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第二部・スノーフレークを探して

5・スノーフレーク

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 フロントの白んだ空に目を覚ますと、隣りには彼が眠っている。あどけない寝顔は弟のようだ。貴重品だけ持って美子は洗面に向かう。朝の五時――。

 戻ると満陽は起き上がっている。

「あ、起きたんだ。コーヒー飲む? カップのヤツだけど」

「じゃあ、ブラックでお願いします」

 道の駅併設の販売機へ向かい、コーヒーが入るのを待った。七台止まった駐車場の片隅では、朝からもう元気な子供たちがサッカーを始めている。親は何を、と目くじらは立てない。

「私の一存でホットにしたわ。今朝はちょっと涼しいし」

「はい。ありがとうございます」

 リアに腰かけて、二人でコーヒーの湯気を立てる。

「小説の夏雪さんは、結局五年七か月のコールドスリープを選ぶんですよね」

「そうね」

「彼女の目が覚めたら主人公の光晴が二十三歳なんですよね」

「ええ」

「彼女が選んだ覚醒の日は、主人公の誕生日。クリスマス」

「彼女は、そこに雪を待ったのかも知れないわね」

 美子は飲み終えたカップを灰皿にする。そこへ彼が、

「僕、やっぱりここから一人で帰ってみます」

「いいの?」

「はい。それから『かいぜる』のままにします。名前は変えません。変えても、それはそれでまた目立つことだと思いますし。目立つの、好きじゃないんです」

「そうか――でもヒッチハイカーは目立たなきゃでしょ。大丈夫なの?」

 彼は半分飲んだコーヒーを両手に挟み、眩しそうに空を見た。十代特有の、根拠のない希望をはらんだ瞳だった。もうすっかり自分の失くしたものを見せられて彼女は胸を痛める。

「スノーフレークって、今は咲いてないんですか」

 彼は視線を地面へ戻して訊ねる。

「あれは――五月くらいには終わる花なの。季節っていうのは曖昧だから、春のような冬もあれば、秋のような夏もあるかも知れない」

 ならば私は春のような夏を過ごしたのだろうかと美子は思う。遠くへ置き去りにした春の匂いのする夏。

「美子さん、もう小説は書かないんですか」

 彼は自然にそう呼んだ。

「そうね。そんな時間はなくなっちゃうから」

「もし書けたら、この旅のこと読みたいです」

「マグロ丼とカツカレー?」

「そうですね。そういうことも」

 彼はコーヒーのカップを傾ける。

「僕もブラックコーヒーは苦手でした。でも、誰と飲むかで味が変わるんですね。美味しかったです。この夏の成長のひとつです。光晴みたいに絵が描ければ、僕もナユキさんのこと描いてみたかったです」

「彼が描いたのはヌードよ」

「それでも」

「その前にキスしなきゃ」

 その軽口にもちろん答えはなかった。旅の終わりを感じていた。このまま彼をどこかへ運び、そしてまた各々の生活へと別れてゆく。



~次回最終話~
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みんなの感想(5件)

るしあん
2021.08.12 るしあん

完結 お疲れ様でした

余韻の残る良いラストだったと思います

完結したので 書きますが かなり昔に
このお話の 逆バージョンの漫画を見た事があります

大学の山岳部に所属していた彼女が クレパスに落ちてしまいます
彼女の恋人である男は ショックの為 誰とも付き合わずに 時がすぎます

男が 初老に差し掛かる頃、彼女は発見され、無事に蘇生されるのですが 記憶を無くしている上に 身内が既に亡くなり いません

男は 彼女を引き取り 彼女の面倒を見るのですが 記憶の無い彼女は、男が かつての恋人だと気付きません

やがて彼女は 別の男に恋をするように…
男は それを見守り やがて病気の為に亡くなる寸前に 彼女の記憶が よみがえって……

かなり昔の漫画で 作者も 題名も ラスト
さえ うろ覚えですが 悲しいラストでした

ですので 救いのある ラストシーンで
安心しました

改めて ありがとうございました



テヅカミ ユーキ
2021.08.12 テヅカミ ユーキ

>るしあんさん

そんなお話があったんですね! 存じ上げませんでした。
私も最初は第一部だけで、思春期の男の子の切ない初恋を描いただけの物語でした。
ただ、こちらで連載するにあたって、まったく別のものを追加しようと思いまして。

これからも、いろいろなものにインスパイアされながら書いていきたいと思います。
ご精読、ありがとうございました。

解除
るしあん
2021.08.09 るしあん

『胡蝶の夢(こちょうのゆめ)』
お話を 読んでいたら 浮かびました

最近は リアル と 執筆の両方が
忙しいため 中々 感想が 遅れません
が きちんと 読んでいました

中々 重い展開ですが 続きを 楽しみに
お待ちします

ありがとうございました

テヅカミ ユーキ
2021.08.09 テヅカミ ユーキ

>るしあんさん

ご感想ありがとうございます。
毎日しおりの更新があるので励みになっています。

胡蝶の夢ですか。興味深いモチーフではありますよね。
現実というものはいつも脆いものかも知れません。
あと数話で終わる物語ではありますが、最後までおつき合いいただければ幸いです。

その後はまた考えている連載があるので、その際はこちらで発表しようと思います。
台風大雨は大大丈夫でしたでしょうか。暑い夏、お気をつけてお過ごしください。

解除
るしあん
2021.07.27 るしあん

第二部が 全く 別の物語から始まる
とは 面白い 試みですね

第一部 が 重苦しい雰囲気で 終わった
ので どう展開するか 楽しみにしてます

更新 お待ちしてます
ありがとうございました

テヅカミ ユーキ
2021.07.27 テヅカミ ユーキ

>るしあんさん

ご感想ありがとうございます。
第二部は夏休みのこの時期に合った、青春ストーリーになっていると思います。
短い連載だとは思いますが、どうぞお楽しみください。

解除

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