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『蜘蛛と生娘』

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 早朝、娘が目を覚ますと、隣には一匹の大きめの蜘蛛がいた。

 始めこそ状況が呑み込めず何度か瞬きを繰り返した娘だったが、蜘蛛が自分の横で、しかも、枕の上にいることにショックを受けて意識を失った。



「おい、朱姫[あき]起きろ!」

「………え…、私…」

「遅刻じゃねえのか?」

「遅刻…あっ!今、何時ですか!?」

「もうすぐ8時になるぞ」

「きゃああああ!!遅刻だわ!?」

 意識を失っていた娘・朱姫[あき]は名前を呼ばれて目を覚まし、自分の状況を確かめた。

 名前を呼んだのは同居している叔父の知生[ともき]で、彼女が目を覚ましたことを確認した知生は朱姫の部屋をあとにし、台所から持ってきた朝食をテーブルに並べていった。

 着替えを終えて洗面所へと駆け込んだ朱姫は、長い髪を整え、歯を磨いていた。
そんな朱姫へ朝食はきちんと食べてくようにと告げながら、知生は朱姫の弁当を包み、鞄へと押し込んだ。

 歯みがきを終え、時間を気にしながらも、言われた通りに朱姫は知生の用意したトーストとサラダを食べていた。

 バタバタと落ち着かない朱姫にスープを差し出し、自分はコーヒーを飲みながら、知生は珍しげな表情を浮かべて寝坊した理由を訊ねた。

「珍しいな。朱姫が寝坊するなんて」

「朝早くに目を覚ましたんです…。けれど…」

「?」

「クモが…」

「クモ?」

「はい…。大きなクモが目の前にいて、驚いてしまって…」

「そりゃ、災難だったな」

ポン

「…はい…」

「お、もう行かねえとな!」

「そうでした!!」

 知生に頭を撫でられ、照れた表情を浮かべていた朱姫は、時間を確認した知生の一言に思い出したように鞄を手にし、急いで玄関へ向かうと靴を履いた。
同時に、頭に何かを乗せられてふと上を見た朱姫の目に飛び込んできたのは、ヘルメットを被った知生の姿だった。

 そして、頭に乗せられていたのもヘルメットで、朱姫はそれを受け取ると嬉しそうに被った。


ブロロロロロ

「今日も頑張れよ!」

「はい!!」

「じゃあな」

 朱姫を学校の前に下ろすと、知生は手を振りながらその場を走り去った。

 頬を染めながらそんな知生の後ろ姿を見送っていた朱姫だったが、すぐに背後から掛けられた声に振り返り言葉を返した。

「バイクで送って貰えて、羨まし~いな~」

「!おはよう、未咲[みさ]」

「おはよう、朱姫。叔父さん、相変わらず格好いいね!!」

「うん…」

「親が海外に仕事でいってる間、あんな格好いい叔父さんと一つ屋根の下か~」

「え!………もう、未咲ったら…」

「ふふふ」

「早く教室行かなくちゃ」

 ‘一つ屋根の下’という言葉にドキリとした朱姫だったが、どこか悪戯っぽい表情を浮かべている未咲に気づくと苦笑して、一緒に教室へ行こうと促したのだった。

 いつも通りの授業を受け、いつも通りの変わらない生活を送っているうちに、朱姫は今朝方あったことを忘れていった。

「あ~、疲れた…」

「ふふ、お疲れさま。と言っても、授業受けてただけだけどね…」

「それでも疲れるの!!体動かすのは好きだけど、頭を働かせるのは好きじゃないのよ…」

「そうだったね…」

「さ、授業も終わったし、帰ろっか!!」

「うん、そうだね」

「あ、でもちょっと待ってて!先生に渡すものあったんだ」

「分かった。下駄箱で待ってるね」

「すぐ行くから~」

そう言って、未咲と別れた朱姫は職員室へと急いだ。

 朱姫が教室を出て階段へ差し掛かったその時、手を伸ばした先の手摺に一匹の蜘蛛がいるのが目に入った。

「きゃっ!」

ガクッ

「あ…」

 蜘蛛の存在に思わず後退り、その拍子に朱姫は階段から足を踏み外した。
身体がゆっくりと傾いていくのを感じながら、(落ちる…)と分かっていても朱姫は微動だに出来ず、そのまま目を瞑った。

 瞬間、朱姫の身体を何かが支え、階段から落ちるのを防いだ。

「え…?」

 突然の違和感にゆっくりと目を開けた朱姫は目の前の巨大な物体に一瞬呆けたが、すぐにそれが何か分かると目を見開き顔を青くして腰を抜かした。

 朱姫の見たもの。

 それは、焦げ茶色の毛を生やし八つの黒い石を埋め込んだ様相の蜘蛛だった。

 早朝に、そして今しがた朱姫が見た蜘蛛と同じ蜘蛛ではあったが、大きさが朱姫と同じくらいになっていたのだ。

「い…、や…」

「………大丈夫か?」

「…え?」

「…気を付けろ」

 怯える朱姫に小さな声で告げた蜘蛛は、見る間に小さな蜘蛛に戻り、朱姫から離れると壁を這い姿を消した。

 残された朱姫はその後も茫然としており、遅いことを心配して様子を見に来た未咲に声を掛けられるまでその場を動けずにいたのだった。



「も~、ビックリしたよ?あんな所に座り込んでるんだもん…」

「ありがとう、未咲…」

「何であんな所に座ってたの?」

「落ちかけて…」

「ええ!?ちょっ、怪我は?」

「大丈夫…」

「なら良いけど…」

 帰路につき、未咲からの質問に答えながらも朱姫は先程見た巨大な蜘蛛の事を思い出していた。

 虫全般が苦手で、中でも何故か蜘蛛が特に苦手な朱姫。

 苦手になった理由は分からないものの、物心ついた時には既に姿を見る度に泣き出すほどだったのだ。

「何で階段から落ち掛けたの?」

「手摺に…、蜘蛛が…」

「あ~…、蜘蛛駄目だもんね朱姫」

「………」

「まあ、分からなくはないよ?あたしは蜘蛛平気だけど、苦手なものは見る度に避けちゃうし…」

「未咲が苦手なものって?」

「え~?そうね~、騒がしい人とかかな」

「騒がしい人?」

「うん。ほら、うちの組の五木ヨウ[いつきよう]とか?」

「五木君…?」

「そう!あいつ、休み時間になると何故か1回はあたしにぶつかってくるのよ!?しかも、「ごめんごめん」って謝ってるのにへらへらしててさ…」

「そうなんだ…」

「だから、こっちがぶつかられないように気を付けてるのに、それでもぶつかってくるのよ?」

 未咲の口ぶりに、朱姫は少し驚きながらも「それは困るね…」と返した。

 話している内に朱姫の家の前まで来ていたが、未咲は気付かず今だ怒り続けていた。
その流れで、朱姫に抱き着き「だからあたしは朱姫みたいに大人しい人のが良いの」と告げた。

 急な未咲の行動に少し戸惑った朱姫だったが、嫌な気はしなかった為、「そう…」と答えるだけだった。

「…何してんだ、お前達?」

「え?あ、ただいま、知生さん…」

「あ、こんにちは~」

 不意に声を掛けられ、声のした方を見た朱姫の目に、どこか呆れた様子の知生の姿が映った。

 特に自分の疑問に返すことは無く、「ただいま」と告げた朱姫と笑顔で「こんにちは」と挨拶する未咲に知生は、小さく息を吐きながら「お帰り。こんにちは」と返した。

 その後、未咲はニヤニヤしながら「また明日ね、朱姫」と言って帰り、顔を真っ赤にした朱姫も「またね」と言って見送った。



「元気な子だな。あの子」

「未咲って言うんです…」

「ああ、あの子が…」

 二人は夕食を作りながらその日あった事を話すのが日課で、この日もいつもの様に話していた。

 話していく内に朱姫が帰宅した時の話になり、未咲の名前が上がった。

 未咲の存在はいつも朱姫から聞いていた為、玄関先での光景にも少し納得した知生。

 朱姫自身も未咲の話になるとどこか楽しそうで、知生は「いい友達だな」と返した。

「さ、出来たな。食べるか」

「はい」

「「頂きます」」

 食事をしながらも話は続き、話の流れで朱姫は例の蜘蛛の事を話した。
巨大になった事は伏せつつ。

「今日は本当に蜘蛛に驚かされてばかりでした…」

「分からなくもないが、本当に気を付けろよ?しかし、学校にも同じ蜘蛛がな~…」

「あ、同じかどうかは分かりません…。だけど、本当に吃驚するので急に現れるのは…」

「ふっ、蜘蛛に言っても仕方無いだろうけどな」

「はい…」

「そういや、朱姫が蜘蛛苦手になった理由って確か…」

「知ってるんですか?」

「前に兄さんから聞いたんだよな…。何だっけ、え~っと…、ああ!そうだそうだ、朱姫がようやく歩けるようになった頃、庭を散歩してたら大きな蜘蛛の巣があってそれに引っ掛かったとかなんとか」

「蜘蛛の巣に、引っ掛かった…?」

「ああ。それだけなら良かったんだが、驚いて暴れた時に巣の主が服の中に入り込んでて、着替えた時にポロッと出てきたんだと」

「服の中に…、蜘蛛…」

「それを見て大泣きしたらしいから、それからなんじゃないか?」

「………」

 全く記憶には無かった朱姫だったが、小さい頃とはいえ、服の中に蜘蛛が入り込んだ事があると知りショックを受けていた。

 朱姫が箸を止めた事に気付いた知生は、「悪い悪い」と言って手を伸ばしそっと頭を撫でた。

 知生に頭を撫でられ、顔を真っ赤にした朱姫は俯き、「大丈夫です…」と返した。

 そうしている内に夕食を終え、後片付けをした後、知生に促され朱姫はお風呂に入ることに。

 一人湯船に浸かりながら、先程、知生に頭を撫でられた事を思い出して朱姫は再び顔を真っ赤にした。
そして、触れられた部分へそっと手を伸ばし、知生の手の感触を思い出そうと目を瞑った。

 瞬間、手に何かが付いた気がして目を開き、そっと手を目の前へと移動させた。

 朱姫の目に映ったもの。

 それは、朝枕の上に、そして学校の手摺にいたのと同じ大きさと色の蜘蛛だった。

「………………え?イヤッ!!」

 蜘蛛が自らの手に乗っていることを理解するのに少し時間が掛かったが、理解すると同時に勢い良くそれを振り払った。

 一度床に落ちた蜘蛛は引っくり返っていたが、直ぐに体勢を整えると朱姫の方へ頭を向けた。

 すると、どこからともなく学校の階段で聞いた時と同じ声が聞こえて来て、朱姫は身体をビクつかせて辺りを見回した。

「…すまんな、驚かせて…」

「え?誰…」

「お前の目の前にいる」

「…え…、う、そ…」

「嘘じゃない」

「………」

「お前が「予告もなく現れるな」、と言っただろ?今晩、お前の部屋を訪ねる。それじゃあな…」

 言うなり向きを変えた蜘蛛は、壁をつたい姿を眩ました。

 茫然と見ていた朱姫は、蜘蛛が姿を消すと顔を真っ青にし、慌ててバスタオル一枚で浴室を出て知生の元へ走った。

「っ…、知生、さん…」

トンッ

「ん?おっ、どうした朱姫そんな格好で…。また、蜘蛛でも出たか?」

「はい…」

「よし。今、退治してやるから待ってろよ」

 朱姫の格好に少し驚きながらも、理由を聞き、安心させる為に風呂場へ向かおうとした知生。

 しかし朱姫は、知生の腕を掴み首を横に振った。

 あまりにも怯えている朱姫の様子に、知生も違和感を覚えながらも「取り敢えず、パジャマ着てこい」と促した。

 小さく頷いた朱姫だったが、風呂場の方へ視線を移すと戸惑ったように目を逸らし、なかなか足を踏み出せずにいた。

「ふぅ…。ほら、一緒に付いてってやる」

「すみません…」

 知生に伴われ、朱姫は脱衣所まで行くと「ありがとうございます」と言って戸を閉めると急いで着替えた。


「大丈夫か?」

「はい…。少し落ち着きました…」

「しっかし、そんなに怖かったのか?」

「………はい…」

「まあ、同じ蜘蛛が三回も目の前に現れりゃ、流石に恐ろしいか…」

「…えっと…」

「ん?」

「…それだけじゃ、なくて…」

「他にも何かあったのか?」

「今夜、部屋に来るって言われて…」

「………誰に?」

「…蜘蛛に…」

 信じて貰える筈は無いと分かりつつ、それでも朱姫は蜘蛛が話した事や巨大化した事、部屋へ来ると言われた事を知生に話していった。

 話を聞きながら、知生は朱姫が嘘を吐いてる訳では無いと感じていた。

 しかし、内容が信じられず「気のせいだったんじゃないか」や「夢だったんじゃないか」と返していた知生ではあったが、あまりにも怯えている朱姫の様子に「マジか…」と呟いて口を閉じたのだ。

 しばらく黙り込んだ二人だったが、知生は膝を叩くと「今夜は一緒に居てやる」と言って立ち上がり、朱姫の部屋へと自分の布団を持ち込んだ。

「よし!これなら、何かあっても直ぐに駆け付けてやれるだろ?」

「すみません…」

「気にすんな」

「ありがとうございます…」

「泣くなって…」

 知生の思い付きにホッとした朱姫は、礼を言いながら両目からポロポロと涙を零した。

 そんな朱姫を知生は宥めながら抱き締め、背中をさすった。


「しかしその蜘蛛、朱姫に何の用なんだろうな?」

「分かりません…」

「恩返しとかかもな」

「私、蜘蛛を助けたことなんて…」

 二人は寝る準備をし、床に就いてからは蜘蛛について話していた。

 蜘蛛は何が目的なのか、何故朱姫に会いに来るのか、そんな事を話している内に時間は深夜になったが蜘蛛は一向に姿を現さなかった。

 その内に朱姫から寝息が聞こえ始め、知生は小さく微笑むと布団から抜け出し、眠る朱姫に近付くとそっと額にキスをした。

「おやすみ、朱姫」

「…気安く触れるな。その娘は、ワタシのモノだ…」

「っ…誰だ!?」

 突然、どこからか聞こえてきた声に知生は上体を起こすと朱姫を守るように構え、目を凝らしながら辺りを見回す。

 目が暗闇に慣れ始めると、目の前には巨大な何かの影があり、少し怯みながらも知生はその影へ疑問をぶつけた。

「お前は一体何者だ?」

「威勢が良いな。ワタシは蜘蛛だ」

「その蜘蛛が、朱姫に何の用だ?」

「言っただろう。その娘はワタシのモノだと」

「はっ、いつから朱姫はお前のモノになったんだよ…」

「その娘が、ワタシの巣に掛かったあの日からだ」

「巣に掛かった…?お前は!」

「ああ。お前が聞いた話の蜘蛛さ」

「何でそいつが…」

「あの巣はワタシが雌を呼び寄せる為のものだったのだ。娘はそれに掛かった。即ち、娘はワタシの子を成さなければならない。その為、触肢も埋め込ませて貰った」

 蜘蛛の話に、知生は表情を強ばらせ更に身構えた。

「埋め込んだ、だと?」

「ああ。長く生きてるワタシはそこらの蜘蛛とは生態が異なってな…。生殖器である触肢を埋め込めば種族は違えど子は成せる」

「なっ!?」

「そう言うことだ」

 蜘蛛の言葉に知生は目を見開き固まったが、直ぐに眠る朱姫の側へ行き、これ以上蜘蛛が近付かない様に立ち塞がった。

「そんな事…、させるか!!」

「ほう?邪魔立てするか」

「当たり前だ!!」

「フッ、人間がワタシに敵うはずあるまい」

 言うなり、巨大な蜘蛛は知生に向けて透明な糸を飛ばしたが、それはあっさりとかわされた。

 糸をかわした知生はどうするか考えていたが、視線を泳がせた先で朱姫が使っている机が目に留まった。
それに口角を上げると、勢い良く駆け出して椅子を持ち上げ、蜘蛛に向かって投げつけた。

ガンッ

「これでどうだ!」

「…甘いわ」

「なっ…うわっ!?」

 椅子が当たり、怯んだかに見えた蜘蛛に知生は勝ち誇った。

 しかし次の瞬間、蜘蛛は知生の足元に糸を飛ばして巻き付け、勢い良く引いた。

 そのまま知生は床に倒されてしまい、のし掛かってきた蜘蛛によって身体に糸を巻き付けられ、全身を拘束されてしまった。

「くそっ…、取れねえ…」

「お前はそこで、黙って見ているがいい」

 藻掻く知生に言い残すと蜘蛛は壁をのぼり始め、天井から床へ隅から隅へ移動しながら巣を作り始めた。

 部屋の中央に大きな巣を作り上げると蜘蛛は眠る朱姫に近付き、朱姫を自らの身体に乗せて巣の中心部で知生の視線の先へと運んだ。

 ゆっくりと背中から朱姫を下ろすと、張り付ける形で腕を糸で巣に固定させる。

 そんな蜘蛛の行動を見つめていた知生は、藻掻きながらも朱姫を起こそうと叫び続けた。

「準備は整った」

「止めろっ!!朱姫、起きろっ!!」

「起きたところで無駄だ。この巣からは逃れられん」

 知生の叫びを無視した蜘蛛は、朱姫の身体へ両前脚を伸ばすとパジャマに脚を掛け、力強く引き裂いた。

 目の前の光景に知生は更に暴れ、声も一段と大きくなった。

 その声に目を覚ました朱姫はしばらくはぼんやりとしていたが、目の前の巨大な蜘蛛の存在に気付くと青ざめた。

「朱姫っ!!」

「ん…、知生さ………え?」

「目を覚ましたか」

「………い…や…」

「逃げろ、朱姫!!」

「いやっ…、え?う、動けない…それに私…」

「お前は逃げられん」

「やっ、…いやぁぁぁぁっ!!」

 知生の声に従い蜘蛛から逃れようと藻掻いていた朱姫は、不意に自らが裸である事に気付き、恥ずかしさと恐怖から動きを止めた。

 しかし次の瞬間、蜘蛛が伸ばしてきた脚が朱姫の胸に直に触れ、嫌悪感から朱姫は涙を流した。

 泣き叫び、懸命に藻掻く朱姫だったが、蜘蛛は気に止める事もなく、ゆっくりと自らの口を朱姫の首筋へと近付けていく。

「止め、て…。何、で…こんな…」

「ワタシの子をなして貰う為だ」

「子を…なす…?」

「お前はワタシの巣に掛かった。それ即ち、ワタシのモノと言うことだ」

「逃げろ、朱姫!!」

「い…、や…、子供、なんて…」

「フッ、恐れなくてもよい。じき、快楽が訪れる」

 言いながら朱姫の首筋に噛み付いた蜘蛛は、そこから相手の動きを封じる液体を流し込んだ。

 しばらくすると、それまで抵抗していた朱姫の身体から力が抜け始め、同時に口数も減っていった。

「…や…、め…」

「朱姫?おい、朱姫!!」

「効いてきたな」

「お前、朱姫に一体…」

「痛みを緩和させる為だ。耐えられなくても困るのでな」

「なっ!?」

「さあ、宿して貰うぞ」

 上手く言葉も発せず、逃げることも出来なくなった朱姫を見つめた蜘蛛は、ゆっくりと朱姫の下半身へと移動した。

「まずは、アレを抜かなくてはな」

 言うなり蜘蛛の身体は小さくなり、朱姫の足をつたい内腿の更に奥へと入り込んだ。

 一瞬ピクリと反応した朱姫だったが、嫌がる素振りも声も無く、ただ虚ろな目で天井を見つめていた。

 下から朱姫の姿を見つめながらも知生は、何とか身体に巻き付いた糸を外そうと藻掻いたり、辺りを見回して外せそうな物を探した。

 その内に、蜘蛛は朱姫の下半身の間から再び姿を現して、巨大化すると、今度は口の辺りから粘液のようなものを糸の上に吐き出し、残った触肢でそれを吸い取っていった。
その様子を知生は不思議そうに見つめていたが、不意に目の端に鋏が映り、這いずりながらも急いでそれを取りに向かった。

 あと少しで鋏に足が届きそうだという時に、朱姫に名前を呼ばれた気がして振り返った知生。
目に飛び込んできたのは、蜘蛛が再び朱姫に近付き、先程まで液体を吸い込んでいた触肢を朱姫の下半身へと近付けている姿だった。

「朱姫!!」

「これで娘は、ワタシの子を宿す」

「っ、この野郎、止めやがれっ!!」

シュッ

ガスッ

 足の指に鋏の持ち手を引っ掛け、蜘蛛に向かって投げ付けた。

 鋏は蜘蛛の腹部に当たり、動きを止めた蜘蛛は知生の方へと向きを変え、疑問をぶつけた。

「貴様…、その姿でも邪魔立てするか。何故だ?」

「ふっ、俺は朱姫の保護者なんでな…。子作りしたいなら、俺に許可取れ!絶対、許可はおろさねえけどな」

「ほう…。なら、許可を取らずともよくすれば良いのだな」

 知生の返答に小さく頷いて呟くと、蜘蛛は巣を伝い、知生へと近付いて行く。

 蜘蛛の接近に嫌な予感がした知生は、何とか身動いで身体に巻き付いている糸を解こうとしたが、やはり糸はビクともしなかった。
諦めて睨み付けるだけになった知生と向かい合う形を取った蜘蛛は、その体勢のまま知生にのし掛かり、ゆっくりと顔を近付けた。

「このままお前を喰ってしまえば、許可は要らぬな」

「くっ…」

「では、頂こう…」

「っ、させるかよ!!」

ガスッ

「くそっ…」

「…それが最期の抵抗か…。やはり、喰うしかないな」

 蜘蛛の下で何とか転がり、体勢を替えて足をぶつけた知生だったが、それ以外は特に蜘蛛への攻撃にはならなかった。

 それを悟った知生は、突然ふっと身体から力を抜くと、大人しく目を瞑り覚悟を決めた。

「諦めたか…」

「ああ…。このまま生きて、朱姫がお前にヤられて身籠るのを見るくらいならな…」

「…そうか」

 知生の言葉に呟くなり、蜘蛛は知生から離れて行った。

 蜘蛛に食べられる事を覚悟していた知生だったが、蜘蛛が離れていく姿に疑問を感じ、声を掛ける。

「おい…」

「ふっ。元々は貴様を食う気など無かったからな」

「え…」

「貴様が諦めたと言うことは、娘との子作りを邪魔せんと言うことだろう?」

「な!?」

「ならば、このまま行為を行うだけ…」

「待ちやがれ!!」

シュッ

「…煩い」

「むぐぅ!!?」

 再び騒ぎ出した知生の口を糸で塞ぎ、蜘蛛は朱姫の元へと向かった。
見る間に朱姫の側へと近付くと、まじまじとその姿を見つめる蜘蛛。

 そんな蜘蛛に虚ろながらも顔を向けた朱姫は、一筋の涙を流した。

「恐れんでもよい。そこらの蜘蛛とは違い、ワタシには心がある。ワタシはお前を愛している。だから、ワタシの子をなしてくれ…」

 言いながら朱姫の下半身へと頭を近付け、触肢をゆっくりとその真ん中の窪みへと押し付けた。

 下半身への感覚に朱姫はピクリと反応し、視線を蜘蛛へと向ける。

 その視線に気付いた蜘蛛は、触肢に更に力を込めると、少しずつ朱姫のナカへと押し込み始めた。
ナカを押し広げられるという初めての感覚に朱姫は目を見開き、小さく呻きながら悶えていた。

ツプッ

クチュ

ズヌヌヌヌ

「あっ…ぁ、ん…」

「むううっ!!」

「痛みは少ないだろうが、苦しいのだろう。かなり狭いからな…」

「ん゛ーっ!!」

 身動きも取れず下から朱姫と蜘蛛の行為を見せられていた知生は、朱姫の呻き声に暴れ始めた。

 しかし、蜘蛛の糸は全く緩む様子も千切れることも無く、知生は体力を消耗する以外、行動は無駄に終わった。

 そうしている間にも、蜘蛛の触肢は朱姫のナカの奥深くまで入り込み、それ以上入れないことを知ると触肢の先端をぴったりと押し付け、先程吸い取った粘液を流し込んでいく。

 ナカに蜘蛛の子種を注ぎ込まれると、朱姫の目からは多くの涙が溢れ始めた。

 一方の知生は、蜘蛛を止められなかったことと朱姫を救えなかったことに苛立ちと無力感を覚え、口を塞いでいる蜘蛛の糸を噛み締めていた。

ズチュ

(朱姫…、すまねえ…)

「ふっ…ぅ…、もう、嫌ぁ…」

「もうじき終わる。ワタシの子さえ成して貰えれば、もうお前の前には現れん」

「うぅ…、あっ…」

「他の蜘蛛もお前に近付かなくなる。礼に、生まれ来る我が子達にお前を守り続けさせる」

「はぁ…ぁ…」

ヌルッ

「さあ、これで終わりだ。もうしばらくすれば、子供達が出て来るからな。それまでは少し休め」

 朱姫のナカから触肢を抜いた蜘蛛は、くったりと横たわる朱姫を見つめながら、足を朱姫の腹に当てた。

 その内に、ゆっくりとではあったが朱姫の腹が膨らみ始め、自らの身体の異変に気付いた朱姫が目だけを動かし腹部を見ると、まるで妊婦かと見間違うほどになっていた。

 頭が働かないながらも、状況から事を察し、涙を零した朱姫。

 間も無く、膨らんだ腹部が蠢き始め、蜘蛛の言葉通り一匹、また一匹と開いたままの朱姫の股の間から子蜘蛛が姿を見せ始めた。

グチュグチュ

「出て来たな」

「ふっ、う…、あ…、ああ…いやぁ…」

「良い子達だ。さあ、こちらへ来なさい」

 朱姫が蜘蛛によって好きにされている様子を見てられず、目を背けていた知生だったが、異様な物音に何事かと視線を向けた。
そこでは、声を掛けた蜘蛛が、出て来たばかりの子蜘蛛達に駆け寄られ、少しずつ喰われ始めていたのだ。

 あまりに異様な光景に、知生は目を見開き固まったが、このままでは朱姫が危ないのではないかと思い、またも暴れ始めた。

 その姿が視界の端に映り、蜘蛛は身体を喰われながらも口を開いた。

「…大丈夫だ…」

「!?」

「この子達は娘は喰わん、母親だからな。それに、ワタシの想いもこの子達に宿る。安心しろ」

「………」

「…そして、お前の中にもな…」

「むぅ…?」

 蜘蛛の言葉に知生が眉をひそめると、一匹の子蜘蛛が知生の身体の上に降りて来て、口元の糸を外し始めた。

 更にもう一匹が降りてくると、その一匹は知生の口内へと入り込み、喉の奥に何か液状のものを流し込んだのだ。

 吐き出そうと暴れる知生だったが、液体は喉を流れて行ってしまい、役目を終えた子蜘蛛はすぐさま口内を飛び出した。

「げほっ、げほっ…てめぇ、何を…」

「ふっ…、娘を守る為だ。お前の中にも、ワタシを宿す」

「俺の中に‘も’って、何でそんなことされなきゃならねえんだ!!」

「この身体では、不便でな…」

 話している間にも、蜘蛛の身体はみるみる喰われていき、最期の言葉を発すると同時に蜘蛛の姿は無くなっていた。

 蜘蛛の身体が無くなると、子蜘蛛達は四方へ散らばり、姿を消してしまった。

 そんな中、一匹だけ残った子蜘蛛が朱姫へと近付き、糸を外し始めた。

 朱姫の糸を外し終え、部屋全体に張っていた巣も全て畳んだ子蜘蛛は、一部始終を見ていた知生の元へと駆け寄り、糸を解くと他の子蜘蛛のように何処かへと消えていった。

「何だったんだ、一体…」

「ん…」

「朱姫!!」

「スー…、スー…」

「寝てる…」

 身体を起こし呆然としていた知生は、小さく呻く声に朱姫の存在を思い出し、床に下ろされ横たわる朱姫へと近付いた。

 朱姫は疲れからか眠りに就いており、その事にどこかほっとしながらも知生はこのままでは色々と不味いと感じ、取り敢えずと着替えさせた。

 眠る朱姫をベッドへと横にし、散らかった物を元に戻す知生だったが、先程までの出来事が未だに信じられずにいた。

(何だってんだよ、たくっ…)

「スー…、と、もき…さん…、んん、スー…」

「朱姫…」

(目を覚ましたら、朱姫は今夜のことを覚えてるんだろうか…?もし、覚えてたら…)

 名前を呼ばれ、ふと朱姫を見つめた知生は、朱姫が蜘蛛とのことを覚えていた時のことを考え眉を寄せた。

 ただでさえ、男との経験が無いであろう娘が、苦手な蜘蛛に襲われ、ましてや子を身籠り産んだなどと分かれば、精神に異常をきたしかねない。

 覚えていないことを願いながら、朱姫へと近付いた知生は手を伸ばし頭を撫でた。
それからそっと、額に口付けし、部屋を後にした。


 翌朝、朝食を作りながら知生は朱姫が起きて来るのを待っていた。

(もし、昨夜のことを覚えていたら俺は…)

カチャ

「…おはようございます、知生さん…」

「…おはよう」

「あの…、昨夜の、事なんですけど…」

「…ん?」

「私…、あの蜘蛛に噛まれてからのことをあんまり覚えてなくて…」

「そうか…」

「知生さん、私、一体なにが…」

「ん~…、まあ、もうあの蜘蛛は出ねえ事は確かだな」

「え…?」

「あいつ、あの後どっかに行っちまったよ」

 昨夜のことを朱姫が覚えていないことにほっとして、知生は淡々と蜘蛛が消えたことを告げた。

 始めは不思議そうに話を聞いていた朱姫だったが、知生が自分を怖がらせないようにしていることに気付き、その姿に優しさを感じ笑顔で「そうですか…」と返した。

 朱姫の笑顔に知生は胸を撫で下ろし、作っていた食事を皿に乗せ、食卓に出したのだった。

「まあ、また出たら今度はちゃんと守ってやる。…必ずな」

「っ、…はい!!」

「ほら、早く飯食って、学校行って来い」

「はい。頂きます」

(…もう二度と、朱姫をあんな目には遭わせねえよ…)





終わり
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