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『謙遜』<♂♂>

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~木苺の花言葉~



「本当に、お前は凄い奴だよ。」

「そんな事、無いですよ…。」

 どこか呆れた様に呟く青年に、照れた様子で答える少年。


 今しがた、ある事を確認しようと自室にあった花瓶を割った青年の元へ駆け付けたのは、数ヵ月前にこの家の養子になった少年だった。

 心配そうに青年を見つめながら、側で散らばっている花瓶に気付いた少年は、直ぐに怪我の有無を訊ねた。
返答は‘無い’だけだったが、少年はどこかほっとした様に笑みを浮かべ、急いで割れた花瓶の片付けを始める。

「離れてて下さいね。」

「…ああ。」

 少年の言葉に従い、青年は少し離れた所にある椅子に腰掛け、割れた花瓶を片付ける少年を見つめ口を開いた。

「早かったな。」

「当たり前じゃないですか。貴方を手助けするって約束なんですから。」

「ふ~ん。‘約束’ね…。」

「はい!僕が、貴方のお父様とお母様とした約束。」

「父さんと、母さんとの約束か…。」

ふと、少年の言葉の中の人物に目を細めた青年は、近くに置いてある四人で写った家族写真に視線を移す。

「…しかし、良く分かったな花瓶割った事。お前、今までどこに居た?」

「何かが割れる音が聞こえたので。今、お買い物から戻って来る途中でした。」

「家の外か?」

「はい。料理番の方に頼まれまして。」

「そうか…。」

 大きめの破片を片付け終えた少年は、次は小さな破片を片付ける為、クリーナーを取りに部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。
瞬間、振り返った少年は青年にどうしたのかと訊ねる。

「どうかなさいましたか?」

「え…、いや。何でも無い…。」

「?そうですか。」

(やっぱり、聞こえるんだな…。)

心の中で呟いた青年は、両親から届いた手紙に書かれていた、彼に関する内容を思い返した。

 青年の両親が出掛けた先で出会ったこの少年は、とても耳が良く、おまけに足も速い。

 そんな彼に出掛け先で困っていた所を助けられた青年の両親は、少年に親も親戚も無い事を知り、自分達が引き取ると申し出た。
始めは申し出を断った少年だったが、両親から青年の事を聞き、いつも一人で家に居る青年と仲良くしてやって欲しいと言われた。
少し迷いながら‘それでも…’と断り掛けた少年だったが、一緒に居て青年を手助けしてやって欲しいと頼み込まれ、承諾したと言うものだった。

 家に来た当初は手紙の内容に呆れてた事もあり、少年とはなるべく関わらない様にしていた青年だったが、自分がどこに居ても彼は直ぐに見つけ出し、困っていると自分なりのやり方で手助けしようとする少年に、興味を持ち始めたのだ。

(さっきの花瓶割ったのも、わざとだって分かってるな、あいつ…。)

「何か嫌な事でもあったんですか?」

「は?」

「怖い顔をしてるので…。」

 いつの間にか戻って来ていた少年はクリーナーを掛けながら、目を合わせず疑問をぶつけた。
そんな少年の姿に小さく鼻を鳴らした青年は、花瓶を割ったのが自分だと告げる。

「…お前、その花瓶割った奴がこの俺だって知ってるんだろ?」

「知ってますよ。貴方は、自分で割る事を口にしながら花瓶を割ってましたよね。」

「…知ってて、どうして俺に片付けさせない?」

「貴方に怪我をさせたくありませんから。」

「父さんと母さんとの‘約束’だからか…。」

「………それもありますが、僕は貴方が怪我をする所を見たくありません。」

「…どうして?」

「貴方が、僕の名前を呼んだから…。」

「え…。」

「花瓶を割った後、凄く辛そうに…、僕の名前を呼んだから…。」

「!!」

 少年はとても寂しそうに青年を見つめていた。

「何があったのかは知りません。ですが、辛そうな貴方がこれ以上傷付くのは、見たくありません…。」

「………どうして。」

「貴方が、好きだからです。」

「好きって…。」

「貴方は僕の兄であり、お父様やお母様、僕にとっての大切な方なんですから。」

「~っ!…本当、凄いなお前。」

「…僕には、こんな事しか…って。」

“ギュウ”

言いながら、少年の言葉を遮って彼を抱き締めた青年は、嬉しそうに笑いながら涙を流したのだった。



終わり
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