7 / 10
光と影
翼獣
しおりを挟む
「で……、でかい……」
卵の大きさからも巨大な生物だろうと想像できたが、実際の姿は想像以上の迫力を感じさせた。誕生したばかりだが、それはひ弱な赤ちゃんとか子どもなどではないようだった。力強い筋肉のつきかた、しっかりと安定感のあるその姿は、成熟した状態で誕生したとしか思えなかった。
――ありえない……。怪獣……?
全身白い豊かな毛で覆われ、くちばしがあり、猛禽類のような顔、巨大な翼を有するが、たくましい肉食獣のような胴体と四肢があった。
「翼の生えた獣……! あっ! あの金貨の裏側に描かれていた動物……!」
「そうです」
それは、首から上と翼の印象は鷲、胴体と四肢はライオン、尾は狼、といったような外見をしていた。
「大地さん。あなたの手がなければこの子は生まれませんでした。本当に、ありがとうございます」
「えっ? なにそれ! 俺はちょっとだけ卵に触っただけだよ!? それに、すでに生きてたし自然にもうすぐ生まれそうだったじゃないか」
「いいえ。あなたのエネルギーが触れなければ、永遠にこの子は卵のままです。誕生のためには、あなたとの接触が不可欠だったのです」
「そんなばかな!」
イオは愛しげに巨大な翼獣のくちばしを撫でた。翼獣も、嬉しそうにイオに顔を寄せる。その怪物は、恐ろしい外見とは裏腹に、とても優しい穏やかな目をしていた。
「大地さん。この子に素敵な名前をつけてあげてください」
「えっ?」
「名前をつけるということは、大変大きな意味を持ちます。それは、運命を紐付けする重要なものです」
「そんな! 俺が名付けるって!?」
――俺が思いつくのは、せいぜいポチとかタマとかピーちゃんとか……。
大地は、自分のネーミングのセンスのなさに呆れてしまった。
「……そんな大事なことなら、今思いついたものなんでもいいってわけじゃないんだろう?」
「大地さんが真剣に考えてくださった名前なら大丈夫です」
「でも、俺センスないし……」
謎の生物は、金色の瞳でまっすぐ大地を見つめた。なんとなく大地はちょっと居心地が悪くなる。
「そんな期待をこめた目で見つめないでくれよ」
困惑しながらも大地は、こいつ、案外かわいいかも、と思いはじめていた。
――『早くぼくに名前をつけて』、なんだかそう言ってるみたいだ。
「……そうだなあ。俺が『大地』だから……。空……。ソラっていうのはどうだろう?」
ちょっと安直かな、と思いながらも翼を有するこの生物にはぴったりな名前のような気がした。うかがうようにイオを見ると、イオは明るく顔を輝かせていた。
「とても素敵ですね! ソラ、あなたの名は、ソラよ!」
クエーッ。
満足そうにソラは天に向かって声をあげた。
「こいつは話してることがすっかりわかるみたいだな」
かなり知能の高い生物なのかもしれない、大地はソラの様子に感心していた。
「ええ。私たちの言葉、意思を感じ取ることができます」
「すごいなあ。ソラは賢いんだな」
自分が名付けたこともあり、大地はソラに親しみを覚えていた。
「ソラ。私たちを連れて行って」
そうイオが話しかけると、ソラはすぐに前足を曲げ、低い姿勢をとった。
「えっ? 今度はどこに行くんだ? しかもソラに連れて行ってもらうって……」
大地が言い終わらないうちに、イオはスカートをふわりとなびかせソラによじ登り、その背にまたがった。
「大地さんも乗ってください」
「えっ!?」
「大丈夫です。ソラが私たちを運んでくれます」
「ソラの背に乗るの!?」
「ソラの首の辺りをしっかりつかんでいれば大丈夫ですよ」
おそるおそる大地もソラの背に乗る。イオの前に座り、ソラの首にしがみつく格好になった。イオは後ろから抱きつくように大地の体に腕をまわし、ぴったりとくっついた。
――え。
大地は思わず顔を赤くする。大の大人の男である自分が、少年のように緊張し、すっかり意識してしまっている――だけど、後ろにいるイオにはわからないだろう――そう思うとちょっとだけほっとした。
ソラが巨大な翼を広げる。
――え。まさか、俺たちを乗せたまま空を飛ぶってこと!?
バサッ!
ゾウほどの大きさのソラが、力強く羽ばたき、地面を蹴り勢いよく飛び立った。
「うわあああ! 飛んでる! ほんとに飛んでる!」
先ほどまで見上げていた木々の緑が眼下へと変わり、ぐんぐん地面は遠ざかる。大地はしっかりとソラの首にしがみついていた。ふわふわとした白いソラのたてがみは、お日様のにおいがした。冷たい風が大地の全身を勢いよく通り過ぎていく。背中にはイオのやわらかな体のぬくもりを感じていたが、大地はその点についてはあまり意識しないように努めていた。
――ソラは、どこに行けばいいのかわかってるみたいだ。迷いもなく飛んでいる。
森が、川が、小さく見える。よく見れば、緑の間に家や人工的な建造物も点在している。
――イオやアルデバランだけでなく、他にも大勢の人々が暮らしているんだ。
当たり前のことだろうが、なんとなく意外な気がした。不思議なこの世界にも、地に足をつけた生活があるのだ。
――他の人が俺たちを見たらびっくりするのかな。それとも、こうして空を飛んでいるのは、ここの人たちにとってはごく普通の光景なんだろうか。
豊かな緑の平野を過ぎると、ごつごつとした岩場が多くなり、ほどなく海が見えてきた。グランブルーの海は、日の光を浴び穏やかな輝きを放っている。白い帆を張った船もいくつか見受けられた。
――本当に、ここはなんていいところなんだろう。とてもきれいだな――。
大地は、海を見るのも久しぶりだった。磯の香りが胸いっぱいに広がる。全身に海を感じる。広大な海の上を飛んで渡っていくなんて、数時間前の大地には想像もできない体験だった。
――気持ちいい。鳥は、いつもこんな気分なのかな。
ソラは大地とイオを乗せ、青空の中を駆けていく。
――ああ。心がどんどん解放されていく――。
大地は、まるで心の中が青一色に染まっていくような清々しさを感じていた。どうしてここにいるのか、どこに行こうとしているのか、それから、仕事のこと、日常の生活のこと、過去のこと未来のこと、さまざまな疑問や思いは大地の頭からすっかり消え去っていた。ただ、そこにあるのは自然の中に溶け込むひとつの生物としての体の感覚だけだった。
そのとき、ポケットの中で、アルデバランより渡された小さなハートの石が密かに熱を帯びていたことに、大地は気付いていなかった。
卵の大きさからも巨大な生物だろうと想像できたが、実際の姿は想像以上の迫力を感じさせた。誕生したばかりだが、それはひ弱な赤ちゃんとか子どもなどではないようだった。力強い筋肉のつきかた、しっかりと安定感のあるその姿は、成熟した状態で誕生したとしか思えなかった。
――ありえない……。怪獣……?
全身白い豊かな毛で覆われ、くちばしがあり、猛禽類のような顔、巨大な翼を有するが、たくましい肉食獣のような胴体と四肢があった。
「翼の生えた獣……! あっ! あの金貨の裏側に描かれていた動物……!」
「そうです」
それは、首から上と翼の印象は鷲、胴体と四肢はライオン、尾は狼、といったような外見をしていた。
「大地さん。あなたの手がなければこの子は生まれませんでした。本当に、ありがとうございます」
「えっ? なにそれ! 俺はちょっとだけ卵に触っただけだよ!? それに、すでに生きてたし自然にもうすぐ生まれそうだったじゃないか」
「いいえ。あなたのエネルギーが触れなければ、永遠にこの子は卵のままです。誕生のためには、あなたとの接触が不可欠だったのです」
「そんなばかな!」
イオは愛しげに巨大な翼獣のくちばしを撫でた。翼獣も、嬉しそうにイオに顔を寄せる。その怪物は、恐ろしい外見とは裏腹に、とても優しい穏やかな目をしていた。
「大地さん。この子に素敵な名前をつけてあげてください」
「えっ?」
「名前をつけるということは、大変大きな意味を持ちます。それは、運命を紐付けする重要なものです」
「そんな! 俺が名付けるって!?」
――俺が思いつくのは、せいぜいポチとかタマとかピーちゃんとか……。
大地は、自分のネーミングのセンスのなさに呆れてしまった。
「……そんな大事なことなら、今思いついたものなんでもいいってわけじゃないんだろう?」
「大地さんが真剣に考えてくださった名前なら大丈夫です」
「でも、俺センスないし……」
謎の生物は、金色の瞳でまっすぐ大地を見つめた。なんとなく大地はちょっと居心地が悪くなる。
「そんな期待をこめた目で見つめないでくれよ」
困惑しながらも大地は、こいつ、案外かわいいかも、と思いはじめていた。
――『早くぼくに名前をつけて』、なんだかそう言ってるみたいだ。
「……そうだなあ。俺が『大地』だから……。空……。ソラっていうのはどうだろう?」
ちょっと安直かな、と思いながらも翼を有するこの生物にはぴったりな名前のような気がした。うかがうようにイオを見ると、イオは明るく顔を輝かせていた。
「とても素敵ですね! ソラ、あなたの名は、ソラよ!」
クエーッ。
満足そうにソラは天に向かって声をあげた。
「こいつは話してることがすっかりわかるみたいだな」
かなり知能の高い生物なのかもしれない、大地はソラの様子に感心していた。
「ええ。私たちの言葉、意思を感じ取ることができます」
「すごいなあ。ソラは賢いんだな」
自分が名付けたこともあり、大地はソラに親しみを覚えていた。
「ソラ。私たちを連れて行って」
そうイオが話しかけると、ソラはすぐに前足を曲げ、低い姿勢をとった。
「えっ? 今度はどこに行くんだ? しかもソラに連れて行ってもらうって……」
大地が言い終わらないうちに、イオはスカートをふわりとなびかせソラによじ登り、その背にまたがった。
「大地さんも乗ってください」
「えっ!?」
「大丈夫です。ソラが私たちを運んでくれます」
「ソラの背に乗るの!?」
「ソラの首の辺りをしっかりつかんでいれば大丈夫ですよ」
おそるおそる大地もソラの背に乗る。イオの前に座り、ソラの首にしがみつく格好になった。イオは後ろから抱きつくように大地の体に腕をまわし、ぴったりとくっついた。
――え。
大地は思わず顔を赤くする。大の大人の男である自分が、少年のように緊張し、すっかり意識してしまっている――だけど、後ろにいるイオにはわからないだろう――そう思うとちょっとだけほっとした。
ソラが巨大な翼を広げる。
――え。まさか、俺たちを乗せたまま空を飛ぶってこと!?
バサッ!
ゾウほどの大きさのソラが、力強く羽ばたき、地面を蹴り勢いよく飛び立った。
「うわあああ! 飛んでる! ほんとに飛んでる!」
先ほどまで見上げていた木々の緑が眼下へと変わり、ぐんぐん地面は遠ざかる。大地はしっかりとソラの首にしがみついていた。ふわふわとした白いソラのたてがみは、お日様のにおいがした。冷たい風が大地の全身を勢いよく通り過ぎていく。背中にはイオのやわらかな体のぬくもりを感じていたが、大地はその点についてはあまり意識しないように努めていた。
――ソラは、どこに行けばいいのかわかってるみたいだ。迷いもなく飛んでいる。
森が、川が、小さく見える。よく見れば、緑の間に家や人工的な建造物も点在している。
――イオやアルデバランだけでなく、他にも大勢の人々が暮らしているんだ。
当たり前のことだろうが、なんとなく意外な気がした。不思議なこの世界にも、地に足をつけた生活があるのだ。
――他の人が俺たちを見たらびっくりするのかな。それとも、こうして空を飛んでいるのは、ここの人たちにとってはごく普通の光景なんだろうか。
豊かな緑の平野を過ぎると、ごつごつとした岩場が多くなり、ほどなく海が見えてきた。グランブルーの海は、日の光を浴び穏やかな輝きを放っている。白い帆を張った船もいくつか見受けられた。
――本当に、ここはなんていいところなんだろう。とてもきれいだな――。
大地は、海を見るのも久しぶりだった。磯の香りが胸いっぱいに広がる。全身に海を感じる。広大な海の上を飛んで渡っていくなんて、数時間前の大地には想像もできない体験だった。
――気持ちいい。鳥は、いつもこんな気分なのかな。
ソラは大地とイオを乗せ、青空の中を駆けていく。
――ああ。心がどんどん解放されていく――。
大地は、まるで心の中が青一色に染まっていくような清々しさを感じていた。どうしてここにいるのか、どこに行こうとしているのか、それから、仕事のこと、日常の生活のこと、過去のこと未来のこと、さまざまな疑問や思いは大地の頭からすっかり消え去っていた。ただ、そこにあるのは自然の中に溶け込むひとつの生物としての体の感覚だけだった。
そのとき、ポケットの中で、アルデバランより渡された小さなハートの石が密かに熱を帯びていたことに、大地は気付いていなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
<夢幻の王国> サムライドライブ
蒲生たかし
ファンタジー
赤獅子の将と呼ばれるサムライ、東条氏康。
一人のサムライがファンタジーの世界で躍動する。
民が豊かに暮らせる国を創るため、様々な次元の闘士たちとの闘いを繰り広げていく。
まだまだこれからだ!
九重
恋愛
温泉が大好きなOLの暖(うらら)。今日も今日とて山奥の秘湯にひとり浸かっていたのだが……突如お湯が流れ出し、一緒に流されてしまった。
気づけば異世界で、なんと彼女は温泉を召喚した魔女の魔法に巻き込まれてしまったらしい。しかもそこは、異世界でも役立たずとされた病人ばかりの村だった。――――老いた関節痛の魔女と、腰を痛めた女騎士。アレルギーで喘息持ちの王子と認知症の竜に、うつ病のエルフなどなど――――
一癖も二癖もある異世界の住人の中で、暖が頑張る物語。
同時連載開始の「勇者一行から追放されたので異世界で温泉旅館をはじめました!」と同じプロローグではじまる物語です。
二本同時にお楽しみいただけましたら嬉しいです!
(*こちらのお話は「小説家になろう」さまサイトでも公開、完結済みです)
秘密のノエルージュ
紺乃 藍
恋愛
大学生の菜帆には、人には言えない秘密の趣味がある。
それは女性が身に付ける下着――ランジェリーの世界に浸ること。
ちょっと変わった菜帆の趣味を知っているのは幼なじみの大和だけで、知られたときから菜帆は彼にからかわれる日々を送っていた。しかしクリスマスが近付いてきた頃から、菜帆は大和にいつも以上にからかわれたり振り回されるようになって――?
大学生幼なじみ同士の、可愛いクリスマスストーリーです。
※ Rシーンを含む話には「◆」表記あり。
※ 設定やストーリーはすべてフィクションです。実際の人物・企業・組織・団体には一切関係がありません。
※ ムーンライトノベルズにR18版、エブリスタ・ベリーズカフェにRシーンを含まない全年齢版を掲載しています。
【R18】特殊能力にかまけて学業をおろそかにするダメンズな隣人を挑発したら手篭めにされて【番外編閲覧注意】
AAKI
恋愛
神園 里保は、アパートを経営する祖母と二人暮らし。
同じ屋根の下で、同じ美術大学に通う二森 龍生と一緒に生活兼仕事をこなしていた。
しかし、別世界のモンスターの姿形と設定を作り変えれる『Reチェンジ』の能力にかまけて学校へ行かなくなってしまった龍生。
里保は、龍生の将来を憂うという建前で、体の自由と引き換えに登校させる。
所構わず体を求めてくる龍生に、里保の想いは伝わるのか。意地悪く辱めようとする龍生の真意とは。
自分達が作り変えたもう一つの世界に騒乱が降り注ぐ頃、里保達の住む世界にはクリスマスがやってくるのだが……。
仕事ができて顔だけ良ければ良いってものではない。真面目で慎みがあれば素敵ってわけでもない。2人の反する気持ちが交錯するスクール&オフィス・ラブ。
※少年誌に載せられない描写がある場合はサブタイトルに☆が付きます。また、女性が性的に嬲られるといった過激なシーンを含む場合があります。押絵はたまにありますけど、期待すんなよ。
番外編につきましては、拙作『悪友の薬は女体化するやつで、美人の親友は当たり前のように堕ちる』を読んでいると「あ~・・・」ってなりますが、ガチヤバなので閲覧注意です。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる