ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】(タイトル改訂)

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
174 / 216
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第5話 オーパーツ その一

しおりを挟む
 白音といつきはひとしきり、泣いた。
 現世風の料理を出してくれる店で、神一恵かみひとえの想い出を語り合った。
 女の子が大好きで、ちょっとスケベで、とても頼りになって、でもちょっと変態の神一恵のことを笑って語り合い、想いを馳せ、そしてまた泣いた。

 泣くたびに、リプリンがふたりの背中をさすって慰め続けてくれた。

「あ……、わたしたち、男性に見えてるんだった……」

 白音がふと我に返って辺りを見回す。
 治安の悪いこの町で無用のトラブルを避けるため、三人はいつきの幻覚で正体を偽っている。
 周囲の客からすれば、『むくつけきおっさん』三人が泣きじゃくって慰め合ってるように見えているはずだった。
 そんなもの誰も見たくないだろう。

「大丈夫っす、おっさん三人組は途中から酔いつぶれて寝てる設定にしたっす」
「そう……、ありがとう。でも昼間からそんなに飲んでるなんて、どうなの………」


 それはそれで白音からすれば異様なのだが、しかしここではそれはありふれた光景らしい。
 誰も三人のことを気にしている様子はなかった。

「いいんだか、悪いんだか……」



 泣くだけ泣いて少し落ち着いた白音たちは席を立つ。
 かけがえのない仲間たちの行方を捜すため、何とか手がかりを見つけなければならない。
 白音が勘定を済ませていると、いつきが律儀に頭を下げた。

「姐さんあざっす。ごちそうさまっす」
「そんなこといいのよ。このお金もいい使い方ができて良かったわ」

 ついでに白音は店の人に、佳奈たちを見たことがないか聞いてみる。
 全員の特徴を説明しようとするが、店員たちは片言の日本語しか理解できないようだった。
 そこで白音は、この世界の人族の言語へと切り替えて詳しく聞き込みをする。
 異世界人がこれだけ溢れている町でなら、多少魔族訛りがあったとしても『召喚英雄』ということでごまかせるだろう。

 人を探したければ、本当はスマホの写真を見せた方が話は早いのかも知れない。
 しかしここでそんなものを使って問題にならないのかまだよく分からないので、白音は言葉だけで何とか聞き込みをする。
 少なくとも、まだ電池の切れていないスマホはかなりの貴重品のはずだった。

 しかし残念ながら彼らが知っていたのは、荒野で白音が上げた巨大な魔力波エーテルブームと、いつきが扮した『疫病にかかった老齢の召喚英雄』の話だけだった。
 つまり白音たち以外の『召喚英雄』は、誰も見かけていないということだ。


 白音と店員たちのそのやり取りを、いつきが熱心に見つめている。

「ん? どうしたの、いつきちゃん?」
「いえ、普通に喋れてる姐さん、さすがっす」

 白音が、外国語ですらない謎の言語で流暢に会話できていることを言っているらしい。

「このお金だって、どれがなんなのか僕にはさっぱりっす。金色の奴が高そうかな、くらいしか分かんないっすよ」
「ふふ、それは金貨ね。確かに高い奴かも。わたしが学んだのは随分昔の話だけど、あまり変わってないようで助かったわ。でもこんなの、ここに住んでれば誰でもできるようになることだから」

 白音が魔族だった前世で訓練したことが役に立っていた。
 人族社会に紛れ込んで諜報活動を行うために身につけたものだ。
 人族と戦争をしていた魔族には、必要なことだった。


「姐さんは……、姐さんは、この世界の人の生まれ変わりなんすよね?」

 少し遠慮がちにいつきがそう尋ねた。

「うん。まあ、ヒトじゃあないんだけどね?」

 特に何か意味があって言ったわけではないのだが、白音は言った直後に余計なひと言だったと思った。

「ああ……」

 案の定、いつきが返答に困ってしまった。
 だがその少しの沈黙を、リプリンが盛大に茶化した。

「ヒトなのはいつきちゃんだけぇぇぇ!!」
「うわ、ホントっすね。少数派っす。ふふ」

 白音はふたりの頭をくしゃくしゃと撫でて一緒に笑う。
 白音は魔族の生まれ変わりだが、ヒトもスライムも彼女にとっては等しく愛しい存在だ。



「それで姐さん、これからどうするんすか?」

 居酒屋兼ファミレス兼ファストフードみたいな店を後にすると、いつきが尋ねた。

「この町にはもう一軒、奴隷を扱うところがあるらしいの」

 白音は、そこで情報を集める予定だったことをいつきに説明する。

「了解っす。ではそこへ向かいましょう……。あ、その前に、幻覚と変身を解いていいっすか? 魔力を温存しときたいんで」

 チーム白音のメンバーは皆、星石と魂が融合している。
 それは魔法少女としてはより大きな力を手にしたことを意味している。
 変身していなくとも常に体内には魔力が巡り、簡単な魔法プライマルならそのままでも使えるようになる。 魔法が日常となるのだ。

 しかしいつきはそうではない。
 魔法少女へと変身した時にのみ星石が体内へと取り込まれ、魔力を供給してくれる。
 つまり変身していなければ魔法が使えないということだ。
 そのような魔法少女たちはおおよそ、融合を果たした者たちと比べると魔力の総量は小さく、回復も遅い傾向にある。
 いつきはもしもの時に備え、魔力を回復させて万全の状態でいたいと考えているのだ。

「もちろんよ。何かあったらわたしが対処するわ」

 白音は少し大げさなくらいに胸を張って、任せてくれと請け合った。
 いつきはここに来るまでずっと変身しっぱなしで、心休まらず、緊張していたんだろうなと思う。
 白音が傍にいるので、安心してくれているんだろう。
 白音ならば変身を解いていても、何か起これば十分に対処することができる。


 変身を解いたいつきは紺色のイートンジャケットの制服を着ていた。
 白音はいつきのその姿を、根来ねくる衆との戦いに赴く前にもちらっと見ている。
 白音や佳奈、莉美が通っていた中学のものと似ていたので少し気になっていたのだが、やはり改めて近くで見ると、自分たちの母校『曙台中学』の制服に間違いない。

「それ、あけ中の制服よね?」
「そうっす」

 いつきが少し照れたような表情を浮かべた。

「家出してからずっと中学行ってなかったんすけど、姐さんたちと同じ高校に行きたくて、ギルドに相談したら転入させてくれたんす」

 いつきは白音たちのふたつ年下と聞いていたから、中学二年生になる。
 なのに制服が真新しく、下ろし立てに見えたのはそういうわけだったらしい。


「偏差値調べたら、さすがに白音の姐さんの高校は無理だと思ったんすけど、なんとか勉強して佳奈姐さんたちと一緒に通えたらなぁって思って」

 頑張って勉強しているいつきを想像すると、やはりこんな異世界に連れてきてよかったのだろうかと白音は自問してしまう。
 ただ彼女が進学したらしたで、佳奈や莉美は異世界に行ってしまってもういません、となるのだろう。
 それはそれでまた、どうなのかなとも思う。

「んじゃあ、こっちの世界でもわたしやそらちゃんが勉強見てあげるね」
「え?! あ、いや……。別に、勉強したかったわけでは…………」

 ちょっと及び腰になったいつきの肩を、白音ががっしりと掴む。

「わたしたち、そういうのは慣れてるから任せて!!」
「あ、ああ……。はいっす」

 多分パワハラではない、と思う。


 白音の消耗はさほどではなく、むしろ魔法少女の姿でいると、生み出される魔力の方が多くて有り余ってしまう。
 しかしそれでも変身を解くと緊張から解放されて少しほっとする。
 いつきと共にひと息ついていると、にっこりと笑ったリプリンと目が合った。
 正直なところ、白音には魔法少女となったスライムであるリプリンの感覚はよく分からない。
 しかし自分たちと同じように、変身を解けばやはり気が休まるのだろうかとふと思った。
 もしそうなら、彼女の服を買ってこないといけないだろう。
 何しろ彼女は……。
 もう一度リプリンがにっこりと笑った。

「んじゃあ、わたしも変身解くねっ!!」

 リプリンがそう言うと、防寒着の下でコスチュームが光の粒子に変じて変身が解けていくのが分かる。

「あ……、ちょっ!?」

 感覚とか、気持ちとか、そういうことではない。
 白音がそうするからリプリンもそうするのだ。それを忘れていた。
 白音は慌てた。リプリンは素っ裸から変身したはずである。
 それを忘れてはならない。
 変身を解けば当然何も身につけていないだろう。
 素っ裸に上着だけなどと、ただの変質者である。
 だがリプリンは、さらに得意げに上着まで脱ぎ去る。

「そんなことしちゃだめっ!!」

 白音が慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

処理中です...