ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
208 / 214
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第14話 狂宴の果てに その三

しおりを挟む
 村を挙げての宴会のさなか、ちびそらがイノシシ肉の炒め焼きカットレットの皿を頭に載せて歩いているのを見かけた。
 きっとメイアのうちに行くのだろうと考えた白音は、自身も料理の皿を手に取ってついて行くことにした。
 宴会に盛り上がる村人たちの相手はいつきとリプリンに任せておく。
 彼女たちの魔法――幻覚や造形で思いのままに見せたいものを作り出す魔法は、こう言っては何だが宴会芸に向いている。
 きっと酔客に様々な夢を見させてくれることだろう。

「それといつきちゃん、一番怖いものを見せてってリクエストされて、わたしを見ないでよね」

 白音は笑ってそう言いのこし、ちびそらの後を追った。

「はいっす……」


 白音がニコラス、ペルネル夫妻、そしてその娘メイアの家に着くと、ペルネルがイノシシ肉の下処理をしていた。
 量の肉を各家庭で手分けして調理しているのだ。
 彼女は白音の講義を聴いてくれていたので、脚気の対処法はしっかり学んでくれたと思う。
 ペルネルが中へどうぞと言ってくれたのだが、白音は遠慮して持ってきた料理を手渡す。
 中からはちびそらとメイアの話し声が聞こえていた。
 ペルネルによれば、ちびそらが何度も料理を運んでくれては、そうやってふたりで話しこんでいるのだという。

「働きのない自分たちが料理をいただくのを遠慮していたから、ちびそらちゃんが苦労して運んでくれたんだと思います」

 働けないから食べ物を分けてもらうのを遠慮する。
 遠慮するからますます栄養不足に陥って働けなくなる。
 そういう悪循環があるのだろう。
 しかしそれは、しっかりと断ち切っておかなければならない。

「遠慮せずに食べて下さいね。食べて病気が回復すれば、またニコラスさんの狩りの腕がこの村を助けるんですから」

 村長にも念押ししておこうと白音は思った。

「あの、本当に寄っていかれないんですか? メイアも喜ぶと思うのですが」

 ペルネルはそう言ってくれたが、しかし白音はかぶりを振った。
 ふたりの話し声がずっと聞こえてきている。
 楽しそうだが、どこか沈んでもいる。
 ふたりとももうお別れが近いことを分かっているのだろう。
 今はふたりの時間を邪魔しないで、そっとしておいてやりたかった。

「今日はこのまま戻ります。メイアちゃんとはまた明日、お話しさせて下さい」


 白音は明日、メイアにどんな言葉をかければいいだろうかと悩んだ。
 しかし広場に戻ったら戻ったで、そこで繰り広げられていた光景を見て言葉を失う。

「ん、な……」

 そこでは、壮大なホラーショーが始まっていた。
 間違いなくそれはいつきの仕業なのだろうが、広場中を所狭しと跋扈ばっこするハロウィンイベント風の妖怪の群れに、白音は理解が追いつかなかった。

「姐さん、これで合ってますよね?」

 いつきが自信なさげにそう聞いてきた。

「いや、分からないけど……」

 いつきは子供たちの母親に頼まれたのだという。
 言葉は分からないのだがリプリンが解釈したところによれば、母親たちがいつまでも寝ない子供たちに手を焼いていたらしい。
 そこで夜遅くまで起きているとどんな化け物が迎えに来るのかという、悪夢のような幻覚を体験させていたらしいのだ。
 白音が人族語で聞いてみると、恐れを成して慌てて家に帰った子供に、母親たちは満足していた。
 それで合っていたらしい。


 子供たちをベッドへ送り込むことに成功すると、今度はすっかり酔っ払った大人たちの夜の部が始まった。
 いつきは十五歳、この世界ではぎりぎり成人と認められる年齢である。
 飲酒に年齢による制限は特にないが、もちろん魔法少女たちは飲んでいない。
 絶対にだ。

 いつきとリプリンが派手に宴会芸を披露するものだから、酔っ払った大人たちから白音も是非何か魔法を見せてくれとせがまれた。
 仕方なしに何人かの村人に石を投げてもらい、それをすべて光の剣イセリアルブレードで叩き切って見せた。
 何人でどんなに力一杯投げつけても、簡単にはたき落としてしまう。
 とうとう最後に弓を射ってもらって、それを綺麗に縦に真っ二つにした時にはさすがに静まりかえってしまった。

 やがて深夜を過ぎると、いつまでもくだを巻いていて寝ようとしない男性陣に対し、奥さんたちが行動を開始する。
 幻覚魔法も使わないのに、彼女たちがどんな化け物よりも恐いということを教えるホラーショーが始まった。
 そして阿鼻叫喚の『お片付け』が終わる頃、ちびそらが空になった皿を何枚か頭に載せて広場に戻ってきた。

「お話いっぱいできた?」

 白音がそう尋ねるとちびそらは小さく、

「うむ」

とだけ言った。



 大宴会の日の翌朝、白音たちはカルチェジャポネへ向けて出立することにした。
 朝と言うには少し遅い時間、冬の早朝つとめての刺すような寒さが、若干だがもう緩み始めている。
 白音たちは村長宅に泊めてもらっていたので、本当はもっと早い時間に旅立ちの挨拶をしていた。
 しかし村長から少し待って欲しいと言われていた。
 夕べの大騒ぎの後なので、今朝は皆少し遅くに起き出してくるだろう。
 是非皆で旅の無事を祈らせて欲しいと乞われたのだ。

 白音たちは、広場に停めさせてもらっている馬車の準備を始めた。
 すると誰が声をかけるともなく、村人たちが集まってきた。
 白音たちが今日出発することは分かっていたのだろう。
 大勢の人が見送りに来てくれた。
 大半は二日酔いでフラフラしていたが、ともかく笑顔で見送りに来てくれた。

 その中に、メイアとペルネルの姿もあった。
 ペルネルが白音に、下処理を済ませたイノシシ肉の包みを手渡す。

「凍らせて保存できると聞きましたので、かなり保つと思います」

 夕べも、ペルネルが出してくれた料理は抜群に美味しかった。
 ジビエの肉は血抜きなどの腕次第でかなり味が変わる。
 狩人であるニコラスの妻、ペルネルが下処理をすると、肉が絶品に生まれ変わるのだそうだ。

「夫も、深く感謝をしております。この場に来られなくて申し訳ありませんが」
「いえいえ。養生なさって下さい。こちらこそお肉、ありがとうございます。道中で食べさせていただきますね。ニコラスさんにもよろしくお伝え下さい」

 そして白音はしゃがんでメイアと視線を合わせた。

「メイアちゃんも元気でね。お父さんとお母さんがしっかり食べるように、見張っててあげてね」
「うん。任せて!」

 メイアは元気にそう言った。
 夕べのうちにちびそらと彼女はしっかりお別れを済ませたのだろう。
 白音の心配は杞憂だった。
 ちびそらはなかなかどうして、いい先生になれそうだ。
 白音がそう思いながらちらりと振り向くと、子供たちに大人気のいつきがもみくちゃにされていた。
 ポシェットの中に入っているちびそらも一緒に巻き込まれてしまっている。

「あ、あ……。ごめんね。ごめんね。ちょっと道を空けてあげて。」

 白音によってどうにか救い出されたいつきが、ちびそらを両の手の平に載せてメイアの前に進み出る。

「メイア、ありがと。元気で」
「ちびそらちゃんこそ、ありがとう。楽しかった」

 ちびそらとメイアが言葉を交わすのを聞いて、ようやくいつきは気づいたらしい。
 小声で白音に囁く。

「ちびそらちゃん、こっちの言葉喋ってるっす」
「多分そらちゃんが現世にいた時に習得しちゃってたのよ。それを精神連携マインドリンクで共有したんじゃないかな」
「って……。現世でどうやってこっちの言葉学ぶんすか?」
「ほら、異世界事案でこっちから現世界へ流れて行った人とかいたでしょ? 熱心に面会して研究してたから、その時にマスターしたんじゃないかな」
「面会しただけで異世界の言語喋れるようになるとか、どんだけなんすか…………」

 まあ確かに、どんだけなんだろうと白音も思う。

「いつき、いつき、もう少し上」

 ちびそらが今度は日本語に切り替えて言った。いつきの顔を見上げている。
 どうやらメイアと目線を合わせたいらしい。

「了解っす」

 いつきがちびそらを捧げ持つようにしてメイアに近づけてやると、小さなメイアの頭をさらに小さな小さなちびそらが撫でた
 左手を差し伸べて、優しく撫でてやる。
 ふたりだけの時間が、ほんの少しだけ足踏みをした。

「ちびそらちゃんが撫でる側なのね…………」

 白音は少しお姉さんぶっているちびそらが、とても愛おしく思えた。

 大宴会ですっかり打ち解けた皆と別れの挨拶を終え、白音たちは馬車に乗り込む。
 ゆっくりと馬を進めると、村人たちは門のところまでついてきて賑やかに見送ってくれた。
 馬車が小さくなって村人たちがいつもの日常に戻り始めても、メイアは最後までのこっていた。
 そしていつまでもいつまでも手を振り続ける。
 ちびそらは馬車の屋根に登り、左腕を高々と精一杯に上げて、そんなメイアが見えなくなるまで応え続けていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...