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三つのコイン
異界
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目の前に広がる光景は、コンビニエンスストアの前で見たものと、まるで同じだった。美しい稜線を描く青い山々、心地よい風にそよぐ鮮やかな緑の草原、降り注ぐ日の光はあたたかく優しく大地を包み込む――。イオは大地にぴったりと身を寄せ、大地の腕をつかんだままだ。
――うわ。女の子がこんなにくっついて……。
「あれっ!?」
目の前の風景に驚いたが、自分の姿にも大地は驚いた。いつのまにか大地の服が変わっていた。パジャマではなく、なぜか西洋の民族衣装風の衣服を着ていて、ちゃんと靴も履いていた。自然の素材で作られたであろうその服と靴は、大地のサイズにぴったりと合っていて、着心地も良く、活動的に動きやすい感じだった。
「な、なんで! いつの間に……!」
「外にいるのに、眠るときの服を着て裸足、ではなんですからね」
服も靴もとってもお似合いですよ、と言わんばかりににっこりとイオは微笑む。
「ここが異界です。まあ私にとってはここが私の住む世界、そしてあなたの暮らす世界が私にとって異界なのですが」
「もしかして、死後の世界……。俺、死んだのか……?」
広がる緑の中に、様々な野の花が彩りを添えている。美しい自然の色彩に満ちた風景は天国の花畑を連想させた。
「……まったく私の話を聞いてない」
「あ! ひょっとして、あんたは俺を迎えに来た天使なのか!?」
柔らかな陽光に、長い金の髪をきらめかせながら佇むイオは、天使のような美しさだった。純白の翼こそ生えていなかったが。
大地はうなだれていた。人生が終わった、そう思い込んでいた。
「最後の晩餐がコンビニのチキン南蛮か……。まあそれはそれで俺らしいけど」
「……どうしたら話をわかってもらえるのかなあ」
イオは溜息をつく。
「あっ! わかったぞ! あのメダル、あれは三途の川の渡し賃だったのか!」
ちょうど、すぐ近くに川が流れていた。
「なんのことかわかりませんが、違います!」
イオはいつの間にか大地の財布を手にしていた。
「あっ! それ俺の財布!」
イオはあの三枚の謎の金貨を財布から取り出す。
「あの本がこの世界に通じる扉なら、この金貨はその扉を開く鍵なのです。一枚は、こちらの世界にくるための鍵、もう一枚は案内人――、つまり私のことなのですが。それを呼び出すためのもの。そしてもう一枚は元の世界へ帰るための鍵です。一枚一枚違う透かしが入っています。陽に透かすと丸、星、四角とそれぞれ模様が入っています」
金貨を陽にかざしてみると、確かにそれぞれ模様が入っていた。
「なんで金貨なのに透けるんだ!? すっげえ不思議!」
そもそもがありえない状況なのでいまさらな気もするが、とりあえず透ける金貨の不思議さに驚く大地。
「と、いうわけですので、この金貨はしっかり持っていてくださいね」
イオはこぼれるような笑顔で三枚の金貨を手渡す。
「いや金貨じゃなくて財布を返してくれよ!」
「これは一応私が持ってます。あなたが私のもとを勝手に離れないように」
あっという間にイオは、大地の財布を自分の白い胸元にすべりこませる。
「ああっ! なんてことを!」
にっこりと微笑むイオ。大地が女の子の胸の中にいきなり手を突っ込むような野蛮な男ではないと、イオにはわかっていた。
「……こいつは天使じゃなくて悪魔だ……」
大地はふたたびうなだれた。
「さあ、では参りましょう」
「……いよいよ閻魔様のところへ行くのか」
「違います。アルデバラン様のお屋敷です」
「アルデ……バラン様?」
「この世界に住む偉大なる魔女です。」
「魔女?」
「アルデ様は、強大な力をお持ちなのに、とっても楽しい素敵な方なのですよ」
「……怖くないのか?」
「怖いだなんてとんでもない! 私はアルデ様に仕える従者でもあります。アルデ様のお人柄は私が保証いたします。すぐ着きますから楽しみにしていてくださいね」
うららかな日差しの中、二人は草原の中を歩いていく。薄紫の小さなかわいらしい花や白い花、桃色の花などたくさんの花々も咲いている。大地は草花に詳しくないので、実際に身近に咲いている花かどうかわからない。でも、どの花もちょっと見たことがないな、と思った。とても綺麗だ、こういう素晴らしい景色の中を最愛の人と歩けたらどんなにいいだろう、とふと思う。
――でも、俺は死んでしまっているんだろうか。死んでしまったら、そんなささやかな夢でさえもう叶わないということだろうか。それとも、死んでからもこうして意識があるんだから、死んでからの人生があるってことなんだろうか? でも、イオはなんだか変なことを言っていた。イオが言うように俺は、生きたまま別の空間とやらに迷い込んだんだろうか?
異界、とイオは説明していたが、そうなのだろうか、と大地はぼんやりした頭で考える。夢や幻覚など脳が生み出した世界にしては、体の感覚がはっきりある。土を踏みしめ、一歩一歩自分の足で歩いている確かな感覚がある。肉体の感覚が普通にあるということは、死後の世界でもないのかもしれない。ということは、SFやファンタジーの物語のように――そんなものが存在するとは信じられないけれど――イオが言うとおり、どうやら俺は本当に現実とは別の空間に迷い込んでしまったのだ、と大地は思いはじめていた。大地の中では、死後の世界が存在するというより異界というもののほうがはるかに信じがたいという感覚だったが。
少し歩くと小道に出た。爽やかな風が吹き抜ける。優しい花の香りがした。
――うわ。女の子がこんなにくっついて……。
「あれっ!?」
目の前の風景に驚いたが、自分の姿にも大地は驚いた。いつのまにか大地の服が変わっていた。パジャマではなく、なぜか西洋の民族衣装風の衣服を着ていて、ちゃんと靴も履いていた。自然の素材で作られたであろうその服と靴は、大地のサイズにぴったりと合っていて、着心地も良く、活動的に動きやすい感じだった。
「な、なんで! いつの間に……!」
「外にいるのに、眠るときの服を着て裸足、ではなんですからね」
服も靴もとってもお似合いですよ、と言わんばかりににっこりとイオは微笑む。
「ここが異界です。まあ私にとってはここが私の住む世界、そしてあなたの暮らす世界が私にとって異界なのですが」
「もしかして、死後の世界……。俺、死んだのか……?」
広がる緑の中に、様々な野の花が彩りを添えている。美しい自然の色彩に満ちた風景は天国の花畑を連想させた。
「……まったく私の話を聞いてない」
「あ! ひょっとして、あんたは俺を迎えに来た天使なのか!?」
柔らかな陽光に、長い金の髪をきらめかせながら佇むイオは、天使のような美しさだった。純白の翼こそ生えていなかったが。
大地はうなだれていた。人生が終わった、そう思い込んでいた。
「最後の晩餐がコンビニのチキン南蛮か……。まあそれはそれで俺らしいけど」
「……どうしたら話をわかってもらえるのかなあ」
イオは溜息をつく。
「あっ! わかったぞ! あのメダル、あれは三途の川の渡し賃だったのか!」
ちょうど、すぐ近くに川が流れていた。
「なんのことかわかりませんが、違います!」
イオはいつの間にか大地の財布を手にしていた。
「あっ! それ俺の財布!」
イオはあの三枚の謎の金貨を財布から取り出す。
「あの本がこの世界に通じる扉なら、この金貨はその扉を開く鍵なのです。一枚は、こちらの世界にくるための鍵、もう一枚は案内人――、つまり私のことなのですが。それを呼び出すためのもの。そしてもう一枚は元の世界へ帰るための鍵です。一枚一枚違う透かしが入っています。陽に透かすと丸、星、四角とそれぞれ模様が入っています」
金貨を陽にかざしてみると、確かにそれぞれ模様が入っていた。
「なんで金貨なのに透けるんだ!? すっげえ不思議!」
そもそもがありえない状況なのでいまさらな気もするが、とりあえず透ける金貨の不思議さに驚く大地。
「と、いうわけですので、この金貨はしっかり持っていてくださいね」
イオはこぼれるような笑顔で三枚の金貨を手渡す。
「いや金貨じゃなくて財布を返してくれよ!」
「これは一応私が持ってます。あなたが私のもとを勝手に離れないように」
あっという間にイオは、大地の財布を自分の白い胸元にすべりこませる。
「ああっ! なんてことを!」
にっこりと微笑むイオ。大地が女の子の胸の中にいきなり手を突っ込むような野蛮な男ではないと、イオにはわかっていた。
「……こいつは天使じゃなくて悪魔だ……」
大地はふたたびうなだれた。
「さあ、では参りましょう」
「……いよいよ閻魔様のところへ行くのか」
「違います。アルデバラン様のお屋敷です」
「アルデ……バラン様?」
「この世界に住む偉大なる魔女です。」
「魔女?」
「アルデ様は、強大な力をお持ちなのに、とっても楽しい素敵な方なのですよ」
「……怖くないのか?」
「怖いだなんてとんでもない! 私はアルデ様に仕える従者でもあります。アルデ様のお人柄は私が保証いたします。すぐ着きますから楽しみにしていてくださいね」
うららかな日差しの中、二人は草原の中を歩いていく。薄紫の小さなかわいらしい花や白い花、桃色の花などたくさんの花々も咲いている。大地は草花に詳しくないので、実際に身近に咲いている花かどうかわからない。でも、どの花もちょっと見たことがないな、と思った。とても綺麗だ、こういう素晴らしい景色の中を最愛の人と歩けたらどんなにいいだろう、とふと思う。
――でも、俺は死んでしまっているんだろうか。死んでしまったら、そんなささやかな夢でさえもう叶わないということだろうか。それとも、死んでからもこうして意識があるんだから、死んでからの人生があるってことなんだろうか? でも、イオはなんだか変なことを言っていた。イオが言うように俺は、生きたまま別の空間とやらに迷い込んだんだろうか?
異界、とイオは説明していたが、そうなのだろうか、と大地はぼんやりした頭で考える。夢や幻覚など脳が生み出した世界にしては、体の感覚がはっきりある。土を踏みしめ、一歩一歩自分の足で歩いている確かな感覚がある。肉体の感覚が普通にあるということは、死後の世界でもないのかもしれない。ということは、SFやファンタジーの物語のように――そんなものが存在するとは信じられないけれど――イオが言うとおり、どうやら俺は本当に現実とは別の空間に迷い込んでしまったのだ、と大地は思いはじめていた。大地の中では、死後の世界が存在するというより異界というもののほうがはるかに信じがたいという感覚だったが。
少し歩くと小道に出た。爽やかな風が吹き抜ける。優しい花の香りがした。
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