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『知性』<♂♀>
しおりを挟む~胡桃の花言葉~
(この子、どうして…。)
女は、隣で必死に書類を整理している年下の男を見つめ、眉尻を下げた。
その年の新入社員として、男は彼女の働く会社へやって来た。
何人か入った新入社員の中から、彼女が指導役としてあてられたのがその男だった。
顔はそこそこ良く、愛想も良い。
しかし、いつもどこか抜けていて、小さなミスを何度もやらかすのだ。
始めこそ優しくフォローしていた女だったが、一日に何度も何度もやらかされる内に、段々と男への態度が厳しくなっていった。
それでも、常に言い過ぎには気を付けていた女。
口調は厳しいものだったが、そこには相手をとぼす言葉や馬鹿にする言葉は無かった。
だからか、落ち込みながらも男は女を避ける事も、嫌う事も無かった。
けれど、ある日から男は女と少し距離を置く様になったのだ。
突然の事に、始めは気のせいかと思っていた女も、気のせいでは無いと感じる程、男の態度はあからさまになっていった。
避けられる理由を考えた女の頭に浮かんだのは、厳しすぎる普段の自分の対応だった。
女は以前、他の新入社員に男にしてるのと同じ様に注意した事があったのだが、その新入社員は愛想笑いで謝り、表面上はきちんとしている風だった。
しかしその後、その新入社員は女が厳しすぎると仲間内に愚痴っていた事が女の耳に入り、女はしばらく落ち込んだ事を思い返した。
そんな事があってから、何気に女は厳しくしても文句一つ言わず、注意すればきちんと直す男を認めつつあったし、好意を抱きつつもあったのだ。
(あたし、怒り過ぎたかしら…。)
「先輩、この書類ってこれで良いですか?」
「ええ。ちゃんと順番揃って…。」
「あ、元々確認済みですよ。」
「そ、そう。」
「それじゃ僕、この書類配ってきますね。」
「あたしも…。」
「大丈夫ですよ。」
「………。」
しっかりしたならそれに越した事は無いと思いつつ、急な事だったので、女は少し落ち込んでいた。
その日も何事も無く仕事は終わり、女は肩を落として家路につく。
最近は、以前ほど帰る時間が早くなっている事にも女は気付いていた。
「もっと喜びなさいよ、あたし…。」
「先輩、大丈夫ですか?」
「え…、あなた!」
「元気ありませんね…。」
不意に女に声を掛けて来た人物は、指導している男だった。
どこか心配そうに近寄って来た男は女の様子を伺い、どうしたのかと訊ねた。
「何かありましたか?」
「別に、何も無いわよ。あなたは、どうしてここに?」
「あ、先輩が心配で…。」
「あたしが、…心配?」
「はい。最近会社でも元気が無かったので…。」
「………おかしな人ね。ずっと避けてたかと思えば、今度は心配?」
「避けてたって…、ああ!でも、そうしないと先輩を代えるって言われたので…。」
「…はあ?」
男の言葉と行動に全く頭が付いていかず、女は眉を寄せた。
そんな女の態度に困った様に微笑んだ男は、事情を話し始めた。
前に女が注意した新入社員の男が、文句を言いながらも、女の事を目で追い掛け始めていた事。
その内、女が指導している男が羨ましくなり、何度も嫌みを言われていた事。
しまいには、女と少しでも長く話していたら、自分の指導役と交換してもらうと言い出した事など。
全く知らなかった事実に、女は困惑した。
「え、え、指導役を交代出来る訳無いじゃない。」
「やっぱり、そうですよね。」
「まぁ、よっぽど仕事に支障が出る様なら分からないけど…。」
「良かった…。何と無く、そんな簡単に交代出来る訳無いとは思ってたんですけど…、もしそうだったら嫌だなって思って…。」
「そう…。」
ほっとして微笑む男に鼓動が高鳴った女は、それでも冷静さを保っていた。
しかし、その冷静さも次に放たれた男の言葉に、簡単に崩されるのだった。
「僕、先輩が好きですから。」
「!!な、何、言って…。」
(あら?あたし、何でこんなに嬉しいなんて…。そっか、あたしもこの子の事…好きなんだ。)
終わり
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