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光と影
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バサバサバサッ!
ドオンッ!
空から巨大ななにかが降りてきた。漆黒の体を持つ怪物だった。
「うわあああああっ!」
その怪物は黒い四枚の翼を持ち、黒く光る鱗で全身覆われたトカゲのような顔と体をしていた。瞼のない冷たい銀色の目で大地たちを睨み付け、大きく裂けた口から見える細く赤い舌は絶えず蠢く。左右に振った長く大きな尾は木々を簡単になぎ倒しそうな力強さを感じさせる。
「か、怪物……!」
「大地さん! これが『影』です!」
――こんな怪物相手に、どうしろって言うんだ!?
掌の中のハート型の石がさらに熱くなった。石であるはずなのに脈動も、感じられた。
次の瞬間、大地の頭の中に、アルデバランの声が聞こえた。
「大地! 恐れてはなりません! 『影』は不安や恐怖を糧にします!」
「そうは言っても、こんな怪物をまのあたりにしたら……!」
「大地。あなたは、恐れを感じたとき、心を落ち着けるためにどのようにしていましたか?」
「恐れ?」
「ええ。たとえば日常の中の、小さな恐れに直面したときのことを思い出してください」
大地は「日常の中の小さな恐れ」と聞き、学生時代のラグビーの試合中に感じたプレッシャーを思い出していた。
――「まずは自分を客観的に眺め、そして今やるべきことに集中しろ」、昔、ラグビー部のコーチにそう叩き込まれたっけ――。
大地はまず自分の体の感覚に集中した。地面に足をつけ、しっかりと立っている自分。なにも考えず、ここに存在する自分――。そんなことを強く意識するだけで、なんとなく心が落ち着いてきた。
――そして「今やるべきことに集中」……。ん? 今やるべきことって、なにをどうやればいいんだ?
そのとき、イオが大地に向かって叫んだ。
「大地さん、ソラに触れたように、『影』に触ってください!」
「えっ!?」
「エネルギーの変換を起こすのです!」
――そんな無茶な!
しかし、心を落ち着けたおかげで、大地の心の中に、冷静なもう一人の自分が現れた。
――それが、俺が今やるべきこと、か。
静かに、冷静に、大地は決意した。
――どう考えても襲われたら助からないだろう。逃げ切ることも不可能だろう。選択肢はない。ならば、今俺がやるべきことをやるだけだ。
ドドッ、ドドッ、ドドッ!
『影』が大地に向かって突進してきた。
――今やるべきことに集中しろ!
大地は自分に命令した。
大地は手を前に出した。まっすぐ怪物を見つめ、余計なことはなにも考えず、触れるためにただ手をつきだした。
噛みつこうとする『影』の下顎に手が触れた。
――触った……!
大地は、イオやアルデバラン、先ほど上空から眺めた点在する家々を思い出していた。
――この世界が、人々が、これで救われるなら……!
次の瞬間、ハートの石から強い光が放たれた。
強い、強い光。
大地の掌から溢れ出た光は、たちまち付近一帯に広がっていった。
――え!?
なにが起こったのか大地には理解できない。
強い光と掌の中の熱しか感じられず、目を閉じることしかできない。
光の洪水。
――ああ。俺、ほんとに死んだのかな。……とりあえず、痛くなくてよかった。やっぱり、最後の晩餐は、コンビニのチキン南蛮だったか――。
ふと、大地はいきつけの食堂「おおのや」のチキン南蛮を思い出していた。あそこのチキン南蛮はタルタルソースにゆで卵がいっぱい使われていて、めちゃくちゃおいしいんだよなあ、と大地は思う。昭和の雰囲気たっぷりの、食堂のテーブル。明るい店内、おかみさんと大将の元気な声。そして、大地の隣には、イオが座っていた。
――ん!? なんでそこでイオが出てくるんだ!?
「大地さん、これがチキン南蛮ですか。とってもおいしいですね」
満面の笑顔で微笑むイオまで頭に浮かんでいた。
――なんで……。イオが――。
光。
――たぶんイオも、気に入るだろうな――。
光の中で、イオが笑っているような気がした。
ドオンッ!
空から巨大ななにかが降りてきた。漆黒の体を持つ怪物だった。
「うわあああああっ!」
その怪物は黒い四枚の翼を持ち、黒く光る鱗で全身覆われたトカゲのような顔と体をしていた。瞼のない冷たい銀色の目で大地たちを睨み付け、大きく裂けた口から見える細く赤い舌は絶えず蠢く。左右に振った長く大きな尾は木々を簡単になぎ倒しそうな力強さを感じさせる。
「か、怪物……!」
「大地さん! これが『影』です!」
――こんな怪物相手に、どうしろって言うんだ!?
掌の中のハート型の石がさらに熱くなった。石であるはずなのに脈動も、感じられた。
次の瞬間、大地の頭の中に、アルデバランの声が聞こえた。
「大地! 恐れてはなりません! 『影』は不安や恐怖を糧にします!」
「そうは言っても、こんな怪物をまのあたりにしたら……!」
「大地。あなたは、恐れを感じたとき、心を落ち着けるためにどのようにしていましたか?」
「恐れ?」
「ええ。たとえば日常の中の、小さな恐れに直面したときのことを思い出してください」
大地は「日常の中の小さな恐れ」と聞き、学生時代のラグビーの試合中に感じたプレッシャーを思い出していた。
――「まずは自分を客観的に眺め、そして今やるべきことに集中しろ」、昔、ラグビー部のコーチにそう叩き込まれたっけ――。
大地はまず自分の体の感覚に集中した。地面に足をつけ、しっかりと立っている自分。なにも考えず、ここに存在する自分――。そんなことを強く意識するだけで、なんとなく心が落ち着いてきた。
――そして「今やるべきことに集中」……。ん? 今やるべきことって、なにをどうやればいいんだ?
そのとき、イオが大地に向かって叫んだ。
「大地さん、ソラに触れたように、『影』に触ってください!」
「えっ!?」
「エネルギーの変換を起こすのです!」
――そんな無茶な!
しかし、心を落ち着けたおかげで、大地の心の中に、冷静なもう一人の自分が現れた。
――それが、俺が今やるべきこと、か。
静かに、冷静に、大地は決意した。
――どう考えても襲われたら助からないだろう。逃げ切ることも不可能だろう。選択肢はない。ならば、今俺がやるべきことをやるだけだ。
ドドッ、ドドッ、ドドッ!
『影』が大地に向かって突進してきた。
――今やるべきことに集中しろ!
大地は自分に命令した。
大地は手を前に出した。まっすぐ怪物を見つめ、余計なことはなにも考えず、触れるためにただ手をつきだした。
噛みつこうとする『影』の下顎に手が触れた。
――触った……!
大地は、イオやアルデバラン、先ほど上空から眺めた点在する家々を思い出していた。
――この世界が、人々が、これで救われるなら……!
次の瞬間、ハートの石から強い光が放たれた。
強い、強い光。
大地の掌から溢れ出た光は、たちまち付近一帯に広がっていった。
――え!?
なにが起こったのか大地には理解できない。
強い光と掌の中の熱しか感じられず、目を閉じることしかできない。
光の洪水。
――ああ。俺、ほんとに死んだのかな。……とりあえず、痛くなくてよかった。やっぱり、最後の晩餐は、コンビニのチキン南蛮だったか――。
ふと、大地はいきつけの食堂「おおのや」のチキン南蛮を思い出していた。あそこのチキン南蛮はタルタルソースにゆで卵がいっぱい使われていて、めちゃくちゃおいしいんだよなあ、と大地は思う。昭和の雰囲気たっぷりの、食堂のテーブル。明るい店内、おかみさんと大将の元気な声。そして、大地の隣には、イオが座っていた。
――ん!? なんでそこでイオが出てくるんだ!?
「大地さん、これがチキン南蛮ですか。とってもおいしいですね」
満面の笑顔で微笑むイオまで頭に浮かんでいた。
――なんで……。イオが――。
光。
――たぶんイオも、気に入るだろうな――。
光の中で、イオが笑っているような気がした。
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