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77・手
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~前書き~
決して敦子さんを忘れていた訳ではないのです。。
最近、別原稿にはまって大手の賞を頂いたり、煩わし……忙しかったので。
自分自身、話の筋を忘れかけているので、思い出しながらゆっくり書いてゆきます。
マリィが消えて――日暮れまでには戻ってくる約束をして、僕は田村さんと東横さんの姿を何度もカメラに収める。あくまで日暮れからのロケハンなのだが、ついつい長撮りしてしまう不思議な画になってしまうのだ。何匹もの金魚がお祭り屋台を泳ぎ回っているような気分にさせる。
それにしても涼しい。傾き始めた陽の中で、夏が終わったことをしみじみと感じる。まだまだ緑は濃く、東の空は青く澄んでいる。それでも秋へと向かう風は、どうして心を切なくさせるのだろう。一年前も、今年も、僕にとっては大きな夏だった。捨て去るもの、受け入れるもの、どちらも上手くいかず、足踏みを続けている。僕はいつまで夏にしがみついているんだろう。手放せる日が来るのだろう。
「あの、竜崎さん――」
カメラを持って屋台を回る人々を眺めていると、東横さんが声をかけてきた。
「何かあった?」
彼女は遠くを指差して言う。
「ああいうのは、どうですか」
彼女の指した先を見ると、肩車をされた子どもが綿あめを握っていた。
「いいね。撮っておこう」
カメラを回して、暮れかかった空にシルエットを映す肩車の子どもの画が撮れた。
「こういうのって、コラージュだから。画がたくさんあると助かるんだ。ありがとう」
「いえ――ところでレッドカーペットはどちらへ行かれたんでしょうね」
確かに気がつけば付近にはいない。
「気ままな人だからなあ。そのうち戻ってくると思うけど。しばらく二人で屋台を回ってみようか」
「え――は、はい。そうしましょう」
彼女はなぜか焦った声で、早口に答えた。
「東横さん。浴衣、似合うんだね」
「え……そうですか……」
「うん。今日は存在感、すごくあるよ」
「その……ありがとうございます……」
僕らはしばらく二人で広場を回る。東横さんの視点は不思議でいて、目から鱗が落ちるような着眼点だった。櫓のそばに小さく咲いた見過ごしそうな花。電球の切れかかった提灯の明かり。僕はそれをいちいちカメラに収める。
それにしても田村さんはどこへ行ったのやら、本当に姿が見えない。
と、串焼き屋台の裏から、実寸に戻ったマリィが戻ってきた。東横さんがそっと抱き上げる。
――ただいま。面白いものはあったかしら。
そろそろと人の増え始めた賑わいの中で、マリィの声は目立たない。
「うん。東横さんのお蔭で。ところで田村さん見なかった? ずっといないんだけど」
――敦子さんなら、あっちよ。運営のテントの方。何やら難しい顔でおじさんたちと話していたけれど。
言っているうちに、青い浴衣姿が下駄を鳴らして戻ってきた。
「どうしたの田村さん。そろそろ本番撮りなんだけど」
「あらそう。けれど私、あとで予定が入ってしまったわ」
「予定? 困るよ、今日はこっちに協力してくれる約束だよ」
「大丈夫よ。まだしばらくはつき合えるし。それに、メインは瑞奈とマリィに任せればいいの。今日の私は音響担当。一時間後をお楽しみに――。さあ、しばらくお祭りを楽しみましょう。それより竜崎君、私にもそのカメラ貸してくれるかしら。ちょっと撮ってみたいわ」
珍しい。出しゃばりの田村さんがレッドカーペットから足を下ろした。
「学校の借りものだから丁寧にね――」
僕がカメラを渡すと、
「大丈夫。私は少し機械をいじっただけで爆発させるようなアニメのウッカリ少女ではないから。それより瑞奈、しばらくマリィを下ろして、竜崎君と手を繋ぎなさい」
何を言い出すかと思えば――。
「田村さん、そういうのいいから。東横さんも困ってるだろ」
すると東横さんが小声で、
「――私は、いいいですけど」
思いがけず、そう答えた。
「よっしゃ! それでは撮影スタート!」
田村さんの雄たけびに、浴衣の東横さんがマリィを下におろして、うつむいた。
「どっちの――手がいいですか」
まさかの乗り気だった。戸惑っているのは僕だけか。
「じゃあ――東横さんは左で――」
「はい――」
彼女は浴衣の袖から細くて白い腕を見せる。繊細なモノづくりに似合うか細い指が、僕の手に絡んでくる。
「はーい、そのままゆっくり歩きだしてー」
田村さんはお祭りのパンフレットを丸めてメガホンにしていた。
僕は仕方なさを装いつつ、東横さんへ訊ねる。
「そしたら――とりあえず、もう一回屋台を回ってみる?」
「そうですね」
ゆっくりと歩き始めると、足元をマリィがちょこちょことついてくる。彼女なりの演出なのだろうか。台本は知らない。
「竜崎さんとお祭りって、これで二回目ですね」
彼女の歩く下駄の速度に合わせてのんびりと歩く。
「ああ、明日香の別荘で。あの時も東横さん、屋台にくぎ付けだったね」
僕が言うと、
「ウチ、父母が忙しくて。お祭りに一緒にっていうの、なかったんです。学校に入ってからも、目立たないし友達もいない。ですから、いつも遠目に提灯を眺めて終わってばっかりでした」
その目は暮れてゆく空を見上げつつ、それでも柔らかな笑みを浮かべていた。
「竜崎さんは、お祭りの思い出ってないんですか?」
彼女は自然に手をつなぎ、訊ねてくる。
「小学生くらいまではね。両親も仲違いしてなかったし。ただ、初ちゃんは今の僕らみたいに取材半分だったから慌ただしくて。カメラ持って走り回ってた」
そう――あの頃は僕も父も普通の親子だったはずだ。肩車ではしゃいだ記憶もあるし、そこには笑顔しかなかったはずなのだ。
そこへ後ろから声が飛ぶ。
「カ~ット! 二人とも距離が遠い! あと竜崎君、ピカチウのお面を買って斜めにかぶりなさい」
田村さんの横やりの方が雰囲気を台無しにしている気がする――。
決して敦子さんを忘れていた訳ではないのです。。
最近、別原稿にはまって大手の賞を頂いたり、煩わし……忙しかったので。
自分自身、話の筋を忘れかけているので、思い出しながらゆっくり書いてゆきます。
マリィが消えて――日暮れまでには戻ってくる約束をして、僕は田村さんと東横さんの姿を何度もカメラに収める。あくまで日暮れからのロケハンなのだが、ついつい長撮りしてしまう不思議な画になってしまうのだ。何匹もの金魚がお祭り屋台を泳ぎ回っているような気分にさせる。
それにしても涼しい。傾き始めた陽の中で、夏が終わったことをしみじみと感じる。まだまだ緑は濃く、東の空は青く澄んでいる。それでも秋へと向かう風は、どうして心を切なくさせるのだろう。一年前も、今年も、僕にとっては大きな夏だった。捨て去るもの、受け入れるもの、どちらも上手くいかず、足踏みを続けている。僕はいつまで夏にしがみついているんだろう。手放せる日が来るのだろう。
「あの、竜崎さん――」
カメラを持って屋台を回る人々を眺めていると、東横さんが声をかけてきた。
「何かあった?」
彼女は遠くを指差して言う。
「ああいうのは、どうですか」
彼女の指した先を見ると、肩車をされた子どもが綿あめを握っていた。
「いいね。撮っておこう」
カメラを回して、暮れかかった空にシルエットを映す肩車の子どもの画が撮れた。
「こういうのって、コラージュだから。画がたくさんあると助かるんだ。ありがとう」
「いえ――ところでレッドカーペットはどちらへ行かれたんでしょうね」
確かに気がつけば付近にはいない。
「気ままな人だからなあ。そのうち戻ってくると思うけど。しばらく二人で屋台を回ってみようか」
「え――は、はい。そうしましょう」
彼女はなぜか焦った声で、早口に答えた。
「東横さん。浴衣、似合うんだね」
「え……そうですか……」
「うん。今日は存在感、すごくあるよ」
「その……ありがとうございます……」
僕らはしばらく二人で広場を回る。東横さんの視点は不思議でいて、目から鱗が落ちるような着眼点だった。櫓のそばに小さく咲いた見過ごしそうな花。電球の切れかかった提灯の明かり。僕はそれをいちいちカメラに収める。
それにしても田村さんはどこへ行ったのやら、本当に姿が見えない。
と、串焼き屋台の裏から、実寸に戻ったマリィが戻ってきた。東横さんがそっと抱き上げる。
――ただいま。面白いものはあったかしら。
そろそろと人の増え始めた賑わいの中で、マリィの声は目立たない。
「うん。東横さんのお蔭で。ところで田村さん見なかった? ずっといないんだけど」
――敦子さんなら、あっちよ。運営のテントの方。何やら難しい顔でおじさんたちと話していたけれど。
言っているうちに、青い浴衣姿が下駄を鳴らして戻ってきた。
「どうしたの田村さん。そろそろ本番撮りなんだけど」
「あらそう。けれど私、あとで予定が入ってしまったわ」
「予定? 困るよ、今日はこっちに協力してくれる約束だよ」
「大丈夫よ。まだしばらくはつき合えるし。それに、メインは瑞奈とマリィに任せればいいの。今日の私は音響担当。一時間後をお楽しみに――。さあ、しばらくお祭りを楽しみましょう。それより竜崎君、私にもそのカメラ貸してくれるかしら。ちょっと撮ってみたいわ」
珍しい。出しゃばりの田村さんがレッドカーペットから足を下ろした。
「学校の借りものだから丁寧にね――」
僕がカメラを渡すと、
「大丈夫。私は少し機械をいじっただけで爆発させるようなアニメのウッカリ少女ではないから。それより瑞奈、しばらくマリィを下ろして、竜崎君と手を繋ぎなさい」
何を言い出すかと思えば――。
「田村さん、そういうのいいから。東横さんも困ってるだろ」
すると東横さんが小声で、
「――私は、いいいですけど」
思いがけず、そう答えた。
「よっしゃ! それでは撮影スタート!」
田村さんの雄たけびに、浴衣の東横さんがマリィを下におろして、うつむいた。
「どっちの――手がいいですか」
まさかの乗り気だった。戸惑っているのは僕だけか。
「じゃあ――東横さんは左で――」
「はい――」
彼女は浴衣の袖から細くて白い腕を見せる。繊細なモノづくりに似合うか細い指が、僕の手に絡んでくる。
「はーい、そのままゆっくり歩きだしてー」
田村さんはお祭りのパンフレットを丸めてメガホンにしていた。
僕は仕方なさを装いつつ、東横さんへ訊ねる。
「そしたら――とりあえず、もう一回屋台を回ってみる?」
「そうですね」
ゆっくりと歩き始めると、足元をマリィがちょこちょことついてくる。彼女なりの演出なのだろうか。台本は知らない。
「竜崎さんとお祭りって、これで二回目ですね」
彼女の歩く下駄の速度に合わせてのんびりと歩く。
「ああ、明日香の別荘で。あの時も東横さん、屋台にくぎ付けだったね」
僕が言うと、
「ウチ、父母が忙しくて。お祭りに一緒にっていうの、なかったんです。学校に入ってからも、目立たないし友達もいない。ですから、いつも遠目に提灯を眺めて終わってばっかりでした」
その目は暮れてゆく空を見上げつつ、それでも柔らかな笑みを浮かべていた。
「竜崎さんは、お祭りの思い出ってないんですか?」
彼女は自然に手をつなぎ、訊ねてくる。
「小学生くらいまではね。両親も仲違いしてなかったし。ただ、初ちゃんは今の僕らみたいに取材半分だったから慌ただしくて。カメラ持って走り回ってた」
そう――あの頃は僕も父も普通の親子だったはずだ。肩車ではしゃいだ記憶もあるし、そこには笑顔しかなかったはずなのだ。
そこへ後ろから声が飛ぶ。
「カ~ット! 二人とも距離が遠い! あと竜崎君、ピカチウのお面を買って斜めにかぶりなさい」
田村さんの横やりの方が雰囲気を台無しにしている気がする――。
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