ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第11話 開拓村の小さなお友達 その一

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 白音、いつき、リプリンの三人は、召喚英雄たちの街『カルチェジャポネ』を目指し、馬車で荒野を旅している。
 途中の村々に立ち寄り、はぐれた仲間たちの情報を求めながらの旅は、三日目の昼を迎えていた。


 雑貨店の店主から安く売ってもらった馬車は、驚くほど乗り心地が良い。
 はぐれ召喚者が金に飽かせて作った、というのはどうやら本当だったらしい。
 板バネ式のサスペンションまで備えている豪華仕様だ。

 御者を務める白音の両脇に陣取り、いつきとリプリンが眠りこけているのは乗り心地のせいだろう。
 ふたりとも白音にしなだれかかっている。
 白音はふたりを起こさないようにそっとブランケットを取り出すと、彼女たちに掛けてやる。
 白音自身は魔法少女に変身した上でローブを纏っているのでまったく寒くはない。
 しかし変身を解いてしまっているいつきは、風邪を引いてしまわないか少し心配だった。
 リプリンの方は……風邪を引くことがあるのかどうかよく分からないが、念のためだ。


 見張りの他に特にすることもないので、白音はちょっと試しに能力強化リーパーの魔法を使ってみた。
 馬車を牽いてくれている二頭の重種の馬と、ついでに馬車自体も魔法の対象に含めてみる。
 白音の固有魔法ユニークである能力強化リーパーは、白音が仲間だと認識していれば動物であろうと無生物であろうと効果を及ぼすことができる。


 魔法にかけられた二頭の馬は、白音の方をちらりと見て小さく嘶いた。
 馬車がぐいっと力強く牽かれて速度が上がる。

 馬たちがアイコンタクトを取ったのは偶然ではないと思う。
 能力強化リーパーによって彼らの知性も強化されているのだ。
 二頭が互いにタイミングを合わせるようにしてくれるので、ほとんど御者の仕事がいらなくなってしまった。
 これなら彼らと仲良くさえしておけば、誰が手綱を取っても平気だろう。

 馬車の方はサスペンションの性能が相当上がっているらしい。
 乗り心地が格段に良くなった。
 それに確かめてはいないが多分、強度の方も戦車並みになっているはずだ。

 しかしそれにしても、ほとんど路面からの振動が伝わってこなくなってしまった。
 馬車の能力強化だけでここまで静粛になるものだろうか。
 白音が不思議に思って観察していると、どうやら馬の方でも、あまり揺れないように気を遣ってくれているらしかった。
 路面の凹凸や小石を巧妙に避けている。
「眠っているふたりを起こさないように走ってやろう」、そんな優しさすら伝わってくるようで、白音はちょっと感動してしまった。



「フガッ!」

 馬車に優しく揺られて眠りこけていたリプリンが、突然変な声を出して飛び起きた。
 そして少し辺りを見回した後、口を大きく開けた。

 ずおーーーっと大量の息を吸って口を膨らませる。
 白音が呆気にとられて見ていると、隣で寝ていたいつきも目を覚ましたらしい。

「リプリンちゃん、どしたんすか?」
「さ、さあ…………」

 まるで吸い込んだ息を咀嚼するかのように、口をもごもごと動かしている。

「何か食べる夢でも見てる……のかしら?」

 しばらくそうやっていると、今度は唐突に白音の方を向いて叫んだ。

「あの腕と同じ匂いがする。ちびそらちゃんの匂い」
「!!」


 どうやら寝ぼけていたわけではないらしい。
 その言葉に、慌てて白音といつきも辺りを見回す。
 しかしふたりには何も感じられなかった。
 いくら眺めてみたところで、茫漠たる荒野がうんざりするほど続いているだけだ。

 リプリンが今度は鼻をすんすんと鳴らし始めた。
 匂いの来る方向を辿っているみたいだった。

「微かだけどあっちの方から漂ってくるの。他の人とか、いろんな匂いも混じってるけど」

 白音は急いで地図を取り出した。
 リプリンの指し示した方向には、どうやら小さな開拓村があるらしい。

「行ってみましょう」
「あい!」
「はいっす!」


 乾いた荒野の地面を見れば、確かに人が往来している形跡が見て取れた。
 数は多くないが、商路から逸れて蹄の跡や馬車のわだちがつけられている。

 リプリンの誘導に任せて、白音たちはその方向へと向かった。
 轍を踏む形で馬車を走らせる。
 すると、すぐに集落らしきものが見えてきた。

 試しに白音も鼻をすんすんと鳴らしてみたのだが、匂いなどまったく分からなかった。
 だいたい「ちびそらちゃんの匂いがする」と言われたところで、それが一体どんなものなのか想像もつかない。


 魔族の国では、魔物の研究はそれなりに行われていた。
 現世界ほど理論立てられた調査ではないが、通説ではスライムには視覚が無いとされていた。
 明るさ程度なら感じているが、獲物などを見つけるのはそれ以外の感覚に頼っているらしい。
 魔力か、振動か、匂いあたりを感じているのだろうと考えられている。

 もちろん今のリプリンには明らかに視覚がある。
 ただ生来の性質としてやはり、嗅覚もかなり優れているのではないだろうか。
 リプリンがグルメな秘密がひとつ分かった気がする。


 その集落の周囲は地面が削られて堀になっており、さらにその内側には盛り土がされていた。
 だが入り口を見張る者は誰もいない。
 いささか不用心に思えるが、簡素な木製の門は開け放たれたままになっている。

 白音が門の付近に馬車を停めていると、

「こっち!!」

 そう言ってリプリンが四つん這いになって、地面をクンクンと嗅いでいた。
 彼女の鼻が、少し伸びて長くなっている。
 内部の表面積を増やして感度を上げているのだろう。
 実に理にかなっている、と白音は感心する。
 感心はするが見た目がちょっと、人には見せない方がいいのかなと思った。

「犬じゃないんだから……」

 それにそもそも、鼻で嗅がなくてもいいような気がする。
 変幻自在の体を持つリプリンなら、たとえ足からでも匂いは嗅げるだろう。
 だからこれは、気分の問題なのかもしれない。


「こっち、こっち!!」

 リプリンが四つん這いで走っていくので、白音はちょっと人目を気にしながらついて行った。

「大丈夫っす。三人で普通に歩いてるだけに見せかけてるっす」

 素早く魔法少女に変身したいつきが、既に幻覚魔法を使ってくれているようだった。

「ありがとう。さすがね」


 幻覚で姿を見えなくして、村に入ったこと自体を知られないようにする選択肢もあったと思う。
 しかし自分たちにやましいところはないと示すためにも、堂々としていた方が良いだろう。
 いつきが咄嗟にそう判断してくれたのだ。


 堀に囲まれた集落はそう広くはない印象だった。
 白音たちはその中を警察犬顔負けのリプリンに導かれて、あちらこちらと連れ回される。
 何度も同じところを右往左往させられてその末に、民家が建ち並んでいる区画からは少し離れた場所へと出た。

 居住用ではなさそうな単純な造りの丸太小屋があり、その向こうには村の外へと続く門が見える。
 入ってきたのとはちょうど反対の方向へと抜ける道が続いているらしい。


「子供たちが遊んでるっすね」

 いつきの言うとおり、何人かの子供がその小屋の前の空き地にたむろしていた。
 寄せ集めの廃材や柴のようなものを燃やしている焚き火があり、どうやらその周囲で遊んでいるらしかった。


 廃材とはいえ、この荒れ果てた土地では貴重な資源である。
 当然再利用するべきものであり、子供が勝手に燃やしていいものではない。
 彼らが親の目を盗んで火遊びをしているのだろう。
 白音はそれを見て、どこの世界にも困った子供はいるもんだなと思った。
 魔族だろうと人族だろうと、その辺りの事情は似たようなものだ。

 しかし実のところ、白音からすればこの程度の悪戯は可愛いものだった。
 ご近所から『ちびマフィア』と呼ばれていた佳奈や莉美、自分たちの幼少期はおよそこんなものではなかった。
 白音たちの遊び方は、決して真似をしてはいけないものばかりだったと思う。

 苦笑いしながらも白音はつい癖で、焚き火が小屋などに燃え移ったりしないかどうかにだけ目を走らせた。
 若葉会で弟妹たちの見守りをしていた時の白音は、基本的に放任主義であった。


「嘘つき!!」

 その時男の子の大きな声が響いた。
 そして小さな女の子が男の子に突き飛ばされるのが見えた。
 突き飛ばされた女の子は、手に人形を握りしめている。青いコスチュームを着ていて、片腕のない…………。

(ちびそらちゃん!!)
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