ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第15話 かわいいおしり その一

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「見て見て見てー!!」

 リプリンが嬉しそうにはしゃいでいた。馬車の御者台で白音の隣に居たリプリンが立ち上がっている。
 自慢げに後ろを向いて白音の方に背中を見せると、そこには立派な銀翼が生えていた。
 白音とそっくり同じものだ。
 驚いた白音は思わず荷室キャビンのいつきの方を見る。

「僕の幻覚じゃないっすよ。ほんとに生えてるっす」

 いつきの幻覚ではないということは、リプリンが擬態しているのだろう。


 白音、いつき、リプリン、ちびそらの四人は今、荒野を旅していた。
 馬車を駆り『カルチェジャポネ』へと向かっている。
 召喚英雄が作ったというその街へ向かえば、行方が知れないチーム白音の仲間たちの消息が掴めるかもしれないと期待していた。


「行っくよー」

 どうやらリプリンは、自分で生やしたその銀翼で御者台から飛ぼうとしているらしい。

「あ、待って。リプリン!!」

 勢いよくジャンプして、バサバサと翼を羽ばたかせたのだが、そのままずさあぁぁぁっと顔から地面に落下する。
 慌てて白音は馬車を止める。

「ちょっと、大丈夫?」

 むっくりと起き上がったリプリンの顔には、砂や小石がびっしりとついていた。
 白音が駆け寄って怪我はないか体を調べる。
 しかしスライムは擦りむいたり血が出たり、ということはしなさそうだった。
 見る間に砂利が顔の中に吸収されていく。

「あ、え? そんなもの体の中に入れていいの?」
「へーき」

 顔から取り込んだはずの砂利が、手の先からぱらぱらと排出される。

「でも、なんでー? 同じもの生やしたのに飛べないよ?」

 リプリンが悔しそうに言った。

「あー……」

 白音はきっと飛べないだろうと分かっていた。だから止めようとしたのだ。

「わたしの翼ね。翼の力で飛んでるんじゃないのよ。本当に羽ばたいて人間の体を浮かそうと思ったら、もっと大きな翼じゃないとダメなの。で、もっと大きいと、重いから動かせないか、折れちゃうわ」
「でも白音ちゃん、飛んでるよ?」

 リプリンは不思議でならないという顔をしている。
 だが白音としては飛べる飛べないよりも、リプリンの顔の砂利がどこをどう通って手から出てきたのかの方がよほど気になっていた。
 個性的な魔法の使い手にとっては、自分の魔法より相手の魔法の方が不思議でならないのだ。
 白音はリプリンを立ち上がらせて砂埃を払ってやろうとする。
 しかしやはり、汚れの類いは一切付いていない。
 一体どこに消えるのか。

「翼は飛行するための魔法を発動させる媒体なのよ。魔族は生まれつき飛行フライ固有魔法ユニークが使えるの」
「それじゃ真似できないじゃない!!」

 白音の言葉にリプリンが地団駄を踏む。

「ずるい!!」

 ずるいと言われて、途端に白音の脳裏に大量の言葉が湧き上がる。

(いやいや、リプリンの方がいろいろずるいとしか思えないような魔法が使えるじゃない。さっきの砂利だって、あんなことできるんなら、お風呂なくても体いつも綺麗よね? わたしたち今お風呂に入れないんだけど? それに、それに、いくら食べても太らないよね? それってもうわたしたちの永遠の……)

「んー……、大きすぎてまずいなら、自分が小さくなればいいんじゃないすか?」

 いつきのそのひと言に、白音がはっと我に返る。

「そ、それはいけそうね。いつきちゃん」

 確かにそれで、揚力と翼の強度の問題はクリアできそうだった。
 早速リプリンは小さくなって、その体を支えられるくらいの大きさの翼を生やした。

「おお」

 リプリンがいつきを尊敬のまなざしで見る。
 これならちゃんと羽ばたくことができそうだった。

 喜び勇んで全力で助走し、そして思いっきり跳んだ。
 しかしやはり、リプリンは地面に向かってずさぁぁぁっと滑り込んでしまった。
 一瞬浮きそうな気配はあったものの、上手くは飛べないようだった。

「あらら……。大丈夫っすか? そう簡単にはいかないみたいっすねぇ……」

 いつきが駆け寄ってリプリンを抱き起こす。

「むー」

 小さなリプリンは、不満げに鼻を鳴らした。
 砂利だらけの顔で口をへの字に曲げている。
 その時、馬車の中から三人を眺めていたちびそらがぼそっと言った。

「小脳内部モデルの獲得が必要」

 その言葉に、白音も賛同する。

「確かにそうね。練習が必要なのかも。元々飛べないリプリンが飛ぶんだから、自転車に乗るのと同じようなことなのかな」

 自転車ほど簡単ではない気もするが、仕組みは一緒だろう。
 飛ぶという感覚を、先に体に覚え込ませる必要があるのかも知れない。
 白音は、まずは飛びやすそうな小さな鳥を模倣してみてはどうかと勧めてみる。

「馬車の中だけで練習してね。外に出ちゃダメよ?」
「あーい」



 白音たちは、メイアに別れを告げた後も商路沿いに南下を続けた。
 そして日が暮れる頃にまた、近くの集落へと立ち寄った。
 そこでは寝る場所を借りるだけのつもりだったのだが、やはりかなり手厚くもてなされてしまった。

 この荒れた土地の開拓村では、どこも困窮しているのは分かっている。
 だからそんな必要はないと遠慮したのだが、どうしてもと言われて歓待を受けた。

 ベースキャンプに近い村では、召喚英雄を恐れる村人から腫れ物に触るように扱われていた。
 丁重にもてなしはするが、できるだけ関わり合いにはなりたくない。
 そんな感じだった。

 しかしカルチェジャポネに近づくほどに、人々の様相が変化していく。
 召喚英雄に対する感情が好意的になり、その歓迎ぶりはどうやら本心からのもののようだった。
 もちろん意に染まぬ笑顔を作らせるよりは、その方がよほど良いのだろう。
 しかしそれでも無理をさせていることに変わりはない。
 これでは各地で食べ物をむしり取っていく旅になりかねない。
 そこで白音たちは話し合って、村には情報収集にだけ立ち寄ることにした。
 もしも余裕がありそうなら、その時は食料を少しだけ買わせてもらう。

 そしてその日の夜から、寝泊まりは馬車を使うことに決めた。
 ベースキャンプを旅立って六日が過ぎている。
 順調に行けばカルチェジャポネにはあと四日ほどで到着するだろう。
 それまではキャンプ生活だ。



 白音はリプリンに飛行のアドバイスをしながら、ちらちらと荷室キャビンのちびそらの方を気にしていた。
 ちびそらはずっと口数少なに、後部の縁に座って景色を眺めている。
 その小さな背中は、多分右腕を失っているためだろう、少し左に傾いて見える。

 白音は夕べ、ちびそらに話を聞こうとした。
 ちびそらがメイアと出会うまでの間に一体何があったのか、どうして右腕を失うことになってしまったのか、聞いてみた。
 しかしちびそらは処理能力が落ちているせいで考えるのに時間がかかるらしく、少し待って欲しいと言われた。

「今、処理の負担が少ないように思考の最適化を行ってる。最適化が完了すればもう少し円滑にコミュニケーションできると思う」

とのことだった。
 そしてその時、リプリンが、

「治せる?」

と聞いてリプリンの右腕を差し出した。
 それを見たちびそらは、心底ほっとしたような顔をして、持っていてくれて良かったと言った。

「でもその腕はもう繋がらない。ただし必要なものなので大切に保管しておいて欲しい」

とリプリンに頼んだ。
 あとは、

「今は処理能力が落ちて上手く喋れない。最適化するから少し待って欲しい」

と繰り返すのみだった。
 ちびそらは機械(ハード)の問題だと言うのだが、しかし白音からするとやはり元気がないようにしか見えない。

 ちびそらは目の前で、自分を創りだした造物主とも言える神一恵かみひとえが消滅するのを見ている。
 そして転移後、何があったのか白音は知らないが、右腕を失ってしまった。
 そんなちびそらを助けてくれたのがメイアだ。
 随分仲良くしていたようだから、やはり別れは寂しかったのだろうと思う。
 一番傷ついていた時に、メイアが傍で心の支えになってくれていたのではないだろうか。
 だからちびそらの背中を見ていると、白音にはそれが感情(ハート)の問題なように思えて仕方がないのだ。
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