ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第5話 オーパーツ その三

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 奴隷商に陳列されていたオーパーツの中に、肩の下から引きちぎられたような小さな人形の腕を見つけた。それは、そらの腕である可能性が高いように見えた。

「!!!!! おじさん!! それ、どこでっ!?」

 白音の声も自然と跳ね上がる。

「いや、うーん、どこでとかは分からないな。そこら辺にあるのは今朝入荷した物だ。付近で見つかった品物が毎朝ひとまとめにして入荷してくる。まだ整理もしてないよ」

「姐さん!!」

 いつきの声が悲鳴に近くなった。

「ええ、分かってる。それ、買うわっ!!」

 ふたりの焦燥感とは対照的に、店主は落ち着き払っていた。

「大事な物っぽいな?」

 白音はしまったと思った。
 切実に欲しがっているのがばれた。きっと足下を見られるだろう。

「ふむ…………」

 店主が少し考え込む。

「代金はいらない。ただし、条件がある」
「……条件って?」

 白音は思わず固唾を呑んだ。
 たとえどんな条件を出されようと、もはやそれを飲む以外に選択肢はないだろう。

「最近我々が使っている交易ルート上に魔物が出ているんだ。それを退治してくれたら譲ってもいいぞ」

 店主が出した条件は、どうやら心配したほどの無理難題ではなさそうだった。
 白音は内心ほっとしたのだが、今はまだ表情には出さないようにする。

「この町にやって来る隊商キャラバンに被害が出ていてな。怖がる奴らも出始めていて、このままじゃ物資が入ってこなくなる。この町は何も無いところだから、物流が止まると死ぬ以外にない。なんとかして欲しいんだ」

 街道に出てきて悪さをする魔物を排除する。
 それは前世の魔族軍でも大事な任務のひとつだった。
 王族の近侍であった白音は直接関与する立場ではないのだが、それでもよく駆り出されていた。
 強力な魔物が出現した際に、武勲をもって名を轟かせる白音の力が頼りにされていたのだ。

「でも、ここには戦えそうな召喚英雄たちがたくさんいると思うんだけど……」

 何故彼らに頼まないのだろうか。
 その方が手っ取り早く解決できるように白音には思える。

「ここらにいるはぐれ者たちは、金にならないことには無関心でね。まあ被害が大きくなれば皆で金を出し合って懸賞金をかけることになるだろうが、その前にうちで単独で処理したとなれば、この町の商売人たちに貸しが作れるからな」

 なるほどね、と白音は得心した。
 一軒目のイケメン店主のような人物なら、この老店主にしっかりと恩義を感じてくれることだろう。

「その条件でどうだ?」
「分かったわ」

 間髪を入れず即答で引き受けた白音の様子に、少し店主が驚く。

「まったく躊躇ためらいもしないとは、本当に腕に自信があるんだな」
「いえ、そういうわけじゃ……。もう駆け引きしても仕方がないから正直に言うけど、とにかく早く欲しいのよ」
「よほど大事なもんなんだな。あんたらが帰ってくるまで、こっちで丁重に保管しとくよ」
「ええ、是非お願いするわ」

 町に被害を出している魔物を倒せば、ちびそらのものかもしれない腕を譲ってもらえる。
 単純明快な取り引きだろう。


「それで、魔物ってどんななの?」
「それが、生還者がいなくてね。あまり大した情報はないんだ。数は二匹かそこらだろう。護衛についてるはぐれ者たちもやられてるから、かなり強そうだ。それに……」

 店主が少し言い淀んだ。

「それに?」
「被害の出てる区域には、魔族どもの魔法の研究施設があったって噂がある。そこの実験動物が野放しになってるんじゃないかって…………。ああ、怖じ気づいてやめるとか言わないでくれよ?」
「もちろんよ。言ったでしょ。あの腕を手に入れないといけないの」

 それに、もし本当に魔族の実験動物が暴れて被害を出しているのだとしたら、やはり魔族である自分が何とかしないといけないのだろうと白音は思う。

「商談は成立ね?」

 そう言って白音が手を差し出すと、店主はその手をしっかりと握った。
 実は握手をして約束事を交わすという習慣はこの異世界にはないのだが、店主はちゃんとその意味を理解しているようだった。


「それとさっきも言ったと思うが、その人形の腕について、誓ってどこで誰が手に入れた、とかそういう情報はうちは持ってないからな? 何も分からなくても後で怒らないでくれよ?」

 本当に危険な召喚英雄は、一度機嫌を損ねると一瞬で殺されかねない。
 ルールや道徳など一顧だにしないのだ。
 そのことを店主は重々承知していた。

「それじゃあ、被害の出ている区域を教えよう」

 そう言って店主は、地図を取りに店の奥へと引っ込んだ。

「姐さん、ごめんなさいっす」

 ずっと横で白音の交渉を見ていたいつきが、耳元で囁く。

「どうしたの?」
「あの店の人に、ちびそらちゃんの手の価値が分かるわけないっす。もっと冷静に交渉すれば変な条件吹っかけられることもなかったっす」

 確かにこういうことには聡いいつきが珍しかったと思う。
 やはりちびそらのあの腕を見て、冷静ではいられなかったのだろう。
 もちろん白音だってそうだ。

「気にしないで。ちびそらちゃんの腕は取り戻さないとだけど、そうじゃなくてもどのみちみんなが困ってるなら、何とかしてあげたいしね」
「さすが姐さん、魔法少女っす」

 いつきがそう言うと、すぐにリプリンがその口調を真似て繰り返す。

「魔法少女っす!」

 そのうちが言葉遣いが移るんじゃないだろうか。


 戻ってきた店主が地図を広げ、大まかな事件の発生地点を教えてくれた。
 あまり目印のないような荒野なのだが、旅する者は道標みちしるべを立てたり、大岩や起伏のある地点を目印にして、それになりに街道のようなものができあがっているらしい。
 それでおおよその見当が付けられる。
 その中で、朱書きで丸く囲われているのが今近寄るのは危険とされている区域らしい。

「あ……」

 白音はその情報と、先程の雑貨店でもらった広範囲の地図とを付き合わせて場所を確認していたのだが、ふと手を止めた。

「どしたっすか?」
「いえ、大したことじゃないの。あとで話すわ」
「了解っす。ところでこれ、この印のところまでどのくらいの距離があるんすかね」
「馬があっても丸一日はかかるな。足はあるのかい?」

 いつきの質問には、店主が代わりに答えてくれた。
 日本語の基礎さえ理解できていれば、いつきの少し風変わりな口調でも問題なく通じるらしい。

「ああ、んー……」

 実は白音も、仲間と合流できれば馬車が必要になるかもしれない、とは考えていた。
 しかし今はむしろ、荷物が少ない方が速いだろう。

「いえ、いつきちゃんがいてくれるから、なんとでもなるわ」

 白音がいつきの方を見ている。
 尊敬する姐さんからの期待のまなざしだ。

「え、僕っすか?」

 とても嬉しかったが、(……僕、そんな魔法使えましたっけ?)といつきは不安になる。
 救いを求めて思わずリプリンの方を見たが、彼女も笑顔で大きく頷いてくれる。

(いや、絶対根拠ないっすよね…………)

「……召喚英雄にもいろいろいるもんだな」

 若干呆れ気味にそう言う店主の細い目が、笑っているように見えなくもない。

「まあ特に期限は切らないが、あんたらは早い方がいいんだろ?」
「ええ、でもほんとに平気よ。移動手段はちゃんとあるから。わたしたちもそんなに時間をかけるつもりはないし」
「分かった。じゃあ宜しくな」
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