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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
第13話 狩る側の魔法少女たち その一
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「イノシシってサイズじゃないっす!! 思ってたのと違うっす!!」
いつきがそのボルークの威容を目の前にして思わず叫んでいた。
この世界のボルークは現世のイノシシよりも総じて大きい。
だが目の前のそれは、中でも最大クラスだろう。
500キログラムくらいはありそうだった。
白音たちは開拓村の村長に依頼され、巨大なボルークを狩りに来ていた。
そのボルークは群れを率いるボスだという。
強大で、とても村人の手には負えなかったという。
放置すれば村人たちが食料を入手する手段が絶たれ、村の存続に関わるという話だった。
確かにこのボルークを目の前にすれば、村人たちが召喚英雄に縋るしかなかったのも頷ける大きさだった。
「でもその分、あの村の人たちが助かりそう」
白音はあくまで、食い出の話をしていた。
これだけの大きさの獲物を仕留めて帰れば、村の人たちが喜んでくれるのは間違いない。
湿地帯は白音が想像していたよりも広大で、村長の言うとおり既に背の高い木々が生えている場所もあった。
湿地から徐々に森へと変化している途中なのだろう。
足下がどこもかしこもぬかるんでいて、歩きにくいことこの上ない。
しかし体高の低いボルークは常に腹がぬかるみと接していて、こういう場でも上手く動くことができるようだった。
その大きなボルークは白音たちに気づいても逃げることはせず、毛を逆立てた。
クックックックッという独特な鳴き声を発する。
水飲み場の縄張りを主張して威嚇しているのだ。他
のボルークたちの前に出て守るような位置取りをする。
普通であれば人が三人も近づいてくればボルークは逃げ出すだろう。
しかしこのボルークの群れはニコラスから聞いていたとおり逃げなかった。
やはりボスを得たことにより、群れとしての性格にも変容が現れているのだ。
いつきは、冷や汗が額を伝うのを感じた。
ぬかるみに足を取られて思うように動けない今、あの巨体に突っ込まれればなすすべがない。
「いつきちゃん、そのまま、そのまま」
焦るいつきに、白音が優しく声をかけた。
ボルークは、ぬかるみをものともしないかもしれない。
しかし、白音には翼がある。
銀の皮翼を広げると、白音はその濁った水面の上に、ふわりと浮き上がった。
そして光の剣を右手に出現させ、それを派手に振り回す。
ボルークたちの注意を自分の方へと引いているのだ。
白音のそれを挑発行為と受け取ったらしい大きなボルークは、躊躇なく白音に向かって走り出した。
ランドルメアもボルークも、基本的な戦術は同じだ。
大きな体と脚力を生かした体当たり。
ただ、ランドルメアは角を武器にするが、ボルークは牙を使う。
だから頭を下げる必要は無く、直線的に突っ込んでくる。
直線的に突っ込んでくるのなら、白音には弾丸だって当たりはしない。
ボルークの牙が届くほんの一瞬前、白音は体を僅かにずらして突進を躱す。
やることはランドルメアの時と同じだ。
そして何度やってもこの戦術は通用する。
そこが野生動物と、戦うことに知恵を絞る生物との圧倒的な差だ。
白音はすれ違いざま、魔力を一気に高めてボルークの頸動脈を断ち切った。
肉を美味しく保つためには、興奮させないうちに血を抜いてしまうのが良いと聞いたことがある。
さすがに本職の狩人ではないのでやり方は自己流だが、ひとまずそれで絶命させる。
こちらの勝手で命を奪うのだから、せめて美味しくいただくべきだろう。
肉をぞんざいに扱っては、生命への冒涜になると白音は考えている。
激しく噴き出したボルークの返り血を浴びて、白音が魔獣討伐動画の時のような凄絶な赤に染まる。
しかしその時、白音の胸の谷間で蠢くものがあった。
「やん……」
その感触に、白音は思わず艶っぽい声を漏らしてしまった。
高まった白音の魔力を受けて、ちびそらが目を覚ましたようだった。
いつきとリプリンが、白音のコスチュームの胸元を凝視している。
その中でちびそらがもぞもぞと動いているのがよく見える。
「もっかい、もっかい言って!! やんって!!」
と、リプリンがせがんだ。
何がそんなに楽しいのか分からないが、いつきもなんだか興奮しているように見える。
「…………それどころじゃないでしょ、もう。ちびそらちゃんが目を覚ましてくれたのは凄く嬉しいけど、とりあえず目の前のバアムを……」
その時、ちびそらが白音の胸元からひょっこりと顔を出した。
辺りを見回して、少し状況の把握に時間をかける。
そして、その途端に小さな彼女は真剣な顔になって叫んだ。
「いつきっ、後ろっ!!」
ちびそらがが指さした方向、乾燥して枯草色になった葦の群生林をかき分けて、巨大なボルークが飛び出した。
先ほど倒したものより遙かに大きい、体重は優に2トンを超えているのではないだろうか。
大きさだけで言うと、サイくらい。
サイのような大きさのイノシシだ。
こんなに大きいのに、白音を初めとして、誰もその気配に気づいていなかった。
既に全力に近い速度に達して、突進の態勢に入ってしまっている。
その太く大きな牙は、どうやらいつきを標的にしているらしかった。
それを見て取って、白音は咄嗟に能力強化を使う。
「ふぎゃっ!!」
体重差は四十倍以上あるだろう。
巨体の突進をまともに食らい、いつきはまるで水切り石みたいに水面を何度も跳ねて飛んで行ってしまった。
「いつきちゃん!!」
叫んだリプリンが、いつきの飛んでいった方に急いで向かってくれた。
足下をかんじきのように平たく変形させて、水面の上を滑りながら走っている。
「いつきちゃんをお願いっ!」
「あいっ!!」
白音は、一頭目のボルークをボスだと思って舐めてかかっていたと思う。
そのせいで不意を突かれてしまった。
ちびそらが叫んでくれたおかげでリーパーは辛うじて間に合ったが、失態だった。
巨大ボルークは、続いて白音に狙いを定めた。
出会い頭に襲われた、とかではない。
気配を消し、明確な殺意を持って近づいてきていた。
ボルークとて、食うか食われるかの戦いをしているのだ。
「…………ごめんね、でも負けるわけにはいかないの。二重増幅強化!!」
白音はさらに能力強化の倍率を上げた。
「もう油断はしないわ」
他の小さな――とは言え通常サイズの――ボルークは、少し遠巻きにしてこの戦いを見守っているようだった。
白音の二重増幅強化を合図にしたように、巨大ボルークが走り出した。
大地が鳴動して、激しく泥水がかき回される。
ここまで大きいと、足下のぬかるみなどもはや関係ないようだった。
白音はやはり同じように頸動脈を狙う。
戦士同士の戦いのような駆け引きはいらない。
速度と力、どちらが上かで決まる戦いだった。
「!?」
確実に白音の光の剣が巨大ボルークを捉えた。
だが刃が中まで通らず、ダメージを与えられなかった。
通り過ぎて振り向いたボルークと、再び正面からにらみ合う。
ちらりといつきが飛んで行った方に目をやると、リプリンが手を振っていた。
いつきを支えて立ち上がらせている。
[油断したっす。リーパーのおかげで平気っす]
いつきが幻覚で空中にそんな文字を書いた。
多分胸を強く打ったせいで息が詰まっているのだろう。
[ちびそらちゃんが叫んでくれたので、なんとか受け身も間に合ったっす]
いつきは泥だか人だか、なんだか分からない姿になっていたが、どうやら無事のようだった。
白音はほっとした。
(文字で書いても、その口調なのね……)
口調だけでなく、気遣いの性格もそのまま文字になっている。
しかし白音は、そんな感想を頭から追い出して気を引き締め直す。
そしてあらためてこの巨大なボルークを観察した。
さきほどの剣の感触は、明らかに普通の生物のものではなかった。
普通の生物に、白音の斬撃を止められるものではない。
「あなたたちはそこにいてちょうだい。こいつ結構強い、かも」
「姐さん、あ、あの、イノシシ、から、うっすら、魔力、感じないっ、すか?」
いつきは少し喋れるようになったらしい。
しかしまだ喘鳴がのこっている。
絞り出すような声だ。
「ええ、感じるわ。これは危険ね。絶対放置しておけない」
いつきがそのボルークの威容を目の前にして思わず叫んでいた。
この世界のボルークは現世のイノシシよりも総じて大きい。
だが目の前のそれは、中でも最大クラスだろう。
500キログラムくらいはありそうだった。
白音たちは開拓村の村長に依頼され、巨大なボルークを狩りに来ていた。
そのボルークは群れを率いるボスだという。
強大で、とても村人の手には負えなかったという。
放置すれば村人たちが食料を入手する手段が絶たれ、村の存続に関わるという話だった。
確かにこのボルークを目の前にすれば、村人たちが召喚英雄に縋るしかなかったのも頷ける大きさだった。
「でもその分、あの村の人たちが助かりそう」
白音はあくまで、食い出の話をしていた。
これだけの大きさの獲物を仕留めて帰れば、村の人たちが喜んでくれるのは間違いない。
湿地帯は白音が想像していたよりも広大で、村長の言うとおり既に背の高い木々が生えている場所もあった。
湿地から徐々に森へと変化している途中なのだろう。
足下がどこもかしこもぬかるんでいて、歩きにくいことこの上ない。
しかし体高の低いボルークは常に腹がぬかるみと接していて、こういう場でも上手く動くことができるようだった。
その大きなボルークは白音たちに気づいても逃げることはせず、毛を逆立てた。
クックックックッという独特な鳴き声を発する。
水飲み場の縄張りを主張して威嚇しているのだ。他
のボルークたちの前に出て守るような位置取りをする。
普通であれば人が三人も近づいてくればボルークは逃げ出すだろう。
しかしこのボルークの群れはニコラスから聞いていたとおり逃げなかった。
やはりボスを得たことにより、群れとしての性格にも変容が現れているのだ。
いつきは、冷や汗が額を伝うのを感じた。
ぬかるみに足を取られて思うように動けない今、あの巨体に突っ込まれればなすすべがない。
「いつきちゃん、そのまま、そのまま」
焦るいつきに、白音が優しく声をかけた。
ボルークは、ぬかるみをものともしないかもしれない。
しかし、白音には翼がある。
銀の皮翼を広げると、白音はその濁った水面の上に、ふわりと浮き上がった。
そして光の剣を右手に出現させ、それを派手に振り回す。
ボルークたちの注意を自分の方へと引いているのだ。
白音のそれを挑発行為と受け取ったらしい大きなボルークは、躊躇なく白音に向かって走り出した。
ランドルメアもボルークも、基本的な戦術は同じだ。
大きな体と脚力を生かした体当たり。
ただ、ランドルメアは角を武器にするが、ボルークは牙を使う。
だから頭を下げる必要は無く、直線的に突っ込んでくる。
直線的に突っ込んでくるのなら、白音には弾丸だって当たりはしない。
ボルークの牙が届くほんの一瞬前、白音は体を僅かにずらして突進を躱す。
やることはランドルメアの時と同じだ。
そして何度やってもこの戦術は通用する。
そこが野生動物と、戦うことに知恵を絞る生物との圧倒的な差だ。
白音はすれ違いざま、魔力を一気に高めてボルークの頸動脈を断ち切った。
肉を美味しく保つためには、興奮させないうちに血を抜いてしまうのが良いと聞いたことがある。
さすがに本職の狩人ではないのでやり方は自己流だが、ひとまずそれで絶命させる。
こちらの勝手で命を奪うのだから、せめて美味しくいただくべきだろう。
肉をぞんざいに扱っては、生命への冒涜になると白音は考えている。
激しく噴き出したボルークの返り血を浴びて、白音が魔獣討伐動画の時のような凄絶な赤に染まる。
しかしその時、白音の胸の谷間で蠢くものがあった。
「やん……」
その感触に、白音は思わず艶っぽい声を漏らしてしまった。
高まった白音の魔力を受けて、ちびそらが目を覚ましたようだった。
いつきとリプリンが、白音のコスチュームの胸元を凝視している。
その中でちびそらがもぞもぞと動いているのがよく見える。
「もっかい、もっかい言って!! やんって!!」
と、リプリンがせがんだ。
何がそんなに楽しいのか分からないが、いつきもなんだか興奮しているように見える。
「…………それどころじゃないでしょ、もう。ちびそらちゃんが目を覚ましてくれたのは凄く嬉しいけど、とりあえず目の前のバアムを……」
その時、ちびそらが白音の胸元からひょっこりと顔を出した。
辺りを見回して、少し状況の把握に時間をかける。
そして、その途端に小さな彼女は真剣な顔になって叫んだ。
「いつきっ、後ろっ!!」
ちびそらがが指さした方向、乾燥して枯草色になった葦の群生林をかき分けて、巨大なボルークが飛び出した。
先ほど倒したものより遙かに大きい、体重は優に2トンを超えているのではないだろうか。
大きさだけで言うと、サイくらい。
サイのような大きさのイノシシだ。
こんなに大きいのに、白音を初めとして、誰もその気配に気づいていなかった。
既に全力に近い速度に達して、突進の態勢に入ってしまっている。
その太く大きな牙は、どうやらいつきを標的にしているらしかった。
それを見て取って、白音は咄嗟に能力強化を使う。
「ふぎゃっ!!」
体重差は四十倍以上あるだろう。
巨体の突進をまともに食らい、いつきはまるで水切り石みたいに水面を何度も跳ねて飛んで行ってしまった。
「いつきちゃん!!」
叫んだリプリンが、いつきの飛んでいった方に急いで向かってくれた。
足下をかんじきのように平たく変形させて、水面の上を滑りながら走っている。
「いつきちゃんをお願いっ!」
「あいっ!!」
白音は、一頭目のボルークをボスだと思って舐めてかかっていたと思う。
そのせいで不意を突かれてしまった。
ちびそらが叫んでくれたおかげでリーパーは辛うじて間に合ったが、失態だった。
巨大ボルークは、続いて白音に狙いを定めた。
出会い頭に襲われた、とかではない。
気配を消し、明確な殺意を持って近づいてきていた。
ボルークとて、食うか食われるかの戦いをしているのだ。
「…………ごめんね、でも負けるわけにはいかないの。二重増幅強化!!」
白音はさらに能力強化の倍率を上げた。
「もう油断はしないわ」
他の小さな――とは言え通常サイズの――ボルークは、少し遠巻きにしてこの戦いを見守っているようだった。
白音の二重増幅強化を合図にしたように、巨大ボルークが走り出した。
大地が鳴動して、激しく泥水がかき回される。
ここまで大きいと、足下のぬかるみなどもはや関係ないようだった。
白音はやはり同じように頸動脈を狙う。
戦士同士の戦いのような駆け引きはいらない。
速度と力、どちらが上かで決まる戦いだった。
「!?」
確実に白音の光の剣が巨大ボルークを捉えた。
だが刃が中まで通らず、ダメージを与えられなかった。
通り過ぎて振り向いたボルークと、再び正面からにらみ合う。
ちらりといつきが飛んで行った方に目をやると、リプリンが手を振っていた。
いつきを支えて立ち上がらせている。
[油断したっす。リーパーのおかげで平気っす]
いつきが幻覚で空中にそんな文字を書いた。
多分胸を強く打ったせいで息が詰まっているのだろう。
[ちびそらちゃんが叫んでくれたので、なんとか受け身も間に合ったっす]
いつきは泥だか人だか、なんだか分からない姿になっていたが、どうやら無事のようだった。
白音はほっとした。
(文字で書いても、その口調なのね……)
口調だけでなく、気遣いの性格もそのまま文字になっている。
しかし白音は、そんな感想を頭から追い出して気を引き締め直す。
そしてあらためてこの巨大なボルークを観察した。
さきほどの剣の感触は、明らかに普通の生物のものではなかった。
普通の生物に、白音の斬撃を止められるものではない。
「あなたたちはそこにいてちょうだい。こいつ結構強い、かも」
「姐さん、あ、あの、イノシシ、から、うっすら、魔力、感じないっ、すか?」
いつきは少し喋れるようになったらしい。
しかしまだ喘鳴がのこっている。
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