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第一章
4.朝食にて
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朝。ブランシュが目を覚ますと、すでにヴィルフリートの姿はなかった。
「おはようございます、妃殿下」
「さあ、湯浴みのお時間にございます」
ブランシュが起きるのを待ち構えていたかのように、侍女たちが一気にそばに寄ってきた。そのままあっという間にベッドから引き離されて湯殿へと連れて行かれる。寝間着をひん剥かれ、全身をくまなく洗われて――完全にされるがままだった。
「こ、これくらい一人でやるから……」
「なりませぬ。妃殿下はこれからこの国の跡継ぎをお産みになる大事な御身。何かあっては一大事にございます」
何とか絞り出した訴えは一蹴され、ブランシュはまるで人形のように侍女たちのされるがままにされて朝の支度を整えた。
「さあ、広間へ参りましょう。陛下と王妃様、王女様がお待ちです」
侍女にそう促され、ブランシュは広間へ向かう。広間といっても王族が食事を摂るための部屋で、そこまでの広さがあるわけではない。
広間に入ると、そこには既に国王夫妻とヴィルフリート、そしてブリュンヒルデ王女が揃っていた。
「おはよう、ブランシュ。昨夜はよく眠れたかしら?」
そう言って嫋やかに微笑む王妃ヘンリエッタ。ブランシュは深く頭を下げる。
「はい。……参上が遅くなり申し訳ございません」
「気にしないでちょうだい。昨夜は大変だったでしょうから」
どこか意味深な調子で言い、ヘンリエッタは息子であるヴィルフリートを一瞥する。母の視線を受けてもヴィルフリートは表情一つ変えなかった。そんな息子の様子に呆れたようなため息をこぼし、ヘンリエッタはさらに言う。
「ブランシュには一刻も早く跡継ぎを産んでもらわねばならないからね。きちんとするのよ、ヴィル」
「心得ております、母上」
「ならばきちんとなさい。昨夜は一度しか営みが行われなかったと報告を受けているわ」
何気なく放たれた言葉にブランシュはぎょっとする。確かに昨夜は一度身体を重ねただけで、初めてのことに疲れ切り朦朧としているブランシュを残してヴィルフリートはさっさと出て行ってしまっている。だが、なぜそんな夫婦の営み事情をヘンリエッタが知っているのだろうか。
「母上、ブランシュが困惑しておりますが」
「あら……ドロテアから聞いていなかったのかしら?」
ヘンリエッタは部屋の端に控える女官長ドロテアをちらりと見る。ドロテアは相変わらず淡々とした声で「申し訳ございません、王妃様」と詫び、そのままブランシュのほうに身体を向けて説明を始めた。
「王族の性交渉は細かく記録をとらせていただいております。身ごもったのが誠に王族の御子であるかの確証を得るためです。産み月から遡り、確実にここで授かった御子だと確認せねばなりませんから」
「な……!ブランシュ様――いえ、妃殿下が王太子殿下以外の方と密通をするとでもお思いなのですか!?」
思わず抗議の声をあげたのはリリアーナだ。ドロテアは「エーデンベルクの侍女風情が口を慎みなさい」と冷たい声音で言い放った。明らかにエーデンベルクを見下したその発言に、さすがのブランシュもムッとする。
「ドロテア、そなたこそ口を慎め。リリアーナの不満は当然だ」
国王ダミアンが低い声で言う。ドロテアはやや不満そうな表情を浮かべながらも「失礼いたしました」と詫びた。ダミアンはドロテアに冷たい目を向けたあと、表情を和らげてブランシュとリリアーナを順に見る。
「確かにエーデンベルクの者からすれば至極理解できぬ話だろう。しかし、この国では王妃や王太子妃が不義の子を授かったということが歴史上何度も起こっている。王家の血を繋いでいくためにも、真に王家の子であるという証明が必要なのだ。分かってくれるか?」
そう言われては、やや羞恥心はあるものの納得せざるを得ない。
「……はい。失礼いたしました」
「リリアーナのご無礼をお許しください、陛下」
侍女の不始末の責任は主君にある。リリアーナに次いで詫びたブランシュに、ヘンリエッタが「あなたたちが謝ることではないのよ」と優しく言った。
「でもね、ブランシュ。王家の後継ぎ問題は急務なの。あなたの役目は一刻も早く子を産む事よ。できるだけ早く、ヴィルフリートの子を産んで頂戴ね」
「……はい」
これは朝からするような話なのだろうか。よく分からないまま、ブランシュは義母の言葉に頷くことしかできない。
「せっかくの朝食が冷めてしまう。全員揃ったことだし、始めるとしようか」
ダミアンがそう言うと、広間に控えていた侍女侍従たちが一斉に動き出した。てきぱきと、表情一つ変えずに配膳を始める彼らに、ブランシュはどこか不気味さを感じていた。どこまでも彼らの動作は事務的で、王家の人間である自分たちと一線を引いている。それが寂しくもあり、不気味だったのだ。
「おはようございます、妃殿下」
「さあ、湯浴みのお時間にございます」
ブランシュが起きるのを待ち構えていたかのように、侍女たちが一気にそばに寄ってきた。そのままあっという間にベッドから引き離されて湯殿へと連れて行かれる。寝間着をひん剥かれ、全身をくまなく洗われて――完全にされるがままだった。
「こ、これくらい一人でやるから……」
「なりませぬ。妃殿下はこれからこの国の跡継ぎをお産みになる大事な御身。何かあっては一大事にございます」
何とか絞り出した訴えは一蹴され、ブランシュはまるで人形のように侍女たちのされるがままにされて朝の支度を整えた。
「さあ、広間へ参りましょう。陛下と王妃様、王女様がお待ちです」
侍女にそう促され、ブランシュは広間へ向かう。広間といっても王族が食事を摂るための部屋で、そこまでの広さがあるわけではない。
広間に入ると、そこには既に国王夫妻とヴィルフリート、そしてブリュンヒルデ王女が揃っていた。
「おはよう、ブランシュ。昨夜はよく眠れたかしら?」
そう言って嫋やかに微笑む王妃ヘンリエッタ。ブランシュは深く頭を下げる。
「はい。……参上が遅くなり申し訳ございません」
「気にしないでちょうだい。昨夜は大変だったでしょうから」
どこか意味深な調子で言い、ヘンリエッタは息子であるヴィルフリートを一瞥する。母の視線を受けてもヴィルフリートは表情一つ変えなかった。そんな息子の様子に呆れたようなため息をこぼし、ヘンリエッタはさらに言う。
「ブランシュには一刻も早く跡継ぎを産んでもらわねばならないからね。きちんとするのよ、ヴィル」
「心得ております、母上」
「ならばきちんとなさい。昨夜は一度しか営みが行われなかったと報告を受けているわ」
何気なく放たれた言葉にブランシュはぎょっとする。確かに昨夜は一度身体を重ねただけで、初めてのことに疲れ切り朦朧としているブランシュを残してヴィルフリートはさっさと出て行ってしまっている。だが、なぜそんな夫婦の営み事情をヘンリエッタが知っているのだろうか。
「母上、ブランシュが困惑しておりますが」
「あら……ドロテアから聞いていなかったのかしら?」
ヘンリエッタは部屋の端に控える女官長ドロテアをちらりと見る。ドロテアは相変わらず淡々とした声で「申し訳ございません、王妃様」と詫び、そのままブランシュのほうに身体を向けて説明を始めた。
「王族の性交渉は細かく記録をとらせていただいております。身ごもったのが誠に王族の御子であるかの確証を得るためです。産み月から遡り、確実にここで授かった御子だと確認せねばなりませんから」
「な……!ブランシュ様――いえ、妃殿下が王太子殿下以外の方と密通をするとでもお思いなのですか!?」
思わず抗議の声をあげたのはリリアーナだ。ドロテアは「エーデンベルクの侍女風情が口を慎みなさい」と冷たい声音で言い放った。明らかにエーデンベルクを見下したその発言に、さすがのブランシュもムッとする。
「ドロテア、そなたこそ口を慎め。リリアーナの不満は当然だ」
国王ダミアンが低い声で言う。ドロテアはやや不満そうな表情を浮かべながらも「失礼いたしました」と詫びた。ダミアンはドロテアに冷たい目を向けたあと、表情を和らげてブランシュとリリアーナを順に見る。
「確かにエーデンベルクの者からすれば至極理解できぬ話だろう。しかし、この国では王妃や王太子妃が不義の子を授かったということが歴史上何度も起こっている。王家の血を繋いでいくためにも、真に王家の子であるという証明が必要なのだ。分かってくれるか?」
そう言われては、やや羞恥心はあるものの納得せざるを得ない。
「……はい。失礼いたしました」
「リリアーナのご無礼をお許しください、陛下」
侍女の不始末の責任は主君にある。リリアーナに次いで詫びたブランシュに、ヘンリエッタが「あなたたちが謝ることではないのよ」と優しく言った。
「でもね、ブランシュ。王家の後継ぎ問題は急務なの。あなたの役目は一刻も早く子を産む事よ。できるだけ早く、ヴィルフリートの子を産んで頂戴ね」
「……はい」
これは朝からするような話なのだろうか。よく分からないまま、ブランシュは義母の言葉に頷くことしかできない。
「せっかくの朝食が冷めてしまう。全員揃ったことだし、始めるとしようか」
ダミアンがそう言うと、広間に控えていた侍女侍従たちが一斉に動き出した。てきぱきと、表情一つ変えずに配膳を始める彼らに、ブランシュはどこか不気味さを感じていた。どこまでも彼らの動作は事務的で、王家の人間である自分たちと一線を引いている。それが寂しくもあり、不気味だったのだ。
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