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異形
恋
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「……実は……。私の方こそ謝らなくてはならないのかもしれません。本当は、私の仕事は依頼が来て初めて成立するものなのです。昨晩のように私から声をかけるなんてことはありません。運悪く魔獣に関わってしまった人が、縁があって私のことを知り、それから相談されて初めて私が動く。あくまで自然な縁があることが前提、そして主体は相談者です。縁とは、既に私となんらかのつながりがあるか、もしくは自然な流れでできるものです。今回は何も知らない貴女に無理やり私が声をかけた。強引すぎるやり方です。ユイさんの運命に直接干渉してしまう形になってしまいました。もし私が貴女のような人を街で偶然見かけても、普通ならそのままなにもせず通り過ぎるだけです。その人の身にどんなに危険が迫っていることを感じても、です。それが本来の形なんです」
――シュウはなにを伝えようとしているのだろう。
「どうして私に声をかけてくれたの? そして謝る必要がどこにあるの?」
「貴女に声をかけたのは……。貴女の魂がとても……」
そこでシュウは一旦息を深く吸い込んだ。またなにかを考えている。
「……謝るというのは、ユイさんの人生に勝手に土足で踏み込むような真似をしてしまったからです。それがたとえ、かけがえのない貴女の尊い命を助けるという究極の善行であったとしても、本来ならばしてはいけないこと――、なのかもしれません」
ユイにはよくわからなかった。縁とか運命とか魂とか人生とか……。シュウは自分などより遥かに深遠な世界で生きている。遥かに多くのことを学び、考え、そして経験している――、ユイはそう感じていた。
「……私の魂がとても?」
――とても、なんだと言いたかったのだろう。なぜ言いかけてやめたのだろう。私の魂について、シュウはなにを感じているのだろう。
「このピザも手作りなんですかっ? とってもおいしいですっ!」
シュウは爽やかなペールブルーの縁取りの皿から熱々のピザを一切れ取り、大急ぎで頬張る。今までにない早口でもあった。
「よかった! ピザ、好きなの?」
嬉しさで思わずユイの顔が明るく輝く。
「はいっ! それはもう、ほんと大好きです!」
そんなに好きなんだ。ユイは素直にそう受け取った――、作ってよかった。
「パン生地みたいなピザとクリスピー生地のピザと、どちらが好き?」
「ええと……、ユイさんの作ってくれたこのピザみたいなサクサクした方が好きですっ!」
「よかった! パン生地タイプもたまに食べたくなるけど、私もこういう方が好きなんだ」
「今まで食べたピザの中で一番おいしい! ユイさんはすごい料理上手ですね!」
「それほどでも……。作るのと食べるのがただ好きなだけだよ。ありがとう!」
ユイは頬をかわいらしく染めた。シュウの賛辞が心底嬉しかった。
シュウはあきらかに話を逸らした。料理の感想は、お世辞やごまかしなどではなく心からのものだったが、テンションは不自然に高かった。が、ユイは褒められたこと、シュウの好物がわかったこと――本当は好物という程特に好きというわけではなかったのだが――シュウがとても喜んでいるように見えることに気をとられ、なにも疑問に思わなかった。しかも、もう話の流れは完全にピザの方に行ってしまった。不器用なシュウの稚拙な話のすり替えだったが、奇跡的に成功を収めた。
「そういえば、シュウって何歳なの?」
――あ、つい呼び捨てにしてしまった。まあ昨夜も宣言してたらしいし、シュウもそれでいいって言ってくれたし、いいよね、それくらい。
「私は二十六歳です」
「えっ!? 二十六? 私より二歳上っ!?」
意外だった。まさか年上とは、しかも二十六とは――。
「……必ず驚かれます」
――「結構」、とか「よく」、とかではなく、「必ず」、なんだ。確かにシュウは誰が見ても二十六歳には見えないと思う。タメ口、しかも呼び捨て……。シュウは常に敬語で「ユイさん」と呼んでくれているのに……。でもいまさら改めるのも変な気がする。
「……で、今日はこれからどうすればいい? 私はなにも予定がないんだけど……。お天気もいいし、せっかくだからどこかお出かけでもしよっか?」
――ますます彼女みたいな物言いになってしまった。しかも命が危険に晒されているというのに脳天気すぎるかな? てゆーか年上相手にいいのかな、この態度。
「いえ。もしご予定がないのでしたら、なるべく体を休める方向で考えた方がいいです。たぶんユイさんが感じている以上に、現在のユイさんは体力も気力も消耗しているはずです。無理はなさらないでください。突然異常な眠気、意識を失うような状態になるかもしれません。家の中にいた方が安全です。それから、私に気を遣ってくださっているのなら、私のことは気になさらないでください。気になるとは思いますが、今は非常事態に備えてただ居るだけですので、単なる空気とか石とか植物とでも思ってください」
「空気とか石とか植物って……。でも私、パワーストーンや植物に普通に話しかけちゃうし、植物には結構お世話しちゃうかもよ?」
ユイはいたずらっぽく笑った。シュウもつられて笑顔になった。少しはにかんだ笑顔。
つりあがった切れ長の目といい、何気ない視線の運びの素早さや眼光の鋭さといい、どこか野生動物のような――接してみると誠実で温厚な人柄だとすぐわかるけれど、もしかしたら心のどこかに原始的な凶暴性を隠し持っているのではないか――そんな印象を与えるシュウだが、笑うとまるで人懐っこく無害な子狐のようだ。
「……ユイさんは私が怖くないですか?」
「怖い? どうして?」
「私が特殊な力を持っているせいか、私のことを怖がる人もいます」
特に、勘の鋭い人は。と心の中でシュウは付け足した――。露骨に避け、忌み嫌うような人さえいる。ユイは……、どうだろう。
「……シュウはもしかしてオオカミさんなの?」
とたんにシュウは真っ赤になる。こういうところは本当にかわいいとユイは思う。
「怖くなんかないよ。シュウはとても優しい人だよ」
「……ありがとうございます」
照れくさそうにシュウは笑う――、よかった、ユイは特に怖がってはいないようだ。
しかし、ユイも確かに感じていた。シュウの中には荒々しい強いなにかがある。小柄な身体の中に、紳士的な仮面の下に、威圧するような圧倒的ななにかがある。はじめ、シュウのことを周りにいないタイプ、と思ったが、タイプなどと分類することはできない、強烈なただひとつの個性、と思う。
――まるで、大きく深い海みたい。表面的な静けさの下にも常に力強いエネルギーを湛えている。優しい。怖い。わからない。だからきっと、惹かれるんだ――。
そこまで考え、ユイは戸惑う。
――惹かれる? あれ? 私、どうしてそんなこと……。
心の奥の動揺を悟られないように、ユイは急いで他のことを考えた。
「あ! そうだ! 録画しておいた映画、今観てもいい?」
「もちろんです。体に負担がかからないことであれば、ユイさんの好きなようにしてお過ごしください」
二人きりの部屋で映画を観る。ますます恋人同士みたいだ――どうしてもユイはそちらの方向に意識が向かってしまう。シュウが未成年とかだいぶ年下とかじゃなく年上だった、というのもなんだか嬉しかった――私にも少しは可能性、ありかな? なんてことまでうっかり考えてしまう。
ユイは、そこでようやく気付く。
――あれ?
私、もしかして、
シュウのこと、好きになってる?
好き……。
……そっか!
私、シュウが好きなんだ!
もう、シュウに恋をしちゃったんだ!
一瞬、時が止まった。
世界が、ユイの見ている世界のすべてが、急にカラフルに、鮮明に輝きだした。
顔が赤くなってしまっているのがばれませんように、私のこの生まれたばかりの大切な気持ちが、まだシュウには気付かれませんように――。ユイはそうこっそり願いながらリモコンをつけた。
映画の始まりと共に、ユイの中で新しい物語が始まっていた。
――シュウはなにを伝えようとしているのだろう。
「どうして私に声をかけてくれたの? そして謝る必要がどこにあるの?」
「貴女に声をかけたのは……。貴女の魂がとても……」
そこでシュウは一旦息を深く吸い込んだ。またなにかを考えている。
「……謝るというのは、ユイさんの人生に勝手に土足で踏み込むような真似をしてしまったからです。それがたとえ、かけがえのない貴女の尊い命を助けるという究極の善行であったとしても、本来ならばしてはいけないこと――、なのかもしれません」
ユイにはよくわからなかった。縁とか運命とか魂とか人生とか……。シュウは自分などより遥かに深遠な世界で生きている。遥かに多くのことを学び、考え、そして経験している――、ユイはそう感じていた。
「……私の魂がとても?」
――とても、なんだと言いたかったのだろう。なぜ言いかけてやめたのだろう。私の魂について、シュウはなにを感じているのだろう。
「このピザも手作りなんですかっ? とってもおいしいですっ!」
シュウは爽やかなペールブルーの縁取りの皿から熱々のピザを一切れ取り、大急ぎで頬張る。今までにない早口でもあった。
「よかった! ピザ、好きなの?」
嬉しさで思わずユイの顔が明るく輝く。
「はいっ! それはもう、ほんと大好きです!」
そんなに好きなんだ。ユイは素直にそう受け取った――、作ってよかった。
「パン生地みたいなピザとクリスピー生地のピザと、どちらが好き?」
「ええと……、ユイさんの作ってくれたこのピザみたいなサクサクした方が好きですっ!」
「よかった! パン生地タイプもたまに食べたくなるけど、私もこういう方が好きなんだ」
「今まで食べたピザの中で一番おいしい! ユイさんはすごい料理上手ですね!」
「それほどでも……。作るのと食べるのがただ好きなだけだよ。ありがとう!」
ユイは頬をかわいらしく染めた。シュウの賛辞が心底嬉しかった。
シュウはあきらかに話を逸らした。料理の感想は、お世辞やごまかしなどではなく心からのものだったが、テンションは不自然に高かった。が、ユイは褒められたこと、シュウの好物がわかったこと――本当は好物という程特に好きというわけではなかったのだが――シュウがとても喜んでいるように見えることに気をとられ、なにも疑問に思わなかった。しかも、もう話の流れは完全にピザの方に行ってしまった。不器用なシュウの稚拙な話のすり替えだったが、奇跡的に成功を収めた。
「そういえば、シュウって何歳なの?」
――あ、つい呼び捨てにしてしまった。まあ昨夜も宣言してたらしいし、シュウもそれでいいって言ってくれたし、いいよね、それくらい。
「私は二十六歳です」
「えっ!? 二十六? 私より二歳上っ!?」
意外だった。まさか年上とは、しかも二十六とは――。
「……必ず驚かれます」
――「結構」、とか「よく」、とかではなく、「必ず」、なんだ。確かにシュウは誰が見ても二十六歳には見えないと思う。タメ口、しかも呼び捨て……。シュウは常に敬語で「ユイさん」と呼んでくれているのに……。でもいまさら改めるのも変な気がする。
「……で、今日はこれからどうすればいい? 私はなにも予定がないんだけど……。お天気もいいし、せっかくだからどこかお出かけでもしよっか?」
――ますます彼女みたいな物言いになってしまった。しかも命が危険に晒されているというのに脳天気すぎるかな? てゆーか年上相手にいいのかな、この態度。
「いえ。もしご予定がないのでしたら、なるべく体を休める方向で考えた方がいいです。たぶんユイさんが感じている以上に、現在のユイさんは体力も気力も消耗しているはずです。無理はなさらないでください。突然異常な眠気、意識を失うような状態になるかもしれません。家の中にいた方が安全です。それから、私に気を遣ってくださっているのなら、私のことは気になさらないでください。気になるとは思いますが、今は非常事態に備えてただ居るだけですので、単なる空気とか石とか植物とでも思ってください」
「空気とか石とか植物って……。でも私、パワーストーンや植物に普通に話しかけちゃうし、植物には結構お世話しちゃうかもよ?」
ユイはいたずらっぽく笑った。シュウもつられて笑顔になった。少しはにかんだ笑顔。
つりあがった切れ長の目といい、何気ない視線の運びの素早さや眼光の鋭さといい、どこか野生動物のような――接してみると誠実で温厚な人柄だとすぐわかるけれど、もしかしたら心のどこかに原始的な凶暴性を隠し持っているのではないか――そんな印象を与えるシュウだが、笑うとまるで人懐っこく無害な子狐のようだ。
「……ユイさんは私が怖くないですか?」
「怖い? どうして?」
「私が特殊な力を持っているせいか、私のことを怖がる人もいます」
特に、勘の鋭い人は。と心の中でシュウは付け足した――。露骨に避け、忌み嫌うような人さえいる。ユイは……、どうだろう。
「……シュウはもしかしてオオカミさんなの?」
とたんにシュウは真っ赤になる。こういうところは本当にかわいいとユイは思う。
「怖くなんかないよ。シュウはとても優しい人だよ」
「……ありがとうございます」
照れくさそうにシュウは笑う――、よかった、ユイは特に怖がってはいないようだ。
しかし、ユイも確かに感じていた。シュウの中には荒々しい強いなにかがある。小柄な身体の中に、紳士的な仮面の下に、威圧するような圧倒的ななにかがある。はじめ、シュウのことを周りにいないタイプ、と思ったが、タイプなどと分類することはできない、強烈なただひとつの個性、と思う。
――まるで、大きく深い海みたい。表面的な静けさの下にも常に力強いエネルギーを湛えている。優しい。怖い。わからない。だからきっと、惹かれるんだ――。
そこまで考え、ユイは戸惑う。
――惹かれる? あれ? 私、どうしてそんなこと……。
心の奥の動揺を悟られないように、ユイは急いで他のことを考えた。
「あ! そうだ! 録画しておいた映画、今観てもいい?」
「もちろんです。体に負担がかからないことであれば、ユイさんの好きなようにしてお過ごしください」
二人きりの部屋で映画を観る。ますます恋人同士みたいだ――どうしてもユイはそちらの方向に意識が向かってしまう。シュウが未成年とかだいぶ年下とかじゃなく年上だった、というのもなんだか嬉しかった――私にも少しは可能性、ありかな? なんてことまでうっかり考えてしまう。
ユイは、そこでようやく気付く。
――あれ?
私、もしかして、
シュウのこと、好きになってる?
好き……。
……そっか!
私、シュウが好きなんだ!
もう、シュウに恋をしちゃったんだ!
一瞬、時が止まった。
世界が、ユイの見ている世界のすべてが、急にカラフルに、鮮明に輝きだした。
顔が赤くなってしまっているのがばれませんように、私のこの生まれたばかりの大切な気持ちが、まだシュウには気付かれませんように――。ユイはそうこっそり願いながらリモコンをつけた。
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