ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第6話 さすが姐さん、魔法少女っす!! その一

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 白音は銀翼を広げ、いつきとリプリンを運んで良く晴れた冬の大空を飛んでいた。
 隊商キャラバンが襲われているという区域までは、一時間かそこらで着くだろう。
 飛んでいくと本当にあっという間だ。
 しかしこれでも白音は、いつきたちに配慮してかなりゆっくり飛んでいるのだ。

「……さっき店の人がね、研究施設があったらしいって言ってたでしょ。わたし多分それ知ってるのよ」
「そうなんすか?」
「すか?」

 それは先程白音が、「後で話す」と言っていた事だった。
 いつきが自分を抱いている白音の言葉に耳を傾けると、それに続いてリプリンも輪唱しながらポシェットから顔を出す。
 いつきはあの時の雰囲気から、きっと奴隷商の店主には聞かれたくない話なんだろうなと思っていた。

「ちょっと地形が変わりすぎてて正確じゃないんだけど、多分うちの魔道士が魔法の実験してたところだと思うの」

 『うち』というのは白音が前世で属していた魔族軍のことを言っている。
 つまり軍属の魔道士が魔法研究を行っていた施設、ということだ。

「な、なんかもうそれ聞いただけで、近づかない方がいいって感じがするんすけど……」
「そうね……、わたしも嫌な予感しかしない」
「うう……。姐さんが嫌がるって、よっぽどっすよ?」

 いつきが白音の腕の中で身震いした。

「ああ、いえ。多分嫌な理由がちょっと違うわ。その研究施設の魔道士長って、ものすごく優秀だったんだけど、あだ名が『セクハラ大魔道』だったのよね……」

 少しの間沈黙が訪れた。

「…………それ、魔法少女の天敵じゃないっすか!?」
「えっと……、セクハラ大魔道は私たちと一緒に戦ってくれたとっても頼りになる魔道士だったのよ。ただちょっとクセが強いというか、我が道を行くというか。……まあ、変態ね」

 白音が大魔道を弁護しようとしたのだが、オブラートに包みきれなくて結局はひと言で片付けてしまった。

「天敵って、わたしたちを食べるの?」

 ひと口でいけそうなサイズのリプリンが、少し不安そうな顔をしている。

「食べない食べない。大魔道は変態だけど、そういう変態じゃないから」

 白音だってセクハラ大魔道に食べられるのは嫌だ。

「リプリンちゃん、僕の言い方が悪かったっす。天敵はそういう意味じゃないっす。怖がらせてごめんっす」

 いつきがリプリンの頭をそっと撫でている。
 最初に互いを化け物呼ばわりしていた時と比べれば、随分ふたりとも打ち解けてくれているみたいだった。
 たとえどんな変態が待ち受けていようとも、ちびそらの腕を取り戻すためならば行く以外の選択肢はない。
 しかし白音にはこんなに心強い味方がいてくれる。
 この三人なら何が来ようとも平気だと、白音は確信している。



 時速にすれば100キロメートルくらい。
 白音にとってはかなり楽な巡航速度で飛び続けていた。
 どこまで行っても荒野の景色にさしたる変化はない。
 しかしやがて白音が速度を落とし、周囲を見回し始めた。
 出発前に見た地図が、その頭の中には完璧に記憶されている。

「この辺だと思う。ちょっと……ほんとに目印も何も無いから、自信ないんだけど」

 白音はいつきたちをそっと地上へと降ろした。
 そして念のため、誰かと遭遇してもいいように白銀の翼は隠しておく。

 いつきが一瞬でたたまれて消える翼に見惚みとれていると、ポシェットから這い出したリプリンが勢いよく飛び降りた。

「うわわっ!!」

 焦ったいつきが慌てて手を伸ばすが、それをすり抜けて地面に落下してしまった。
 しかしリプリンは着地の瞬間だけゴムまりのようになってぷよんと弾んだ。
 弾んでいる間に再び人の形になり、すぐに元の大きさになって綺麗に足から着地を決める。



「到着っ!」
「おー、すごい身体能力っすね」

 思わずいつきが拍手をする。

「伸体能力……かしらね」

 ふたりに褒められてリプリンは嬉しそうな顔をした。
 けれど白音は、なんとなくだが理解していた。
 リプリンはそうやって準備運動をしたのだ。
 おそらくは無意識のうちだろう。
 野生の本能のようなものが、そうしておくべきだと囁いたのだ。

「ふたりとも、油断はしないでね」


 白音は、まずはくだんの魔法研究室を探し出して確認したいと考えていた。
 何か特徴的な地形でもあれば、前世の記憶に引っかかるかもしれないと期待していたのだ。
 しかし三人で周囲を注意深く見渡してみるが、何の手がかりも得られなかった。
 真っ平らな荒野の唯一の利点は、ひと目で何の手かがりもないと理解できることくらいだ。

「相手が魔法研究で生み出された生物とかなら、見境なく襲ってくるんすかね?」

 いつきが周囲に目を凝らしながらそう尋ねた。
 彼女がいれば、研究室が幻覚か何かで隠蔽されていたとしてもすぐに看破してくれるだろう。

「わたしもあまり詳しくはないんだけど、制御されていなければそうなるかな。でもキャラバンを襲って積荷を奪ってるらしいから、少し知性を感じるのよね」
「まあセクハラ大魔道が見境なく襲ってくるよりはましなんすけど」

 白音は思わず想像してしまって苦笑する。それは嫌すぎる。


「やっぱり施設の位置を特定するのは難しそうね。襲ってくるっていう魔物をおびき出す作戦で行きましょうか」
「はいっす!」
「あい!」
「いつきちゃん、わたしたちを美味しそうな獲物に見せかけてくれる?」
「食べちゃダメ!!」

 白音の言葉にすかさずリプリンが反応した。
 今のは確実に白音が誘ったのだろう。互いにアイコンタクトすら交わしている。
 いつきには、もはや息の合った合いの手を入れているようにしか見えなかった。

「ふふ、ごめんごめん。キャラバン隊を襲うらしいからいつきちゃん、わたしたちをそういう感じに見せかけてくれる?」

 しかしそこで、いつきがはたと困ってしまった。

「うう……」
「どうしたの?」
「やっぱり僕、勉強頑張るっす」
「んん??」
「詩緖ちゃんにも言われてたんすけど、幻覚をリアルにしたいならいろんな物事を見て知っておかないとダメよって……」
「あー……」

 ここでの幻覚は現世とは感覚が違う。文化や技術にギャップがあるため、服装ひとつとってもお手本がなければ違和感が出てしまうのだろう。
 それで白音は思い出して、いつきにスマホの写真を見せた。上空から撮ったものだが、リックたちのキャラバン隊が小さく写っているものがある。

「これで何とかならないかしら。細かいところは日本風のものでも多少は大丈夫だと思う」
「了解っす」
「あ、あと、人数もあまり多いと襲ってこないかもだから、五人くらいでお願い」


 幻覚魔法で十頭ほどの馬を連れた五人の商人が現れる。
 最初いつきがゼッケンのついたサラブレッドを描き出していたので、もう少し足の太い頑丈そうな駄馬に修正してもらっていた。
 本当はラバの方がいいように思うのだが、白音にも馬、ロバ、ラバの微妙な違いを上手く説明できなかった。

 警戒しているのを悟られないようのんびりと、しかしわざとらしくない程度の速度で歩いて行く。
 何も無いところで何度も往復するのはおかしいので、できれば一度の囮行ルアリングで襲撃者と遭遇したいところだ。
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