ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第8話 空(から)の棺 その一

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 アレイセス、リビアラの魔族夫婦は我が子を守るため、魔法研究施設に潜伏していた。
 白音たちはそんな夫婦から、ここに至るまでの経緯や事情を聞かせてもらうことにする。
 その時研究施設の一角で、いつきが夫婦も知らなかった隠し部屋を発見した。
 そしてさらにまだその隠し部屋には秘密があるようで、いつきが鋭い目を向けている。

「ここ怪しいっす」

 そう言っていつきが指さした床には、うっすらと何か白いものがこびり付いたような跡があった。
 しかもそれは、よく見れば壁に遮られて途切れていた。

「この壁が動くってことなのかしら? でないとこんな風にはならないわよね」

 白音の言葉に、いつきも同意して頷く。
 白い汚れのようなものはおそらく、壁の向こうへと続いているのだろう。

「今度は幻覚じゃなさそうっす。壁はちゃんとそこにあるっすね」

 リプリンが体をネオングリーンに輝かせてくれているので、明るい視界は確保できている。
 とはいえ、よくそんな繊細なところにまで気がつくものだと白音は感服する。
 いつきは幻覚魔法だけではない、そういう人の目を誤魔化すような仕掛けにも目端が利くようだった。


「またわたしが見てこよっか?」

 そう言いながら、リプリンがどこかに入れる隙間がないかと探している。
 既に若干その体がひしゃげているように見える。
 しかし先程とは違い、いくら探しても髪の毛ほどの隙も見つからなかった。

「まったく継ぎ目のない扉なんて、有り得ないっすよね?」

 いつきも慎重に怪しい部分を探しているが、同じくお手上げのようだった。

「そうね…………。だとすると、幻覚でも、開閉する扉でもない、けれどそこを通過できる仕掛け…………。あ、待って。これってひょっとして……」

 白音はその壁の構造が、チーム白音のアジトにあった扉となんだか似ていると感じた。
 白音たちは莉美の父親が所有する倉庫を借りて、魔法少女チームの活動拠点として使っていた。
 その一角に、一恵が造ってくれた異空間の部屋がある。
 その部屋へと繋がる扉が、ちょうどこんな感じだった。
 閉じていればそもそも扉として存在しないのだから、隙間などできようはずもない。

 白音は試しに、ポスターに向かって魔力を流し込んでみた。
 アジトのものと同じ仕組みならば、それで作動するはずだ。



「おー…………」

 見守っていたいつきとリプリンが同時に声を上げた。
 にこやかに笑いかけている露出過多のデイジーが、輝きを放ち始めている。
 なんだか後光を背負って神々しくすらあるその絵姿に、ふたりとも魅入っていた。

「もう……なんなのよ…………」

 無駄に凝った演出が入ったものの、やはり白音の睨んだとおりだった。
 流し込まれた魔力に反応してポスターの貼ってあった壁が消失する。
 チーム白音のアジトにあったものと同じ仕組みなら、壁の一部、扉ほどの大きさの部分だけが別の次元と入れ替わったのだろう。
 特定の者にしか開けないような仕掛けギミックがなかったのは幸いだった。
 もしアジトの扉と同じようなセキュリティが設定されていれば、予め登録された魔力紋エーテルパターンを持つ魔力以外には反応しなかっただろう。


 白音は少し警戒して、慎重に消失した壁の向こう側を覗き込んでみた。
 白音の顔に、ひいやりとした空気が触れる。
 ここまでは暖房もされていて、快適な普通の生活空間といった印象だった。
 しかし壁の向こうは明らかに雰囲気が違っていた。

 素人目には随分と広い理科の実験室のように見える。
 ただし置かれた器具や装置は、何に使うのかさっぱり分からない。
 異世界魔法文明の所産がほとんどである。
 そしておそらくはこの空間全体が、しっかりとした防爆構造になっているのだろう。
 頑丈な壁の造りや、厳重な防護結界のせいで音の反響が異質なものになった。
 音が変わるせいで、白音は突然別世界に迷い込んだような気にすらなる。

 しかし広いとはいえ、白音が把握していた王立の魔法研究所のものよりはかなり規模が小さかった。
 聞いていた予算配分や構成人員の数からすると、もっと大きな施設であってしかるべきなのだ

「大魔道の私的な研究施設のようね」
「まあそれは……、そっすよねぇ……」

 いつきは先程の白音一色に埋め尽くされた部屋を思い出す。
 もしこれが公的なものなら、魔法研究所は白音の公式ファンクラブということになってしまうだろう。

 研究室の中からはぶーんという低く唸るような音が聞こえ続けていた。
 明かりも付いていて、いまだに魔力が供給され続けているらしい。
 白音を先頭にして、いつき、リプリン、アレイセスの四人で研究室に足を踏み入れた。
 いつきはあまり戦闘が得意ではないため、本来なら危険な場所へ連れて来るべきではない。
 しかし彼女以上に怪しいものを見つける能力に秀でた者はいないだろう。
 リプリンとアレイセスにいつきの護衛をお願いして、後ろからついてきてもらうことにした。

 大量に置かれた資材や装置類のせいで、広いはずの空間が迷路のようになっている。
 その間を縫うようにして進んでいくと、ひときわ大きく取られたスペースに大きな棺のようなものが置かれているのを発見した。
 跳ね上げ式になっているらしい蓋が、大きく開け放たれている。

「うわぁ……」

 白音といつきが顔を見合わせた。
 中身が入っていたらどうしよう、とふたりとも同じことを考えた。

「わたしが見てくるから、みんなはそこで…………」

 さすがに白音も、これには不気味なものを感じる。
 三人には待っていてもらおうと思ったのだが、リプリンがぴったりと寄り添うようにして白音のコスチュームの裾を掴んた。

「ん。じゃあ一緒に確認しよっか。気を付けてね」
「あい」

 ふたりがそっと音を立てないように近づいて、一緒に棺の中を覗き込む。
 いつきとアレイセスは少し離れてそれを見守っている。

「………………、何も入ってないわ」

 白音がそう言うと、その場の全員がほっとした。
 いつきは我知らず掴んでいたアレイセスの黒翼を慌てて放す。

 棺の中は琺瑯ホーローのようなつるつるとした素材でできていた。
 そしてそこに、何か白いものがびっしりとこびり付いている。

「お風呂?」

 リプリンがそう尋ねた。
 リプリン自身は入ったことがないはずだが、白音の体内にいた時に見て知っているのだろう。
 確かに大きさといい、質感といい、バスタブのように見える。

 それだと平和でいいなと白音も思った。
 だったら白いものは、石けんか入浴剤が乾いているだけだろうきっと。
 でもこれがお風呂だったら周りも水浸しに……。
 そう思いながらバスタブ周辺の床を見た白音は、そこにも白いものが大量にこびりついているのを見つけた。

 そして白音は、気づいた。

 その白い汚れは、足跡が大量に重なり合ってできたものなのではないだろうか……。
 よくよく見れば、それらはすべて人間の裸足の形をしており、それが何度も往復することによって付いたものではないかと思えるのだ。
 その事実に思い当たってしまった瞬間、白音は思わず戦慄していた。

 風呂上がりだか、蘇りだか知らないが、その人型をした生物は周囲をあちこちうろついた後、どうやら白音たちが入ってきた入り口から出て行ったらしい。
 足跡を追えば、その者の動きが鮮明に浮かび上がってくる。
 多分さきほどの居住空間の壁際でいつきが見つけた白いものの正体も、この足跡の続きに違いあるまい。

 液体に満たされていたこの棺の中から、何かが這い出して歩いて行った。
 あまり想像したくないがそういうことだろう。
 これが映画とかだと、目を覚ました怪物がここから抜け出してどこかに潜んでいるのだ。
 そしてひとりずつ襲われて……。

「いやいや……」
「ん-?」

 白音がかぶりを振ってホラーな妄想を頭から追い払いっていると、リプリンがその顔を覗き込むようにする。
 変な妄想よりも、目の前の可愛い現実の方がよほどいいに決まっている。
 白音はリプリンの頬をぷにっと突っつくと、この施設の探索を開始した。
 ホラーかどうかはともかく、魔族親子が安心して暮らせるよう、徹底して安全確保はしておかなければならない。
 みんなで手分けをして、隅々まで調べていく。

 この随分と大きな『理科実験室』には、棺とそれに関連する設備以外にも実に様々な実験装置が置かれていた。
 これだけの規模の研究を『個人的』に行っていたのだとしたら本当に驚きだ。
 白音は魔法技術にはあまり詳しくない。
 しかし前世と今世と、ふたつの記憶がある彼女の目からすれば、どうもそれらの装置には魔法と科学と、両方の技術が取り入れられているように感じられた。
 調べれば調べるほど、やはり大魔道は現世界から来た人間、つまり召喚英雄なのではないか? そう思えるのだった。


「姐さん、姐さん」

 いつきが何かを見つけたらしく、手招きして白音を呼ぶ。

「こっちに何か書いたものがあるっす。僕には読めないんすけど」

 たくさんあるテーブルやデスクは、どれも上に様々なものが置かれてごちゃごちゃしている。
 しかしひとつのデスクだけ綺麗に片付けられて、一枚の紙切れが置かれていた。
 文鎮代わりに何か得体の知れない金属の塊が載せられている。
 そこには、魔族語の文字でメッセージが綴られていた。
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