ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第15話 かわいいおしり その三

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「ちょっと疲れたから休む」

 そう言ってちびそらは、いつきの体をよじ登り始めた。
 ちびそらはいつきが腰から下げている山吹色のポシェットを、休む時の定位置ホームポジションにしている。
 それは現世にいた時からの習慣だった。

 ちびそらは苦労しながらも左腕一本でどうにかポシェットまで辿り着いた。
 そして中に入ろうと肩紐に手をかけると、ポシェットの中からひょっこりとリプリンが顔を出した。
 ポシェットに収まるような小さなサイズになって、すました顔をしてる。
 ポシェットの外側と内側で顔を合わせるちびそらとリプリンを、白音は可愛いと思った。
 しかしその瞬間、ちびそらの目がつり上がった。
 そらとそっくりなその顔が、怒りに染まるのを白音は初めて見た。


 ちびそらがポシェットの端を口でくわえ、左手をリプリンに近づけた。
 バチッとその指先からリプリンに向かって青白い火花が飛ぶ。

「ぎゃっ!!」

 リプリンが叫んでポシェットから飛び出た。
 その勢いのまま馬車から転がり落ちてしまった。

「リプリン!!」
「リプリンちゃん!!」

 白音が叫んだ。いつきも慌てて手綱を引く。

 多分、充電された電力を使って指先からスタンガンのように放電したのだろう。
 魔力を電力に変換しているのだから、魔法と言えなくもない。
 ちびそらの放電の魔法だ。
 自分の居場所を取られたことでちびそらが怒った。
 白音にはそんな風に見えた。

 リプリンは起き上がって、ちびそらが触れた肩口の辺りをさすっている。
 落下の衝撃は平気だが、やはり電撃は痛かったらしい。
 するとちびそらが馬車からひらりと飛び降りて、リプリンの前に立った。
「かかってこい」、白音たちにはちびそらがそう言っているように見えた。

 リプリンはキッとちびそらを睨むと、元の大きさに戻った。
 リプリンが本気で怒るところも白音は初めて見たかもしれない。
 そして、体中から触手を伸ばしてちびそらに襲いかかる。

「痛いじゃない!! このちびっ!!」

 しかし無数の触手による攻撃を、ちびそらは無駄のない動きでかわしていく。
 処理能力が下がっていても、攻撃予測による回避は健在なようだった。

「ちびちびちびちびちびちび!!!!」

 リプリンの触手がどんどん数を増していく。

(ちびそらちゃんの処理能力を上回る手数で飽和攻撃をしようとしてる……。リプリンは本能でちびそらちゃんの弱点を察してるんだわ…………)

 白音も驚くくらいの触手の数だった。
 視界いっぱいを埋め尽くすような猛攻がちびそらを襲う。
 やがてちびそらはかわしきれなくなり、とうとうその頬を触手が打った。
 体重の軽いちびそらはそれだけで派手に吹っ飛ばされる。

「ちょっと、ふたりとも! もうやめなさい!!」

 さすがに危険を感じて白音が止めようとするが、ふたりはまったく聞く耳を持たない。

「鼻水色のくせに!!」

 ちびそらは起き上がると、今度は触手をかわしつつ避けきれないものは左手の電撃で迎撃し始めた。
 バチバチと痛々しい音がして辺りに焦げ臭い匂いが漂い始める。

「むぅぅぅぅ……」

 リプリンが苦悶の声を上げる。
 しかしちびそらの方も捌ききれずに、何発もかなりいいのを食らっていた。
 ふらつきながらも、吹っ飛ばされないように踏ん張って耐えていた。

「くうぅっ!!」

 ふたりが傷ついていく様に、真っ先に耐えられなくなったのは白音だった。

「もう、ホントにやめてってばっ! 仲間同士でそんな酷いことしちゃダメよっ!!」

 壮絶な喧嘩にどうしていいか分からないいつきだったが、白音のその言葉を聞いて妙に冷静になった。

「…………。姐さんがそれ、言うんすねぇ…………」

 いつきはかつて、白音と佳奈が喧嘩しているのを間近で見たことがある。
 その時はこれどころではない、山を削り合うような、それはそれはえげつない喧嘩だった。

「!? あ、うん……、そうよね………………」

 白音は返す言葉もなかった。自分のことをすっかり棚に上げていた。

「もしかしたら、この喧嘩、止めずに全部吐き出してもらった方が、いいのか、な…………?」」

 いつきの至極まっとうな言葉を受けて、白音が迷走し始めてしまった。
 白音も佳奈との喧嘩のことを想い出す。
 あの時は全力で力をぶつけ合って、ふたりとも随分すっきりした。というかもう、楽しんでいた。
 けれどちびそらとリプリンは、白音たちのような武闘派とは違う、それを忘れている。

「ああっ!! いやいや。姐さん、止めて下さいっす!! 止めないとまずいっす!! 姐さんが止めてくれないと、こんなの止まんないっす!!」

 いつきの焦りをよそに、リプリンが思いっきり巨大化を始めていた。
 軽く10メートルはありそうな、小山のような緑色の球体ができあがる。

「ちびそらちゃんに、避けるスペースを与えないつもりっす!!」

 いつきの言うとおりだった。巨大な壁のようになってのしかかるリプリンに、ちびそらはなすすべもない。
 あっさりと捕らえられて緑の奔流の中に引きずり込まれると、脱出はおろかまともに動くことすらできなくなってしまった。

「くばこぼっ、けばっ…………」

 半透明な緑色の液体の中で、ちびそらが翻弄されてぐるぐる回っているのが見える。

「でもちびそらちゃんて、溺れないっすよね?」
「ええ。酸素は必要ないはず……」
「でも動けなくなってるっす…………」

 
 いつきの言うとおり、だんだんちびそらの動きが鈍くなっているのが分かる。
 その様は、まさしく溺れているように見える。

「!? リプリンがちびそらちゃんの電力を吸ってるんだわっ!! ちょっとホントにやめなさいっ!! それ以上は危険だからっ」

 だが徐々に力を失っていくように見えたちびそらが、突如目を見開いた。
 そして全身が光を帯び始める。
 やがて青白くまばゆく輝いて、ちびそらを中心にまるで稲妻のような幾筋もの光条が発生する。

「全身から放電してるの?!」

 指先をスタンガンのようにしていたのも初めて見たが、全身からこんなに強力な雷光を放射できるなんて、白音も知らなかった。

「うぎゃあああぁぁ!!」

 こんどは逆に、リプリンがもがき始めた。
 体内を高圧の電流が駆け抜けたリプリンは、その粘液状の巨体を痙攣させている。
 このままエネルギーをリプリンに吸い尽くされるくらいなら、機能停止する前に自分からすべて放電してぶつけてやろう。
 ちびそらのそういう選択だった。

 やがて全力の放電を浴び続けたリプリンは、ばしゃっと音を立てて形を失った。
 形を維持できなくなってただの水たまりのようになってしまう。
 そして徐々に縮んでいくと、元のサイズ、いつものリプリンの姿に戻った。
 どうやら魔法少女としての変身が解けたような状態になっているらしい。
 素っ裸だった。
 ちびそらも気絶してしまったらしく、リプリンの隣でぐったりとして動かない。
 白音といつきは、慌ててふたりを馬車に担ぎ込んだ。

 素っ裸だったので調べやすかったのだが、リプリンはそれほど酷い傷は負っていないようだった。
 どうやら感電して一時的に麻痺しているだけらしい。
 ちびそらはせっかく白音に充電してもらった電力をすべて使い果たしていた。
 電池切れで省電力モードに移行していたので、白音といつきで協力して魔力を流し込んでやる。

「ほんとにもう、しょうがない子たち…………」
「ほんとっすね…………。ふたりともあんなに激しく怒るなんて思わなかったっす」
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