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1章魔獣になりましょう

60話羊の呪われた運命

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 弱い者が強くあろうと必死で足掻こうとしているのに、なぜいつまで経っても報われない。
 置き場のないそんな悔しさをどうすれば良いか分からず、咄嗟に掴んだ草を放り投げることで解消しようとする。
 だが、それは些細な解消に過ぎず、そんな物に当たるしかない自分に余計に惨めさを感じるだけだった。
 けれども、ここで後悔しながら、立ち止まっている暇はない。
 なぜなら、失った仲間の仇を、道半ばの野望を、カエラの優しい心をここで砕け散って終わらせてはいけない。
 その間に、炎の村からまた一体誰かがやってきた。
 それはクリーム色の髪をした少女、顔面から血を流し、死にそうな絶望の表情。
 カエラの娘であるシエラに違いない。
 すぐさまアタマカラの元へ視線を向けた。
 そこに人間の憎しみ、魔獣の憎しみ、憎しみの殺意はない。
 ただあるのは、家族を必死で探す少女。
 か細く、消え入りそうな声で話す。
 最初に出会った時の表情と声が鮮明に蘇る。

「お母さん……ミエはどこ……」

「ミエは連れて行かれた……カエラさんは追いかけて行ったそうだ」

「うっ…………どうして……どうして……どうしてなの」

 彼女は絶望の表情で、崩れ落ち、凍った青色の瞳からすっと流れる一筋の涙。
 そして、胸が苦しくて、嗚咽を漏らす、涙はとめどなく流れ、泣き叫ぶ。
 その間にも消えない炎は村を全て焼き尽くし、その波は全てを呑み込もうと、二段上な丘や傾斜の緩やかな草原に侵入し、あちらでは起伏のある山ですらも完封なきまでに埋め尽くす。
 逃げ遅れ、行き場を失い、絶叫する子を抱えた母を一瞬で引きずり込み、やがて、怪物の如し炎が創造され、天にうねりを上げ、下がると同時に飛沫を上げる、炎の海と化した。
 涙に疲れたシエラは独り言のように、声を漏らした。

「もう終わりね……私は……もう疲れた。きっと羊族の呪われた運命は変わることはない。これからも、永遠に」

 すなわち羊族の決められた運命は家畜として最期を遂げること。
 家畜? 
 いや、そんな生易しいものではないだろう。
 蹂躙され続ける奴隷として扱われ、使えなければ、捨てられ、食われる存在。
 アタマカラは何か言葉を掛けようとするが、思い浮かばず、黙るしかない。
 呪縛を背負った羊族に人間のような感情を持て、いずれその呪縛を取り払うことができる、だから希望を捨てるなと果たして言えるのか。
 無力な、仲間も救えず、恐熊にすら勝てない自身にそんな身勝手なことを言える訳がない。
 なら自身に何が出来るというのか?
 その羊の呪縛を一緒に背負って、一緒に立ち向かってやることしか出来ない。
 結局、あれこれ考えても仕方がないのではないか。
 ただ、自身に幻滅し、挑戦への意欲を失うだけだ。
 弱いだの、出来ないだの、仲間をすくえないだの、ぐだぐだ言ってても無駄なこと。
 またしても以前の自身に戻ってしまうところだった。
 結局は何かしたいなら行動しろだ。

「シエラ! 今すぐカエラさん、ミエを助けに行こう」

「無理よ」

「カエラさんとミエはお前の家族だろ?」

「……」

「ああ、そうか。行きたくないなら来るな。俺だけで充分だ。お前みたいな薄情なしがいても邪魔だからな」

 アタマカラの人間じみた、芝居じみた叱責はさもおかしかっただろう。
 しかし、優しさだけは感じたに違いない。
 シエラは黙り、ただ視線を背けた。
 憎しみしかない自身は優しさから逃げるようにして。
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