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58・ルームシェア
しおりを挟む(ダメだ。何も浮かばない――)
田村さんの部屋で頭を巡らすも何も浮かばない。彼女はすごく嬉しそうにマリィと話し続けている。
「それでは、竜崎君は私の不在中、いつも瑞奈とファニートークを繰り広げていた訳ね」
そんなことはない。どちらかといえば時に気まずく沈黙が続いていた。
「田村さん。それよりどうするの。部屋の半分使えないんだけど」
「大丈夫よ。そこは今日から瑞奈の現場。夜ごとに緻密なジオラマに侵食されてゆくはず。楽しみ。バイトから帰ったらジャングルにでもなっているかも知れないわ」
東横さんが慌てる。
「レッドカーペット。それはちょっと……」
田村さんはマリィを抱えたまま、
「それにしても私の部屋に異空間が出来上がる。竜崎君はそこから何かをつかんでちょうだい。最高の作品――お手伝いしたいの」
その目は真剣だ。
「手伝いって言われても――とにかく構想の前に素材が揃ってるっていうのは逆にやりにくいとこもあるんだ。一日、待ってくれないかな」
言うと、田村さんも東横さんも静かになる。どこか自分を責める目で。それに気づき、
「ありがたいとは思ってる。だから、この状況を最大限に生かしたいだけで――」
取り繕った言葉は尻すぼみになる。
けれど田村さんは、
「分かったわ。まずは場所を竜崎君の家に移しましょう。瑞奈、いろいろとありがとう」
東横さんが帰ると、田村さんはマリィを抱いて家へとやってきた。
「私、押しつけがましかったかしら」
ソファーにも座らず、田村さんはマリィをあやすように揺らしている。マリィはその立場に甘えっぱなしだ。彼女なりに飼い主へカミングアウトできたことが嬉しいのだろう。
僕は頭の中身を総動員させながら、
「初ちゃんの絵は、なるべくそのままで――僕はその額縁を作るつもりで制作に挑みたい。そう思ってる」
言うと、田村さんが立ち姿のまま、
「金魚は海で暮らしてゆけるのかしら。もしできるのならば、初子さんの絵は海から切り取られたフラクタル。そこへ額縁という枠を作るのならば、それは竜崎君、あなたの想い一つよ。決まりきった四角四面の額縁ではなく、もっと大きな――情愛のようなものであるべきじゃないかしら」
抱いたマリィへと話しかけるように呟く。
僕はテーブルの椅子へと座り、もっと別のことを考えていた。
(――敦子さんの身体から出ていくように説得するわ)
いつか、そう言ったマリィの言葉を。
正直なところ、今はまだ、母にいてほしい。それが田村さんの心身によくないことだとは分かっていても。この製作が終わるまでは、そうあってほしい。見届けてほしいのだった。
「田村さん。ところでウチに移った理由を聞いてないんだけど」
僕はテーブルの上で腕を組んで、彼女の思惑を――あるいは企てに身構えていた。
彼女はテーブルではなくソファーへと向かい、腰を下ろしてマリィをひざに乗せた。
「何ということはないわ。ウチよりこっちがくつろげるもの。段ボールの山に占拠されて、物流倉庫のアルバイトの休憩中気分を味わうのはちょっと私でも荷が重いもの」
そういうことか。深い意味でもあったのかと勘繰っていた。が、悪い勘が当たる。
「だからしばらく、ここで生活することにしたわ。物流倉庫は今後、瑞奈がアトリエに使うのよ。マリィとも、今までにないほどのコミュニケーションが取れるようになったんですもの。困ることはないわ」
「ちょっと待ってよ。高校時代だったらいざ知らず、今は生活パターンがバラバラで――」
僕が言葉に詰まると、田村さんは隙を逃さず言い放った。
「私は竜崎君の部屋を使うわ。ルームシェアね。心配しなくても、マリィと暮らす中で集団生活の心得は学んだつもりよ」
「それはまた決定事項なの――」
「やだわ。参議院可決は竜崎君が行うのよ。それが下りれば軽い引っ越しの始まり始まり。マリィの物以外はたいしてないの。おあつらえ向きに、ここには食器を含め私専用の様々も増えてきて、気分は三泊旅行の準備くらいですむから。首相、決議を」
今さら何が変わる訳でもないかと、僕はあきらめと共に了承する。変わらない、と言ったのは僕の生活ではなく、田村さんの決意だ。
後押しするように、マリィが口を開く。
――竜崎君、よろしくお願いするわ。ここは広々として冒険し甲斐がありそう。
猫にまで通達された。
「分かったよ――それで、向こうは東横さんに任せっきりなの? 僕からしてほとんど何も浮かんでないんだけど」
「それは大丈夫。瑞奈の発想は大胆で繊細。あとは竜崎君がどう作品にするかのみ」
「だから、東横さんの発想の源が――それじゃ合作になっちゃう訳だし」
田村さんは鼻先を天井へ向けて、
「それも大丈夫。映像作品というのはモチーフにインスパイアされて作る物でしょ。思い切り、瑞奈のジオラマに期待しなさいな」
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