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二人の時間を紡いで

映画「アリス」

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 その映画は、スパイであるヒロイン「アリス」が拳銃を片手に次々と悪を倒すというアクション物だった。スリルあり、笑いあり、ロマンスあり、泣ける要素あり、そして最後は感動のハッピーエンド、という王道の娯楽作。名の知れた監督の手腕と今が旬の主演女優、演技派の俳優陣のキャスティングのおかげで、よくある設定で単純なストーリーも魅力溢れた見応えのある仕上がりとなっていた。上映当時はなかなかのヒットを飛ばし、面白いと評判も上々だった。

 ユイは見事に映画の世界に引きこまれていた。はらはらしながら主人公のアリスを応援し、ときに涙し、ときに笑い、そして期待通りのアリスの恋の大団円、誰もが憧れるような大人の恋の結末に、おおいに胸をときめかせすっかり夢見る乙女となっていた。


「とっても面白かったね! ああ、本当にいい映画だったねえ! アリスが最高にかっこよかったー! ああー! あんな強くて聡明で勇敢な女性、憧れるなあー! ほんと素敵だよねえ!」


 ユイはシュウの方に向き直り、満面の笑顔で同意を求めた。シュウも同じ感想だろうと信じていた。


「そうですね」


 シュウは一言ぽつりと答えた。そしてなぜか眩しそうにユイを見つめている。


「……あれ? あんまり面白くなかった?」


 ――もしかして、私だけ楽しんで観てたのかな、男の人にとってはそんなに面白い映画ではなかったのかも……。それともシュウは、もっと高尚な映画の方が好きなのかな、こういうエンターテインメントの映画は嫌いなのかな……。


 ユイは急に自信がなくなった。


「ごめん。退屈だった?」


 思わず謝るユイ。


「そんなことないです! 面白かったですよ」


 シュウは穏やかな笑顔でユイを見つめる。それから、シュウは少し目線を外した。


 ――う。つまらなかっただろうに面白かったなんて感想、気を遣わせてしまったかな。


 ユイはそう誤解した。

 誤解。そう、それは誤解だった。

 シュウは急に真剣な顔になり、改めて燃えるような強い瞳でユイを見た。射るような、鋭い眼差し。ユイは思わずたじろぐ。


 ――え。どうして? 怒っているの?


「私は絶対に貴女を守ります! 貴女のその豊かな感情を、その純粋な心を、魔獣などに奪われてなるものか!」


 内に秘められた激しさが一気に爆発した。

 シュウは、映画ではなくユイを見ていた。

 光を集め反射するプリズムのように、映画のワンシーンごとに自由にきらきらと変化する表情、そして清らかで柔らかいその心を見ていた。


「……大丈夫です。安心してください。この件が解決したら、もう怖い夢も見なくなりますよ」


 優しく微笑む。今まで通りの、柔和なシュウに戻っていた。


 どん。


 ユイはハートのど真ん中に、重いパンチをまともにくらったような気がした。


 ――反則だ! 反則技だ! こんなのあり? これじゃまるで「白馬の王子サマ」、じゃない! 外見から年下に見えるから、つい弟のように気軽に話しかけてた。でもこのひとは、全然「かわいいおとうと」、なんかじゃない。このひとは、刃の鋭さと炎の激しさを併せ持つ「戦う男」、なのだ。


 くらくらする頭で、今、なにか言わなくちゃ、とユイは思った。


 ――『キミ、オトコマエすぎるよ!』と茶化して笑ってしまおうか――。いやそんなもったいないこと、したくない。『ありがとう。あなたは頼もしいナイトね』、とお姫サマみたいに優雅に微笑み返そうか――。私には絶対無理だ。


 大急ぎで色々考えを巡らしてみる。自分の中の引き出しをあれこれ引っ張り出してみて、「こんなときぴったりな言葉」を探してみる。


 ――でも、今まで「こんなとき」なんてあったかな。恋愛は一応経験してきたけど、「こんなとき」なんて、ない――。


 そもそも恋のひとつひとつにまったく同じ展開、まったく同じ状況、そしてこれが正解、などあろうはずもない。二人の人間が紡ぎだす一瞬一瞬が、唯一無二、かけがえのない奇跡の時間となるのだ。

 結局出てきたのは、


「……よろしくお願いします」


 恋とはあまりに程遠い一言。しかもシュウの瞳を見つめるなんてことはとてもできなかった。


 ――ああ。我ながらなんて色気のない――。


 ユイは再び頭を抱えた。
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