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第1章 都市
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「……えーっと…、ゆた君?…あれ?ゆうた君…かな?」
スマートフォンを片手に、女性が勇太に声をかけた。
「あっ…!はっ…はい…!ゆうた、です…!」
心臓が飛び上がり、上ずった声が出た。
「あっ、ゆうた君ね!初めまして!えりかと申します!」
胸元まで伸びるパーマがかったダークブラウンの髪を垂らし、深々とお辞儀をする女性が”Erika”だった。
デニムのショートパンツを履き、グレーのタンクトップの上に白の薄いガウンを羽織ったスレンダーな女性。
膨らんだ胸はインナーにふっくらとした丸みを描き、真夏と思わせないような澄んだ色白の素肌が日の光に反射する。
「は、はじめまして…!」
勇太もぎこちなくお辞儀を返した。ふと、視界にErikaの足元が映り込む。黄土色の底に白い鼻緒のついた、かかとのないペタンコのトングサンダル。まっすぐに伸びたギリシャ型の足指と、ケアの行き届いた爪の形が美しかった。
「掲示板でのお返事、ありがとうございました!よろしくお願いします」
高い鼻と二重まぶたのハッキリした顔立ちに似合う凛とした芯のある声。勇太も「よろしくお願いします…!」と再度頭を下げた。
「…よし、じゃあ、えーっと…とりあえず暑いので近くのカフェに入りましょうか」
「は、はい…!」
駅前に構えるチェーン店のカフェに入り、レジでアイスカフェラテをお揃いで購入すると、店内の隅の二人席に勇太とErikaは腰かけた。
空調の利いた中、数か月ぶりのコーヒーで喉を潤すと懐かしい苦みが口に広がり、どことなくホッとした。
「…改めまして、この度は本当にありがとうございます!」
グラスの1/3を一気に飲み干して、Erikaは口を開いた。
「えーっと…そうだな。私、本田瑛莉香と申します」
彼女の口から早速本名が告げられた。ネットを介して初めて会ったにもかかわらず、情報開示の早さに勇太は一瞬動揺した。丁寧に『瑛莉香』という名前を漢字でどう表すかまで説明されると、勇太も同じようにフルネームと漢字を教えて返した。
「なるほど、海野勇太君…へぇ~…」
早くも奥底を探りたそうな好奇心溢れる眼差しを向けられ、思わず目線を落とした。
「あっ、ごめん、まだ緊張してるよね…!」
瑛莉香が勇太のギクシャクした動作を見て取り直した。そしてストローを口に当ててコーヒーを再び流し込むと、小さく折られた1枚のA4サイズの紙をポケットから取り出し、それを開いた。
「でね、そうそう。そもそも今回の旅計画についてなんだけど…」
早くも敬語ではなくなっていることに気づいたが、瑛莉香は気にすることなく続ける。
「ズバリ、”非日常の旅”ってことで、普段の生活っぽいことから離れてみようって感じかな~」
折り目のついた紙に視線を向けながら、瑛莉香は大雑把に説明した。
「あっ、ちなみに勇太君って車酔いとか平気?」
どこかで見た芸人のように、彼女が紙の横からひょっこりと顔を覗かせた。
「は、はい…!全然大丈夫です…!」
勇太は緊張しながら答えた。
「そっかそっか。いや、私の車ちょっと揺れやすくて」
瑛莉香が苦笑いを浮かべながら呟いた。
「あと、荷物いっぱい持ってきてくれたんだよね。ごめん私なんも言ってなかったね」
勇太のパンパンに膨らんだリュックサックを見て瑛莉香が言った。
「一応必要そうなものは全部入れてきました。……えーと…あの…足りなかったらすみません…」
「ああ、気にしないで。まぁ非日常とはいえ、多少の調達ぐらいはする予定だから」
瑛莉香が自嘲気味に返した。
直後に瑛莉香がお手洗いで席を立ち、再び戻ってきたところでプランの詳細が告げられた。
「…で、まず主な内容としては、車で色々回りながら各地を巡ること。
スレッドにも書いたけど、ホテルとかは泊まらないで、寝るのは基本的に車内で。
暑いかな?ご飯もなるべくお店とかに入らないようにしたいけど、多分コンビニぐらいは行くかもって感じで!」
瑛莉香が紙と勇太の目を交互に見ながら説明を進めた。
「お風呂は銭湯とかに寄って、洗濯はコインランドリーとかあればそこで。一応車に吊るすとこ作っておいたから、乾燥機使えなかったら車内で地道に乾かす感じ。洗顔とかは…そうだなぁ…。まぁそこも銭湯とか道の駅とかを上手く使おっか!」
風呂や着替え、洗顔についてはどうするつもりなのかは密かに気になっていた。
特に真夏の今はシャワーと着替えだけでも毎日したいところだが、それも状況によって左右しそうだ。
「あと場所は、まずこっから出て南方面に下って、工業地帯を抜けたら高速道路で海を横断して、東側の方まで突っ切って、この場所に戻ってくるってルートかな~」
頭の中で浮かべた地図を、繊麗な人差し指で空中に大雑把に表現した。
「…って感じで、すんごいザックリしちゃってんだけど、何か質問ある?」
「…あっ…えっと…特には無いです…!」
こんな形式の旅自体があまり想像がつかないせいか、特段聞くことがなかった。瑛莉香の話しぶりからも、きっと細かくキッチリとは考えていないだろう。妄想しようにも相応しい切り口が見当たらない、本当の未知なる世界という感覚だった。
「あっ、あとスマホはNGね!道調べたりも紙の地図でやるつもりだし、
SNSとかにも旅の事は書いちゃダメだよ?私たちだけの思い出にしたいから」
瑛莉香は念を押すように言った。
インターネットにも書き込めない、二人だけの世界。
直接会うのが今日で初めてという女性と、これからたった二人きりで過ごすことになる。
「…あの、瑛莉香……さん」
勇太は初めてその名を口にした。耳と頬に強い熱を感じた。
瑛莉香は勇太の瞳を見据えて次の言葉を待った。
「…僕、色々と自信ないんですけど…大丈夫ですか…?」
勇太は覇気のない声を漏らした。一瞬の沈黙が流れ、瑛莉香は蕾が開くように破顔した。
「うん、大丈夫大丈夫!安心して!嫌なこと全部忘れて、一緒にいい思い出つくろ!」
溌溂とした声と柔らかい笑顔に、勇太は目を見開いた。異性からこんな温かい言葉と表情を向けられたのは初めてだった。
「…まっ、とりあえず、始まってからのお楽しみってことで」
瑛莉香は紙を再び折り目に沿って小さく畳んでポケットにしまった。
「…じゃあ、行こっか!」
グラスの中身を殻にして、二人は席を立った。
店内を出ると、うだるような暑さが全身に覆い被さる。勇太は1歩後ろを歩くようにして、瑛莉香についていった。
彼女の足は待ち合わせをした広場を通過し、愛車を停めた駐車場へと向かっていく。
1歩1歩進む度、鼓動は早くなっていく。女性の運転する車に乗れる。そしてその女性は素足にサンダル。興奮が勇太の胸を激しく叩いた。
ものの数分で雑居ビルの並ぶ通りの中に小さなコインパーキングが見えた。瑛莉香は速度を緩め、精算機の前で立ち止まって財布を取りだした。
車が数台停められていたが、彼女の愛車は一目で分かった。コバルトの青いプレオ。駐車場の一番左奥に停められている。ヘッドライトが黄ばみ、車体には所々塗装が剥げた痕。ホイールに光沢はなく、タイヤは砂埃を被っている。写真に写っているものと全く同じ状態だった。
瑛莉香が精算を終えると、車室のロックが下りた。古びた愛車を指で示して苦笑を浮かべると、勇太を助手席の方へ促した。キーを差し込んでドアを開け、運転席に乗り込んで車内から助手席のドアのロックを外す。
勇太は緊張する手で助手席のドアを開けて乗り込むと、車内に溜まった熱気が皮膚にまとわりついた。リュックサックを両脚で挟むようにして下に置き、シートベルトを締めて車内を見渡した。
年代は分からないが、造りと色合いを見る限りはかなり長く乗られてきた中古車という感じだった。コラムシフトのレバーが運転席の左手側についており、カーステレオもCDの他にカセットテープの差し込み口がある。後部座席には勇太のリュックよりも大きなバッグが二つ乗せられており、上には車内で干すための1本針金がガムテープで突貫的に止められてあった。
エアコンから吐き出された冷気が湿った熱気を徐々に駆逐していく。瑛莉香は白のガウンを脱いで後部座席へ無造作に置いた。透き通るような二の腕が現れ、勇太の心拍数が上がる。
「…さて、出発しよっか!」
瑛莉香はサンダルを突っかけた足でブレーキを踏み、車のキーを差し込んで勢いよくひねった。回転するセルモーターがキュルキュルと乾いた音を立てながら車体を小刻みに揺らす。しかし回転が鈍く、エンジンがなかなか始動しない。瑛莉香は再度キーをひねった。セルモーターの回る音が2,3秒ほど鳴ったところでエンジンが掛かった。
一連の光景に、勇太は身体が火照り、息遣いが荒くなった。外見からしてエンジンの掛かりは悪そうに思えたが、実際に目の前で見た時の衝撃と興奮は計り知れない。弱々しいセルの音、小刻みに揺れる車体、キーを回す瑛莉香の端正な横顔とペダルを踏み押さえた艶やかな足。一夜の夢を見ているようだった。その夢をここから先、何度も味わうことが出来る。
情欲を悟られないよう取り繕う勇太をよそ目に、サンダルを履いた素足でアクセルを何度か吹かす瑛莉香。思わず瞳孔を開く。素足の女性が車のペダルを踏むだけの一コマが、暴れ出した炎に大量の油を注ぐ。
「…ごめんね、こんなオンボロ車で」
アイドリングが安定した頃、瑛莉香が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「えっ…!…いや、いやいや!大丈夫です…!運転ありがとうございます…!」
我に返るようにして、顔の筋肉を弛緩させた。
「よし、じゃあ、行きましょう!」
シフトレバーを下げ、左足でサイドブレーキを外すと、右足をブレーキペダルから徐々に離した。
タイヤがゆっくりと転がり始め、車が動き出す。
瑛莉香はハンドルを右に切り、アクセルを軽く踏みながら出入り口へ向かって車を走らせた。
こうして、瑛莉香との”非日常の旅”が始まりを告げることとなる。
スマートフォンを片手に、女性が勇太に声をかけた。
「あっ…!はっ…はい…!ゆうた、です…!」
心臓が飛び上がり、上ずった声が出た。
「あっ、ゆうた君ね!初めまして!えりかと申します!」
胸元まで伸びるパーマがかったダークブラウンの髪を垂らし、深々とお辞儀をする女性が”Erika”だった。
デニムのショートパンツを履き、グレーのタンクトップの上に白の薄いガウンを羽織ったスレンダーな女性。
膨らんだ胸はインナーにふっくらとした丸みを描き、真夏と思わせないような澄んだ色白の素肌が日の光に反射する。
「は、はじめまして…!」
勇太もぎこちなくお辞儀を返した。ふと、視界にErikaの足元が映り込む。黄土色の底に白い鼻緒のついた、かかとのないペタンコのトングサンダル。まっすぐに伸びたギリシャ型の足指と、ケアの行き届いた爪の形が美しかった。
「掲示板でのお返事、ありがとうございました!よろしくお願いします」
高い鼻と二重まぶたのハッキリした顔立ちに似合う凛とした芯のある声。勇太も「よろしくお願いします…!」と再度頭を下げた。
「…よし、じゃあ、えーっと…とりあえず暑いので近くのカフェに入りましょうか」
「は、はい…!」
駅前に構えるチェーン店のカフェに入り、レジでアイスカフェラテをお揃いで購入すると、店内の隅の二人席に勇太とErikaは腰かけた。
空調の利いた中、数か月ぶりのコーヒーで喉を潤すと懐かしい苦みが口に広がり、どことなくホッとした。
「…改めまして、この度は本当にありがとうございます!」
グラスの1/3を一気に飲み干して、Erikaは口を開いた。
「えーっと…そうだな。私、本田瑛莉香と申します」
彼女の口から早速本名が告げられた。ネットを介して初めて会ったにもかかわらず、情報開示の早さに勇太は一瞬動揺した。丁寧に『瑛莉香』という名前を漢字でどう表すかまで説明されると、勇太も同じようにフルネームと漢字を教えて返した。
「なるほど、海野勇太君…へぇ~…」
早くも奥底を探りたそうな好奇心溢れる眼差しを向けられ、思わず目線を落とした。
「あっ、ごめん、まだ緊張してるよね…!」
瑛莉香が勇太のギクシャクした動作を見て取り直した。そしてストローを口に当ててコーヒーを再び流し込むと、小さく折られた1枚のA4サイズの紙をポケットから取り出し、それを開いた。
「でね、そうそう。そもそも今回の旅計画についてなんだけど…」
早くも敬語ではなくなっていることに気づいたが、瑛莉香は気にすることなく続ける。
「ズバリ、”非日常の旅”ってことで、普段の生活っぽいことから離れてみようって感じかな~」
折り目のついた紙に視線を向けながら、瑛莉香は大雑把に説明した。
「あっ、ちなみに勇太君って車酔いとか平気?」
どこかで見た芸人のように、彼女が紙の横からひょっこりと顔を覗かせた。
「は、はい…!全然大丈夫です…!」
勇太は緊張しながら答えた。
「そっかそっか。いや、私の車ちょっと揺れやすくて」
瑛莉香が苦笑いを浮かべながら呟いた。
「あと、荷物いっぱい持ってきてくれたんだよね。ごめん私なんも言ってなかったね」
勇太のパンパンに膨らんだリュックサックを見て瑛莉香が言った。
「一応必要そうなものは全部入れてきました。……えーと…あの…足りなかったらすみません…」
「ああ、気にしないで。まぁ非日常とはいえ、多少の調達ぐらいはする予定だから」
瑛莉香が自嘲気味に返した。
直後に瑛莉香がお手洗いで席を立ち、再び戻ってきたところでプランの詳細が告げられた。
「…で、まず主な内容としては、車で色々回りながら各地を巡ること。
スレッドにも書いたけど、ホテルとかは泊まらないで、寝るのは基本的に車内で。
暑いかな?ご飯もなるべくお店とかに入らないようにしたいけど、多分コンビニぐらいは行くかもって感じで!」
瑛莉香が紙と勇太の目を交互に見ながら説明を進めた。
「お風呂は銭湯とかに寄って、洗濯はコインランドリーとかあればそこで。一応車に吊るすとこ作っておいたから、乾燥機使えなかったら車内で地道に乾かす感じ。洗顔とかは…そうだなぁ…。まぁそこも銭湯とか道の駅とかを上手く使おっか!」
風呂や着替え、洗顔についてはどうするつもりなのかは密かに気になっていた。
特に真夏の今はシャワーと着替えだけでも毎日したいところだが、それも状況によって左右しそうだ。
「あと場所は、まずこっから出て南方面に下って、工業地帯を抜けたら高速道路で海を横断して、東側の方まで突っ切って、この場所に戻ってくるってルートかな~」
頭の中で浮かべた地図を、繊麗な人差し指で空中に大雑把に表現した。
「…って感じで、すんごいザックリしちゃってんだけど、何か質問ある?」
「…あっ…えっと…特には無いです…!」
こんな形式の旅自体があまり想像がつかないせいか、特段聞くことがなかった。瑛莉香の話しぶりからも、きっと細かくキッチリとは考えていないだろう。妄想しようにも相応しい切り口が見当たらない、本当の未知なる世界という感覚だった。
「あっ、あとスマホはNGね!道調べたりも紙の地図でやるつもりだし、
SNSとかにも旅の事は書いちゃダメだよ?私たちだけの思い出にしたいから」
瑛莉香は念を押すように言った。
インターネットにも書き込めない、二人だけの世界。
直接会うのが今日で初めてという女性と、これからたった二人きりで過ごすことになる。
「…あの、瑛莉香……さん」
勇太は初めてその名を口にした。耳と頬に強い熱を感じた。
瑛莉香は勇太の瞳を見据えて次の言葉を待った。
「…僕、色々と自信ないんですけど…大丈夫ですか…?」
勇太は覇気のない声を漏らした。一瞬の沈黙が流れ、瑛莉香は蕾が開くように破顔した。
「うん、大丈夫大丈夫!安心して!嫌なこと全部忘れて、一緒にいい思い出つくろ!」
溌溂とした声と柔らかい笑顔に、勇太は目を見開いた。異性からこんな温かい言葉と表情を向けられたのは初めてだった。
「…まっ、とりあえず、始まってからのお楽しみってことで」
瑛莉香は紙を再び折り目に沿って小さく畳んでポケットにしまった。
「…じゃあ、行こっか!」
グラスの中身を殻にして、二人は席を立った。
店内を出ると、うだるような暑さが全身に覆い被さる。勇太は1歩後ろを歩くようにして、瑛莉香についていった。
彼女の足は待ち合わせをした広場を通過し、愛車を停めた駐車場へと向かっていく。
1歩1歩進む度、鼓動は早くなっていく。女性の運転する車に乗れる。そしてその女性は素足にサンダル。興奮が勇太の胸を激しく叩いた。
ものの数分で雑居ビルの並ぶ通りの中に小さなコインパーキングが見えた。瑛莉香は速度を緩め、精算機の前で立ち止まって財布を取りだした。
車が数台停められていたが、彼女の愛車は一目で分かった。コバルトの青いプレオ。駐車場の一番左奥に停められている。ヘッドライトが黄ばみ、車体には所々塗装が剥げた痕。ホイールに光沢はなく、タイヤは砂埃を被っている。写真に写っているものと全く同じ状態だった。
瑛莉香が精算を終えると、車室のロックが下りた。古びた愛車を指で示して苦笑を浮かべると、勇太を助手席の方へ促した。キーを差し込んでドアを開け、運転席に乗り込んで車内から助手席のドアのロックを外す。
勇太は緊張する手で助手席のドアを開けて乗り込むと、車内に溜まった熱気が皮膚にまとわりついた。リュックサックを両脚で挟むようにして下に置き、シートベルトを締めて車内を見渡した。
年代は分からないが、造りと色合いを見る限りはかなり長く乗られてきた中古車という感じだった。コラムシフトのレバーが運転席の左手側についており、カーステレオもCDの他にカセットテープの差し込み口がある。後部座席には勇太のリュックよりも大きなバッグが二つ乗せられており、上には車内で干すための1本針金がガムテープで突貫的に止められてあった。
エアコンから吐き出された冷気が湿った熱気を徐々に駆逐していく。瑛莉香は白のガウンを脱いで後部座席へ無造作に置いた。透き通るような二の腕が現れ、勇太の心拍数が上がる。
「…さて、出発しよっか!」
瑛莉香はサンダルを突っかけた足でブレーキを踏み、車のキーを差し込んで勢いよくひねった。回転するセルモーターがキュルキュルと乾いた音を立てながら車体を小刻みに揺らす。しかし回転が鈍く、エンジンがなかなか始動しない。瑛莉香は再度キーをひねった。セルモーターの回る音が2,3秒ほど鳴ったところでエンジンが掛かった。
一連の光景に、勇太は身体が火照り、息遣いが荒くなった。外見からしてエンジンの掛かりは悪そうに思えたが、実際に目の前で見た時の衝撃と興奮は計り知れない。弱々しいセルの音、小刻みに揺れる車体、キーを回す瑛莉香の端正な横顔とペダルを踏み押さえた艶やかな足。一夜の夢を見ているようだった。その夢をここから先、何度も味わうことが出来る。
情欲を悟られないよう取り繕う勇太をよそ目に、サンダルを履いた素足でアクセルを何度か吹かす瑛莉香。思わず瞳孔を開く。素足の女性が車のペダルを踏むだけの一コマが、暴れ出した炎に大量の油を注ぐ。
「…ごめんね、こんなオンボロ車で」
アイドリングが安定した頃、瑛莉香が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「えっ…!…いや、いやいや!大丈夫です…!運転ありがとうございます…!」
我に返るようにして、顔の筋肉を弛緩させた。
「よし、じゃあ、行きましょう!」
シフトレバーを下げ、左足でサイドブレーキを外すと、右足をブレーキペダルから徐々に離した。
タイヤがゆっくりと転がり始め、車が動き出す。
瑛莉香はハンドルを右に切り、アクセルを軽く踏みながら出入り口へ向かって車を走らせた。
こうして、瑛莉香との”非日常の旅”が始まりを告げることとなる。
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