ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

文字の大きさ
上 下
174 / 214
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第5話 オーパーツ その一

しおりを挟む
 白音といつきはひとしきり、泣いた。
 現世風の料理を出してくれる店で、神一恵かみひとえの想い出を語り合った。
 女の子が大好きで、ちょっとスケベで、とても頼りになって、でもちょっと変態の神一恵のことを笑って語り合い、想いを馳せ、そしてまた泣いた。

 泣くたびに、リプリンがふたりの背中をさすって慰め続けてくれた。

「あ……、わたしたち、男性に見えてるんだった……」

 白音がふと我に返って辺りを見回す。
 治安の悪いこの町で無用のトラブルを避けるため、三人はいつきの幻覚で正体を偽っている。
 周囲の客からすれば、『むくつけきおっさん』三人が泣きじゃくって慰め合ってるように見えているはずだった。
 そんなもの誰も見たくないだろう。

「大丈夫っす、おっさん三人組は途中から酔いつぶれて寝てる設定にしたっす」
「そう……、ありがとう。でも昼間からそんなに飲んでるなんて、どうなの………」


 それはそれで白音からすれば異様なのだが、しかしここではそれはありふれた光景らしい。
 誰も三人のことを気にしている様子はなかった。

「いいんだか、悪いんだか……」



 泣くだけ泣いて少し落ち着いた白音たちは席を立つ。
 かけがえのない仲間たちの行方を捜すため、何とか手がかりを見つけなければならない。
 白音が勘定を済ませていると、いつきが律儀に頭を下げた。

「姐さんあざっす。ごちそうさまっす」
「そんなこといいのよ。このお金もいい使い方ができて良かったわ」

 ついでに白音は店の人に、佳奈たちを見たことがないか聞いてみる。
 全員の特徴を説明しようとするが、店員たちは片言の日本語しか理解できないようだった。
 そこで白音は、この世界の人族の言語へと切り替えて詳しく聞き込みをする。
 異世界人がこれだけ溢れている町でなら、多少魔族訛りがあったとしても『召喚英雄』ということでごまかせるだろう。

 人を探したければ、本当はスマホの写真を見せた方が話は早いのかも知れない。
 しかしここでそんなものを使って問題にならないのかまだよく分からないので、白音は言葉だけで何とか聞き込みをする。
 少なくとも、まだ電池の切れていないスマホはかなりの貴重品のはずだった。

 しかし残念ながら彼らが知っていたのは、荒野で白音が上げた巨大な魔力波エーテルブームと、いつきが扮した『疫病にかかった老齢の召喚英雄』の話だけだった。
 つまり白音たち以外の『召喚英雄』は、誰も見かけていないということだ。


 白音と店員たちのそのやり取りを、いつきが熱心に見つめている。

「ん? どうしたの、いつきちゃん?」
「いえ、普通に喋れてる姐さん、さすがっす」

 白音が、外国語ですらない謎の言語で流暢に会話できていることを言っているらしい。

「このお金だって、どれがなんなのか僕にはさっぱりっす。金色の奴が高そうかな、くらいしか分かんないっすよ」
「ふふ、それは金貨ね。確かに高い奴かも。わたしが学んだのは随分昔の話だけど、あまり変わってないようで助かったわ。でもこんなの、ここに住んでれば誰でもできるようになることだから」

 白音が魔族だった前世で訓練したことが役に立っていた。
 人族社会に紛れ込んで諜報活動を行うために身につけたものだ。
 人族と戦争をしていた魔族には、必要なことだった。


「姐さんは……、姐さんは、この世界の人の生まれ変わりなんすよね?」

 少し遠慮がちにいつきがそう尋ねた。

「うん。まあ、ヒトじゃあないんだけどね?」

 特に何か意味があって言ったわけではないのだが、白音は言った直後に余計なひと言だったと思った。

「ああ……」

 案の定、いつきが返答に困ってしまった。
 だがその少しの沈黙を、リプリンが盛大に茶化した。

「ヒトなのはいつきちゃんだけぇぇぇ!!」
「うわ、ホントっすね。少数派っす。ふふ」

 白音はふたりの頭をくしゃくしゃと撫でて一緒に笑う。
 白音は魔族の生まれ変わりだが、ヒトもスライムも彼女にとっては等しく愛しい存在だ。



「それで姐さん、これからどうするんすか?」

 居酒屋兼ファミレス兼ファストフードみたいな店を後にすると、いつきが尋ねた。

「この町にはもう一軒、奴隷を扱うところがあるらしいの」

 白音は、そこで情報を集める予定だったことをいつきに説明する。

「了解っす。ではそこへ向かいましょう……。あ、その前に、幻覚と変身を解いていいっすか? 魔力を温存しときたいんで」

 チーム白音のメンバーは皆、星石と魂が融合している。
 それは魔法少女としてはより大きな力を手にしたことを意味している。
 変身していなくとも常に体内には魔力が巡り、簡単な魔法プライマルならそのままでも使えるようになる。 魔法が日常となるのだ。

 しかしいつきはそうではない。
 魔法少女へと変身した時にのみ星石が体内へと取り込まれ、魔力を供給してくれる。
 つまり変身していなければ魔法が使えないということだ。
 そのような魔法少女たちはおおよそ、融合を果たした者たちと比べると魔力の総量は小さく、回復も遅い傾向にある。
 いつきはもしもの時に備え、魔力を回復させて万全の状態でいたいと考えているのだ。

「もちろんよ。何かあったらわたしが対処するわ」

 白音は少し大げさなくらいに胸を張って、任せてくれと請け合った。
 いつきはここに来るまでずっと変身しっぱなしで、心休まらず、緊張していたんだろうなと思う。
 白音が傍にいるので、安心してくれているんだろう。
 白音ならば変身を解いていても、何か起これば十分に対処することができる。


 変身を解いたいつきは紺色のイートンジャケットの制服を着ていた。
 白音はいつきのその姿を、根来ねくる衆との戦いに赴く前にもちらっと見ている。
 白音や佳奈、莉美が通っていた中学のものと似ていたので少し気になっていたのだが、やはり改めて近くで見ると、自分たちの母校『曙台中学』の制服に間違いない。

「それ、あけ中の制服よね?」
「そうっす」

 いつきが少し照れたような表情を浮かべた。

「家出してからずっと中学行ってなかったんすけど、姐さんたちと同じ高校に行きたくて、ギルドに相談したら転入させてくれたんす」

 いつきは白音たちのふたつ年下と聞いていたから、中学二年生になる。
 なのに制服が真新しく、下ろし立てに見えたのはそういうわけだったらしい。


「偏差値調べたら、さすがに白音の姐さんの高校は無理だと思ったんすけど、なんとか勉強して佳奈姐さんたちと一緒に通えたらなぁって思って」

 頑張って勉強しているいつきを想像すると、やはりこんな異世界に連れてきてよかったのだろうかと白音は自問してしまう。
 ただ彼女が進学したらしたで、佳奈や莉美は異世界に行ってしまってもういません、となるのだろう。
 それはそれでまた、どうなのかなとも思う。

「んじゃあ、こっちの世界でもわたしやそらちゃんが勉強見てあげるね」
「え?! あ、いや……。別に、勉強したかったわけでは…………」

 ちょっと及び腰になったいつきの肩を、白音ががっしりと掴む。

「わたしたち、そういうのは慣れてるから任せて!!」
「あ、ああ……。はいっす」

 多分パワハラではない、と思う。


 白音の消耗はさほどではなく、むしろ魔法少女の姿でいると、生み出される魔力の方が多くて有り余ってしまう。
 しかしそれでも変身を解くと緊張から解放されて少しほっとする。
 いつきと共にひと息ついていると、にっこりと笑ったリプリンと目が合った。
 正直なところ、白音には魔法少女となったスライムであるリプリンの感覚はよく分からない。
 しかし自分たちと同じように、変身を解けばやはり気が休まるのだろうかとふと思った。
 もしそうなら、彼女の服を買ってこないといけないだろう。
 何しろ彼女は……。
 もう一度リプリンがにっこりと笑った。

「んじゃあ、わたしも変身解くねっ!!」

 リプリンがそう言うと、防寒着の下でコスチュームが光の粒子に変じて変身が解けていくのが分かる。

「あ……、ちょっ!?」

 感覚とか、気持ちとか、そういうことではない。
 白音がそうするからリプリンもそうするのだ。それを忘れていた。
 白音は慌てた。リプリンは素っ裸から変身したはずである。
 それを忘れてはならない。
 変身を解けば当然何も身につけていないだろう。
 素っ裸に上着だけなどと、ただの変質者である。
 だがリプリンは、さらに得意げに上着まで脱ぎ去る。

「そんなことしちゃだめっ!!」

 白音が慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...