、また、至難の業であり、悟りの境地に至ることは、到底期待できそうになかった。

「鳥軟骨ですか」
 傍若無人の町で、飢餓状態寸前で出会った老師は、かなりの年配ながら、見事な胸筋を惜しげもなく衆人の目に晒し、羨望の目とわずかばかりに称賛の言葉に預かっていた。
「真空乾燥冷凍術をマスターすれば、怖いものなしというもの」
 老師の言葉を信じて、まずは、真空乾燥術に精を出した。三カ月かけてようやく物にすることができた。
 次なる課題は、冷凍術である。
 これには、外界との微調整、交渉がどうしても必要になる。
 精妙なるハーモニーを環境音楽に託して、環境概念そのものを書き換えるのである。
 それにより、初めて、世界は霊妙なるものとなり、その産み出す霊気は冷機の助けを借りて、幾層かの冷気となって地平に励起する。まるで霊亀のぬらっとした生首のように。
 これを三年越しで達成する頃には、均整の取れた世にも稀な筋肉美が現れた。
 唯一の弱点は、踵にあったが、特に気にする程のことでもなかった。

 コンテストは間もなくだ。
 ナンバーワンでなければ、何の意味もない。釈迦の如く、悟りを体感することはできないのだから。
 一番になる、誰よりも筋肉生体において優越することが、証しであり、かつ、赦しである、そう信じるところまで、自分とその人生を囲い込むことができたのだから。
 雄々しくも、一位となった。讃美の声が、ドームに晴れやかに響く。
 美しい多声音楽(ポリフォニー)、胸筋と腹筋、背筋と大腿四頭筋、その絶妙な絡み合いが、壮麗な旋律を打ち震わせる。
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