ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
198 / 214
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第11話 開拓村の小さなお友達 その三

しおりを挟む
 ちびそらを救おうとして、メイアは手が焼けるのにも構わず火のなかに手を突っ込んだ。
 手には裂傷や火傷による水ぶくれができていたが、幸いなことにどれもあまり酷いものではなさそうだった。
 白音が消毒をして包帯を巻いてやる。
 しかしメイアは治療の間、ずっとちびそらの方を気にしていた。
 自分の傷の痛みよりも、物言わぬちびそらのことが気になっているようだった。


「これでよし、と。どう? まだ少し痛むと思うけど平気?」

 白音が手際よく包帯を巻いていくと、メイアは首を縦に振る。

「うん、へーき。ありがとう、お姉ちゃん」
「ん。……それで、メイアちゃん。ちびそらちゃんと出会った時のこと、ちょっと教えてくれる?」
「分かった」


 メイアによると、彼女の家の畑でちびそらがフラフラと徘徊していたのだそうだ。
 それを独りで遊んでいたメイアが見つけたとのことだった。
 その時のちびそらは疲労困憊の様子だったらしい。
 しかもよく見れば右腕を失っていた。
 それでメイアは慌てて家に連れ帰って介抱したのだった。


「少ししたら元気になって、わたしといっしょに遊んでくれたの。いろんなことおしゃべりして、わたしの知らないこと、いっぱいおしえてくれて、すっごく楽しかった」

「おしゃべり」をしたということは、ちびそらがこの世界の人族語を喋ったということだ。
 やはり研究熱心なそらがこの世界の言語を――おそらくは魔族語も人族語も――既に習得していて、その情報をちびそらと共有していたのだろう。
 そして自分のことを『ちびそら』と、この少女に教えたのだろう。


「でもね……、ちびそらちゃん、だんだん元気がなくなっていったの……。なにも食べてくれないし、どうしていいか分からなくて。そしたら、そしたら、うごかなくなっちゃって…………」

 メイアの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ始めた。
 白音が、メイアを優しく抱きしめて、背中をさする。

「ちびそらちゃん、さいごに、でんき? さえあればまたお話できるようになるって言ってた……」

 メイアは白音の胸に顔を埋めて、その腰をきゅっと掴んだ。


「わたし、みんなに遊んでもらえなくて、むしされること、多いんだけど……。ちびそらちゃんをなんとかしてあげたくて、それでそうだんしたら……、人形がしゃべるわけないだろって。うそつきって言われて、こんな……、こんな、こと…………」
「そか。頑張ってくれたのね。ちびそらちゃんを助けてくれてありがとうね、メイアちゃん。わたしたちね、ちびそらちゃんの友達なの。わたしたちなら、ちびそらちゃんを動けるようにしてあげられると思う」

 白音の言葉を聞いたメイアは、ぱっと顔を上げた。

「でんきがあるの?」
「ええ。わたしたちならちびそらちゃんに電気を分けてあげることができるわ」
「じゃあ、じゃあ、ずっと一緒にいられるのね?」

 メイアのその言葉に、白音は一瞬、口ごもってしまった。

「…………。ちびそらちゃんはね、わたしたちの大切な仲間なの。ずっと捜していて、ちびそらちゃんもわたしたちを捜していたと思うの……」


 白音の言わんとするところを敏感に察知して、メイアはその先を続けさせなかった。

「お姉ちゃんも、わたしからおともだちをとりあげるのねっ!!」

 横たえられていたちびそらを奪って、メイアは逃げ出してしまった。
 白音は走り去るその後ろ姿を見送りながら、言い方間違っちゃったな、と反省した。

「どうするっすか? 取り戻すだけなら簡単すけど、姐さんそんな選択しないっすよね?」

 一緒に女の子を見送りながらいつきが問うた。

「ええ、そうね……」

 そもそも白音がその気なら、ちびそらを奪われることすらなかっただろう。
 本気の白音を制して何かを奪うなんてことができるのは、およそ佳奈くらいのものだ。

「魔法少女は困ってる子の味方だもんねっ!!」

 リプリンが白音の背後から腰に手を回してまとわりついてきた。

「もちろんよ」



 どうすればメイアを傷つけずにすむだろうかと白音は思案した。
 彼女が普段から他の子供たちにいじめられているような様子だったのも気になる。

 そうしていると、壮年の男性が白音たちの方に近づいてきた。
 男性の後ろに、先程ちびそらを焚き火に放り投げた男の子が隠れるようにしている。

「息子がとんだ失礼をいたしました」

 その男性は白音たちに対して深々と頭を下げた。
 多分男の子は見知らぬよそ者に何かされたと告げ口をしに行ったのだろう。
 だが父親の反応は、男の子が期待したものとは正反対だったようだ。
 男の子も一緒に頭を下げさせられる。

 男性はこの集落の村長をしているアルノーだと名乗った。

「召喚英雄様方ですね。ようこそお待ちしておりました。これでどうにか、この村は命を繋ぐことができそうです」
「え、何?」


 どちらかというとこういう法の支配の及ばないところでは、召喚英雄は厄介者扱いされている印象だった。
 彼らはその武力に物を言わせて傍若無人に振る舞うことが多く、下手をしたら山賊紛いの徒党を結成している連中もいる。
 対抗するすべを持たない人族にとっては、できれば関わり合いになりたくないというのが本音だろう。
 しかし、この村長は、召喚英雄が来てくれれば命が繋がる、と言う。
 一体どういう意味なのだろうか。

「あの、事情は分からないのですが、何かお困りですか?」

 白音がそう言うと、村長の顔に失望の色が広がった。

「ああ…………、早とちりでしたか……。かねてより魔獣の討伐をカルチェジャポネにお願いしていたのですが、なかなか来ていただけなくて…………。召喚英雄様とお見受けしましたので、ようやく助けに来ていただけたのかと勘違いを……。申し訳ありません」

 村長の様子を見る限り、その魔獣の討伐は死活問題なのだろう。
 魔獣が直接の脅威となっているのか、それとも食料を競合するのか。
 いずれにせよ白音には、そこまで聞いておいて知らぬふりをすることはできなかった。


「あの、よろしければ事情を聞かせていただけませんか。お力になれるかもしれません」

 それを聞いた村長の顔がぱっと明るくなったのだが、すぐに慎重な態度になる。

「お礼に差し上げられるものは、あまり多くないのですが……」
「いえ……、まあ、お話だけでも聞かせてもらえますか」

 白音はこの村が困っているというなら、報酬など要求せずに手を貸すつもりだった。
 しかしそんな風に安請け合いを繰り返していると、無用な面倒ごとを呼び込む可能性もある。
 そこで少し曖昧なまま、言葉を濁して話を進めた。

「そうですか。ありがとうございます。それでは私の家へおいで下さい」

 むろんメイアのことも気にはなっている。
 しかしあの子ならちびそらを傷つけるようなことは絶対にしない。
 そう確信が持てたので、先に村長の話を聞かせてもらうことにした。
 それに村長なら、メイアの事情も何か知っているだろう。


 村長の家は多少立派だったが、他の村人たちの家と比べてそうたいして代わり映えのない、簡素なものだった。
 煮炊きをする炉のある居間があって、寝室がある。
 それだけの造りだった。
 あとは庭には貯水槽、家畜小屋と納屋、穀物倉。
 実用一辺倒といった雰囲気だ。

 客人をもてなすための応接室などはもちろん無く、白音たちは居間へと通された。
 村長は、この村が現在置かれている状況を聞かせてくれた。
 それを白音が日本語に通訳していつきとリプリンにも聞かせる。
 白音もいい加減慣れてきて、会話しながら通訳するコツを掴んできた。
 ふたりが異世界言語を習得するよりも、白音が通訳のエキスパートになる方が先なのかもしれない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...