ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第7話 魔法少女と秘密の部屋 その二

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「白音様に撫でていただいて、この子も無病息災、きっと強い子に育ってくれると思います」

 白音がアーリエの頭を撫でていると、アレイセス、リビアラの魔族夫婦が感謝の面持ちでそう言った。

「いやいや……、わたしをそんな魔除けの獅子舞みたいに言われても…………」



 心ゆくまで、魔法少女たちはアーリエを愛でた。
 白音とリプリンが『取り合い』という名の愛情表現を繰り広げる横で、しかしいつきは、少し尻込みをしているようだった。
 リプリンも一応そうなのだが、いつきはこんなに幼い子の相手をするのは初めてだったらしい。
 そこで白音が、いつきの胸にそっとアーリエを託してみた。
 いつきは初めはいかにも怖々といった感じでアーリエを抱いていた。
 しかしそうやってなんとか抱き上げて体を揺らしているうちに、アーリエはそのままいつきの胸ですやすやと眠り始めてしまった。
 多分みんなで騒いだせいで疲れてしまったのだろう。


「ね、姐さん。僕、どうしたらいいんすか?!」

 いつきの、もうどうしていいか分からないという不安げな表情とは対照的に、アーリエの方はすっかり安心した寝息を立てている。

「むー」

 幸せそうなアーリエの寝顔を見て、白音は少し不満そうにする。
 赤ちゃんの扱いは自分が一番上手だという自信がある。
 どうして自分の胸では眠ってくれなかったのか、と思う。

「いやいや、姐さん。むーじゃないっす。助けて下さいっす」

 身動きするとアーリエが目を覚ましてしまうかもしれない。
 進退窮まってしまったいつきが救いを求めると、リビアラが笑いながらアーリエを引き受けてくれた。
 話す言葉が違えども、そして種族が違えども、通じ合うことはできるらしい。


 アーリエをベッドに寝かせると、腰を落ち着けて夫婦から詳しい事情を聞かせてもらうことにした。
 あらましはここへ来るまでに聞かせてもらっている。
 アレイセスとリビアラは、かつて魔族軍の兵士として人族と戦っていたのだそうだ。
 だが戦争は、多数の召喚英雄をようする人族側の完全な勝利に終わった。
 やがて人族が魔族狩りを始めると、祖国を失ったふたりは各地を転々と逃げ延びるしかなかった。
 その時に、アーリエを授かったのだという。
 身重になり、足が鈍った夫婦は人族に見つかり窮地に陥った。


「追い詰められ、もう駄目かと諦めかけた時に、仮面を付けた方に救われたのです」
「仮面?」

 アレイセスの話がちょっと意外な展開を見せたので、白音たちは顔を見合わせた。

「はい。魔族の方でしたが、仮面を付けて顔は隠されていました」

 仮面の魔族は身重のリビアラを庇い、アレイセスと共に戦ってくれたのだという。

「あの方はわたしたちと、そしておなかにいたアーリエの命の恩人です」

 リビアラがベッドに眠るアーリエを愛おしそうに見つめながら、感謝の言葉を口にした。

「相当腕の立つ方でした。あの方がいなければ、ここまで到底辿り着けなかったでしょう」

 そう言ってアレイセスも深く頷く。

「腕が立つって、アレイセスさん、あなたよりもってこと?」
「はい」

 彼がそんな言い方をするのだから、その仮面の魔族の強さは本物だろう。
 逃げ延びた魔族がどのくらいいるのか分からない。
 しかしそうやって彼らを助けてくれている魔族もまだいるのだ。
 白音もその恩人に感謝の想いを捧げる。
 仮面はまあ、ちょっと怪しいのだが。


「結局お名前は名乗られませんでした。私たちと共に戦い、逃げ延びて、この場所を教えていただきました」

 アレイセスがそう言うと、リビアラも頷く。

「おかげでわたしは、アーリエを安心して産むことができたのです」

 夫婦は仮面の魔族から、ここが魔法の研究に使われていた施設だということを聞かされている。
 ただ、そういうものは普通は軍事機密のはずである。
 だからそれを知っていた仮面の男はきっと軍関係の、それも相当高い地位にいる人物に違いない、と夫婦で話していたらしい。

「それで何か事情がおありで顔を隠されているのだろうと、リビアラと話していました」


 白音は初め、その仮面の男は例の『セクハラ大魔道』なのではないかと考えていた。
 しかし話を聞いていくうちに、どうもその人となりが彼とは一致しない。
 もし『セクハラ大魔道』なら、何かぶっ飛んだエキセントリックなエピソードのひとつくらいあってもおかしくないのだが、そういう話が夫婦の口からまったく出てこないのだ。
 夫婦の話に出てくる仮面の魔族は、真っ当な紳士そのものだった。
 ただやはり夫婦の言うとおり、研究施設のことを知っている人物となれば、魔族軍でもかなり限られてくるのは間違いない。
 前世の白音と顔見知りである可能性は高いのではないだろうか。
 いったい誰なんだろう、と白音は前世の記憶に思いを巡らせた。
 知る限りの紳士たちの記憶を順に辿ってみる。


「ん? いつきちゃん?」

 そうしているとふと、いつきがみんなの会話をよそに、壁の一点を凝視していることに気づいた。

「ど、どうしたの? いつきちゃん……」

 いつきのその様子は、まるで見えない何かが彼女にだけ見えているみたいで、かなり怖いのだが。

「あの壁怪しいっす。なんかありそうっすね」

 いつきが立ち上がって壁に近づき、そして固有魔法ユニーク魔法を使う。

看破シースルーっす!」

 根来ねくる衆との戦いでも見せた、幻覚を打ち消してしまう魔法だ。
 いつきのそれは、『何かを隠そうと作用する魔法』に対し『何かが確かに存在するという現実』で上書きをしてしまうものだ。
 そうすると幻覚で形成されていた壁が消失し、そこに隠されていた扉が露わになった。
 途端にそこから微かな魔力も感じるようになる。
 本当にいつきにだけ見えるものがあったらしい。

「まあ、そんなところに扉があったなんて……」

 リビアラが驚いて夫の顔を見た。
 その声からは警戒感が滲み出ている。
 当然だろう。これがゲームならわくわくするシチュエーションなのだろうが、生活の場にそんなものがあってはたまらない。

 みんなを下がらせて、白音がひとりで扉を調べてみる。
 扉にはノブらしき引っかかりはあるのだが、しかししっかりとロックされているらしい。
 魔法少女の白音がかなりの力を込めて押したり引いたりしてみるが、びくともしない。

「まあ、隠されてたくらいだから当然よね。でも向こう側の確認ができないと、このままじゃおふたりも安心できませんよね……」

 そしてできれば向こう側に、長期保存食など潜伏生活に役立つものが何かないかと白音は期待していた。


「わたしに任せて!!」

 張り切った様子のリプリンが扉に近づくと、白音が止める間もなく、溶けた。
 可愛らしい魔法少女が、一瞬で形をなくす。

「ひっ…………」

 リビアラが小さく悲鳴を上げた。
 手足が粘着性の触手になることは実際に体験して知ってはいたが、全身がそうなるとは思っていなかったようだ。
 しかしなんとかこらえて、それ以上は取り乱さないようにしてくれている。

「ああ、ごめんなさい。いきなり。こういう魔法なの」

 白音が慌てて取り繕う。

「もう、いきなりやったらびっくりさせちゃうでしょ?」

 液状化した体の中に、まだ僅かに原形を留めている目と片耳が見える。
 そこに向かって注意する。

「あい!」

 白音からするともう、そんな姿もそれはそれで可愛いと思うようになっている。困ったものだ。
 でっろでろになったリプリンが、扉の隙間から進入を試みる。

「やっぱり以前よりもずっと小さくなれるみたい。これなら口から……」

 口から入れるのも楽かも、と言いかけたが、それは認めないでおく。


「気を付けてね、リプリン。慎重にね?」
「あーい!」

 極限まで薄くなったリプリンは、するすると扉の向こうへと吸い込まれていった。
 魔核も一緒に薄く小さくなっているらしい。特に何かが引っかかるようなこともない。

「………………どう? リプリン、開けれそう?」
「んー、真っ暗。ちょっと光ってみる」
「光ってみる?」

 明かりをつける、の間違いじゃないのだろうか。
 明かりの基礎魔法プライマルなら、大抵の魔法少女が使える。

「…………わぁ、すごーい。白音ちゃんがいっぱい!!」
「ん? え、何? わたし??」
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