ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第5話 オーパーツ その二

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 リプリンが魔法少女の変身を解いた。
 防寒着の下でコスチュームが光の粒子に変じて変身が解けていくのが分かる。
 だが彼女は素っ裸から変身したはずである。
 変身を解けば当然何も身につけていないだろう。
 素っ裸に上着だけなどと、ただの変質者である。

 だがリプリンは、さらに得意げに上着まで脱ぎ去る。

「そんなことしちゃだめっ!!」

 白音が慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
 だが予想に反して、リプリンは上着の下にもちゃんと服を着ていた。

「ん……、あれ?」


 リプリンは、白音とまったく同じ制服、黎鳳れいほう女学院のセーラー服を身に纏っている。
 ただしよくよく見れば、白音と同じクラス章まで付けている。
 もちろん白音にはそんなクラスメートの心当たりはない。
 ということは、リプリンが白音の制服をそっくりそのまま模倣しているのだ。
 どうやらそれを白音に見せたかったらしい。

「お揃い!!」

 そう言って嬉しそうにくるりとひと回りしてみせる。
 リプリンは物質の質感だけでなく、服装などの見た目までもそっくり真似ることができるらしい。
 これも魔法少女として開花した能力のひとつなのだろう。

 白音は興味をそそられて、リプリンのスカートの裾を摘んで手触りを確かめてみる。
 スライム毛布の時は質感だけだったのだが、これは見た目も質感も本物としか思えない。

「そんな風にされると、くすぐったいの!!」

 リプリンがスカートの裾を抑えて抗議した。
 制服の表面がうぞうぞぞわぞわと波打っている。
 やはり制服にも神経が通っているらしい。
 体の一部を変化させて形作られているもののようだった。

「そう、くすぐったいのね……」

 リプリンがそうやって少し距離を取るから、白音は余計に心惹かれてしまった。
 が、しかしそこは冷静に思いとどまる。

「…………って、だめよ。そんなことやってる場合じゃないわ。人目につくところでこんなことやってちゃだめよ!!」

 白音は辺りを見回して、リプリンをもっと目立たない裏路地へと連れ込む。
 いつきが脱ぎ捨てられたリプリンの上着を拾ってきてくれた。

「でも、衣装作らなくていいの、羨ましいっすね!」

 なるほど、いつきのようにアイドルをやっていた子から見れば、確かに便利な魔法だろう。

「うふっ」

 リプリンが笑って少しいつきを見つめると、見ている前で衣装が変化した。
 今度はいつきが着ているあけ中の制服になっている。

「しかも早変わり自在!! 最高っす!」

 いつきの頭の中には、即座にこの能力を使ったステージの演出プランが浮かんでいるようだった。

「でも、いつきちゃんだって、幻覚魔法を使えば同じようなことができるんじゃないの?」

 どのみちギルドの規約に反するから、幻覚だろうとうねうね動く衣装だろうと、ネットに上げてはいけない映像になってしまう。
 魔法の存在を示す証拠になるような映像は、公開してはならないのだ。

「いえいえ、幻覚じゃだめっす。かわいい衣装は実際に着ないとアガらないっす」

 白音はアイドルではないが、そんな風に言ういつきの気持ちは理解できた。
 白音だって素っ裸で魔法少女やれと言われても無理だ。
 コスチュームがあればこそアガるというものだ。



 白音たち三人は、はぐれ召喚者のリックから聞いていたもう一軒の奴隷商を訪れた。
 こちらは随分立派な構えの店だった。
 石造りのその佇まいからは風格すら感じる。
 この町の歴史は浅いはずだが、それでもその全部を見届けてきたのではないかと思うような雰囲気があった。
 一軒目に訪れた雑貨商のイケメン店主によれば、この店は自分たちとは逆に奴隷の扱いを主な商いとしているということだった。
 奴隷と一緒に現世産の品々も持ち込まれるので、ついでにそれらも捌いている、という感じだそうだ。

 ここでははぐれ召喚者のみならず、一般的な奴隷も売り買いできるらしい。
 魔族との戦争以前なら魔族の奴隷が多くいたのだろう。
 しかし魔族領が消失してしまった今は、いったい誰が売り買いされているのだろうか。
 白音は奴隷商の建物の大きさを感じれば感じるほどに、やるせない気持ちになった。

 白音がエントランスの大きな両開き扉を開けると、店内の空気がぴりっと変わったのが分かった。
 こういう町では情報も生死を分ける武器になる。
 おそらく白音が二日前の巨大な魔力波エーテルブームの主であることくらいは、既に知れ渡っているのだろう。
 まばらな客と店員からの視線には、恐れと好奇心が半々といった色が覗える。


 白音たちは、まずは店内を興味深げに見回す。
 ここに来る前にみんなで相談して決めておいた手筈だ。
 真っ直ぐにカウンターへ行って「こんな魔法少女を見なかったか?」などと聞けば間違いなく足下を見られる。
 もし本当に誰かが捕らえられていれば、法外な値段を吹っかけられてしまうだろう。
 だからこちらの意図は悟らせずに、できるだけ相手からの情報を引き出すつもりだった。
 一軒目の奴隷商では店主の誠実さに救われたが、あまりお人好しでは救える仲間も救えなくなるかもしれない。
 白音は、いつきのしなやかな処世術からそれを学んでいた。

 店内には、雑多に現世界産の品々と思われるものが並べられている。
 奴隷を買い取った時に身ぐるみを剥いだものが大半なのだろう。
 異世界の人間にはそれらの価値の判断がつかないため、何でもかんでも置いてあるという印象だった。
 ただのゴミにしか見えないようなものでも、時としてはぐれ召喚者たちがとんでもない高値を付けてくれることがあるのだ。
 さながらそれは、『ジャンクオーパーツ屋』といったおもむきだった。

 なんの脈絡もなく並んでいる品々は、しかし客の手の届かないところに陳列されている。
 召喚英雄によっては、持っている固有魔法ユニークの効果次第で盗みなど簡単にできてしまう。
 多分それを警戒しているのだろう。
 ただ魔法使いを相手にするのなら、手が届かないからといって盗めないということでもないのだが。


 白音は並べられた品々を物色するふりをしながら、店員に軽く探りを入れてみる。

「何か面白そうなもの、入荷しました?」

 スマホ、自転車の鍵、パスケース、電子たばこ、通学カバン、タブレットキャンディ。
 適当な値段が付けられた売り物に生活感がありすぎて、白音はちょっと言葉に詰まりそうになる。
 明らかに盗品であるそれらの持ち主は、今どこで何をしているのだろうか。

「て、てて、店主がお話を伺います。しょ、少々お待ちを」

 声をかけられた店員が、慌てて店の奥に引っ込んだ。
 問題のありそうな客が来たら、店主が直接応対することになっているのだろう。


「ててて? しょしょしょ?」

 リプリンが店員の口調を真似た。
 それは日本語ではなく現地語だったのだが、焦るとしどろもどろになるのは異世界も共通である。
 同じ音が何度も聞こえたのが面白かったのだろう。
 人見知りなリプリンが、白音たち以外にも興味を向け始めているらしい。

 三人で『ててて店主』が出てくるのを待っていたが、残念ながら呼ばれてきた男はそんな風には名乗らなかった。
 こちらの奴隷商の店主は、どうやら見た目に実年齢が伴った初老くらいの男性らしい。
 顔の皺に埋もれそうなほど細い目の奥から、鋭い眼光が覗いている。

「新しく来た召喚英雄ってのはあんたたちかい?」

 かなり流暢に日本語を使いこなし、店主がそう尋ねた。
 やはりその手のニュースが広まるのは早いらしい。
 あと数時間もすればそこに「リックたちを返り討ちにした」というネタが付加されるのだろう。
 さすがにもう、『素知らぬふりで目立たないようにする』のは無理があると白音も悟った。

「多分わたしたちのことだと思うわ。他にも召喚されてきた人がいなければだけど?」

 そうやって白音は、何とか知りたい情報の方へと話題を向けてみる。

「あんたたち以外には知らないな……。あとは疫病持ちの老人が来たって聞いてるが、どう見ても別口だろ?」

 やはりここでも、魔力波エーテルブームの主と、老人以外の情報はないようだった。
 結局そのどちらも、白音たちのことだ。

「うちじゃなくともこの辺りで奴隷の入荷があれば、情報は必ず入ってくる。その二件以外はここしばらく聞いてないな。召喚英雄が誰の目にも触れず、あの荒野を生き抜いてどこかへ行ったのなら分からないがね」

 確かにあれだけ広大な土地を、誰の助けも借りずに脱出するのは難しいだろう。
 それにこの町ははぐれ召喚者の発見を商売の種にしている。
 彼らにまったく察知されず、というのもかなり無理がある。
 良くも悪くも、多くの目が白音の仲間たちを探してくれているのだ。


「姐さん、あれ!!」

 いつきが突然、オーパーツが陳列された棚を指さして大きな声を上げた。
 そこには小さな人形の腕が置いてあった。

 いや…………。

 肩の下から引きちぎられたような、長さ10センチメートルにも満たない小さな腕だった。
 手の部分には、ぼろぼろになった手袋が嵌められている。
 薄汚れてはいるが、それはそらの魔法少女コスチュームのグローブと同じデザインに見える。
 つまり……それはちびそらの腕である可能性が高かった。

「!!!!! おじさん!! それ、どこでっ!?」
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