上 下
47 / 80

46・屋台の達人Ⅱ

しおりを挟む

 二千百発の花火は気が付けばあっという間に終わった。まさに夏の夜の夢だった。やはり散ってゆく花火に願いはかけられなかったけれど、その儚さに自分の心を重ねていた――。

「さあ! 縁日の始まりよ!」

 明日香が浴衣の袖を振り回して駆け出す。
「明日香、そんなに走るとお姫様が台無しだよ。ということで真二君。僕らは向こうへ行ってみるから。一時間後にここで落ち合いましょう」

 渚君が笑顔とともに歩き去った。

「それじゃあこちらも縁日の始まりね。瑞奈、言っておくけれどこちらには屋台の達人がついているわ。射的も輪投げもホホイのホイ。金魚すくいはそうね、マリィに任せましょう」

 猫に任せちゃだめだろう。それにしても苦々しい一年前の不名誉な称号を持ち出すとは。

 しかし東横さんが期待に胸を膨らませている。

「そうなんですね。射的って、何か男らしくっていですよね」
「そう、瑞奈。では竜崎真二、出番よ!」

 気乗りのしない足取りで、銃を構えてコルクを詰める。どうにでもなれと引き金を引いた。

 ポン!

「……」


「大丈夫よ瑞奈。竜崎真二の真骨頂はここからなの」

 ポポン!

「…………」

「まだまだよ!」

 ポン! スポポポポン!
「はいお兄ちゃん全部ハズレ。お嬢ちゃんたちもキャンディーあげよう」

 消えてなくなりたかった。

「瑞奈。これは皆でキャンディーを分け合うイベントなの」

 マリィを抱いて田村さんがキャンディーを舐めている

「いいよ、慰めなくて。それより東横さん――あれ? 東横さんは?」
「さあ。その辺にいるのでは」
「無責任だよ。いつもはすぐに見つけてくれるじゃないか」
「それが私、今日はお祭りで浮ついていてそれどころじゃないのよ」

 どれどころだ。

「とにかく探さなきゃ――」

 言っていると、どこからかスピーカーが鳴る。

 ――『竜崎真二さま、お連れの方が探しております。やぐらの下の迷子案内所までお越しください』

 いつものステルスではなく本当に迷子だった――。



「すみません……こういうシチュエーションってボーッとなって、しまってつい足がフラフラと……こんなノスタルジックな雰囲気のジオラマが作れたらって思うんですよね」

 恥ずかしそうに彼女は言った。
「さあ。射的も迷子も忘れて気を取り直し、次の目的地を探すのよ」

 ショーパンから突き出した脚が大股で歩き始める。それを東横さんが慌てて引き止める。

「田村さん。さっき迷ってる時に見かけたんですけど何か大きな催しがあるみたいで――」
「そう、でかしたわ瑞奈。案内しなさい」

 東横さんの案内で、櫓の北へ向かうと確かに大きな横断幕があった。


【スイカ 種飛ばし大会 参加者募集中!】


 東横さんが田村さんの顔色をうかがいながら、

「女子にこういうのは向いてないですよね……盛り上がってますし、見るだけにしておきましょうか」

 だが田村さんは眼光鋭くエントリーコーナーへ向かい、ノミネートを終えてきた。鼻の穴が大きく開いて興奮状態だ。

「安心して。瑞奈の名前を書いておいたから――」
「ええっ! 私、無理です! こういうのは!」

 しかし無情にもアナウンスが響く」

 ――『エントリーナンバー38番 東横ミズナさん』

「嫌です! 私――!」

 嫌がる東横さんの隣で、田村さんがTシャツの裾を縛った。

「仕方ないわ。私が出るしかなさそうね」
 たぶん、出たかったのだ。そして颯爽とステージへ向かった。現在記録は三十代の男性が出した八メートル五十センチらしい。

「おー! ラストを飾るのは可愛らしいお嬢さんだ! お名前は?」
「はい。東横瑞奈と申します。十八歳です 高時代は水泳部でした。」

 僕の隣の東横さんは顔を真っ赤にしてうつむいていた。しかも経歴詐称している。

「なるほど、肺活量には自信があると! では早速チャレンジしていただきましょう!」

 彼女は渡された三角のスイカを右手に、シャクリと細いあごで噛んだ。それをよく咀嚼すると――。

「ゴメンなさい。つい美味しくて飲み込んでしまったわ」

 集まった一同が肩を落とす。

「これが本番よ。もう一度」

 シャクシャク――。

 すると田村さんは世界でいちばん不満を抱えた少女の顔になり、口先を尖らせる。

「プペペペペッ!」

  その唇がマシンガンのように種を吐き飛ばした。予想を超えた飛距離に、計測係の巻き尺が間に合わない。

「おい急げ! 計測!」
「測ってます! えーと……えっ! 二十一メートル八十センチです……」
「これはとんでもない記録が出たあっ! 文句なしの優勝! お嬢さん! 今のお気持ちは?」

 田村さんは耳にかかった髪をひと撫ですると、

「東横瑞奈――。いずれ世界を牛耳る女。この名前をどうかお忘れなく」

 最後までウソをつき通した。あとから聞くと、記録はギネス級だったらしい。ギネスブックは何でも扱うものだ。ただし公式ではないので申請はしないとのことだった。東横さんのプライバシーはギリギリのところで守られた。
しおりを挟む

処理中です...