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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第4話 この素晴らしき異世界に女子会を その四

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※毎週一話ずつ、木曜日19時頃の公開を予定しています。



 雑貨店の店主は白音とリプリンに、きめ細かな気配りをしてくれた。
 過剰すぎるサービスに、さすがに白音が気兼ねしていると、

「あんたが英雄王にでもなって世界を支配したら、俺を御用商人にしてくれよ」

 店主は冗談とも本気ともつかない調子でそう言って笑った。
 少なくとも彼は、異世界からやって来た白音がこの先必ず名を上げると信じて疑わない様子だった。


「って……。いやいや、支配なんてしないから!!」
「どうだろうな。じゃあこれ、前金だ。一部は銀貨にしといたぜ。のこりは全部金貨でいいよな?」

 たとえ代金の一割でも、革袋はかなりの重みになった。
 奴隷自体が高値で取り引きされるのか、それとも召喚英雄が格別の高値で売れるのか。
 いずれにせよ、この町が発展した原動力になっているのは間違いなさそうだった。


「ああ、えーっと日本人が言ってたな。金貨は一枚が十万えん? 銀貨一枚は千えん? くらいの価値らしいぜ」

 本当に至れり尽くせりで白音は感謝した。
 実年齢より老けて見えるとか思って申し訳なかったと反省する。
 店主曰く、白音は嘘をつけない、らしいが。

「リックたちを引き取ったら諸々精算しておくからな。また後で寄ってくれ」
「本当にいろいろありがとう。助かるわ」

 白音が心よりの感謝を述べると、リプリンも一緒に頭を下げた。

「ありがとう、ピカピカ頭のおじさん」
「うわっ!! リプリンっ?!」

 白音が慌てて謝ったが、店主は笑っていた。

「ははは。気にするな。娘にはもっと酷い事言われてるぜ。それよりもこれ、おまけに付けてやるよ」

 店主は自分の頭をポンポンと叩きながら、折り畳まれた紙を差し出した。

「この辺の地図だ」

 白音からすれば当たり前の紙製の地図だが、製紙技術や正確な測量技術も前世の時代にはなかったものだ。
 この世界は、現世界人の流入によって相当な様変わりをしているらしい。

「あまり詳しい地図はタイアベルが機密扱いしてるから売れないんだが、日本人のおかげでこういう物も安く手に入るんだ。人捜しするんならあった方がいいだろ?」


 本当に痒いところに手が届く心配り、何から何までお世話になった。
 深々と頭を下げて白音は雑貨店を後にした。

「またね、イケメンのおじさん!!」

 リプリンがそう言うと、見送る店主が親指を立ててくれた。

「おう。こっちもなんか情報が入ったら教えてやるよ」

 うん、イケメン。 白音もそう思った。
 娘さんが彼を見直してくれるといいのだが。



 結局リックたちの処遇についてはこれで良かったのかどうか、白音にはまだ少し迷いがあった。
 人さらいの一団がひとつ減った、それくらいでは大した変化もないのだろう。
 しかしこういう連中が、召喚されたての英雄に痛い目に遭わされた。だから気をつけた方がいい。
 そういう話がひとつ増えることに、少しくらいは意味があるはずだと白音は思いたかった。


 大通りの喧噪を少し離れて、白音はもらった地図を開いた。
 見知った地形がないかと探してみる。

「変な地図だね。見たこと無い地形ばっかり」

 リプリンは白音と同じで、空気感でここが生まれ故郷であると悟ってはいるのだろう。
 しかし、頭の中はすっかり現世界人という感じだった。
 現代人のスライムというのも変な話だが、彼女にとってここは完全に見知らぬ世界なのだ。

「ど真ん中に大きな荒野があるものね。こんな場所聞いたこともな…………」

 熱心に地図を見ていた白音がふと動きを止める。
 そこに前世の記憶を刺激してくるものがあることに気づいた。
 記憶を整理して当てはめると、ぴたりと一致する地形があると、気づいてしまった。
 白音は愕然として、へなへなとその場にへたり込む。

「白音ちゃん? どうしたの、おなか痛い?」

 ただの荒野に変貌してしまっていてまったく気づかなかったが、その辺縁を形作る山や、川、森には見覚えがあった。
 ここは魔族領だ。いや、かつて魔族領だった場所だ。
 その全部が、更地になってしまっているのだ。


「戦争……だけど。何をしたらこんなになってしまうの…………。あんなに豊かだった土地が、どうやればこんなに……」

 白音のまぶたの裏に浮かぶ魔族領は荒野ではない。
 周辺の土地と同じく山や川、起伏に富んだ土地があり、森や豊かな穀倉地帯も広がっていた。

 おそらくはゲリラ戦に長けた魔族の戦士たちを一掃するため、だろう。
 大規模な魔法か何かで、魔族領を何も無い、文字通りに何も無い真っ平らな荒野へと変えてしまったのだ。

「こんなにしないと、いけなかったの…………」


 嗚咽を漏らしてうずくまる白音の背中を、リプリンがさすってくれている。

「どこかで休む? わたし、中から見てあげよっか?」

 どうしたら白音が元気になってくれるのか分からず、リプリンがただ優しく包み込むようにして震えるその背中を撫でる。
 そうしていると突然、ふたりのさらに背後から声をかけられた。

「大丈夫っすか?」

 完全な死角からだったので白音は飛び上がった。
 ショックを受けていて油断があったとは思う。
 にしても完全に不意を突かれてしまった。
 慌てて振り返ると、さっきのぼろを来た老人がいた。

「ひいぃぃっ!!」

 白音は驚きのあまり、例のかわいい悲鳴を上げてしまった。
 どうやら本当に驚くとこういう声が出てしまうらしい。

 ただれた皮膚、ミイラのようにやせ細った手足。落ちくぼんだ目。
 死体と区別がつかない。
 いや、先程は本当に死体だったではないか。

「びゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 リプリンは白音以上に驚いてしまったらしく、パニックに陥ってしまった。
 リプリンの人としての形が崩れて、輪郭がぐにゃぐにゃと揺らいでいる。
 姿を維持できなくなっているらしく、どんどんドロドロに溶けた蝋人形のようになっていく。

「わーっ! わーっ! 化け物ーーーっ!!」

 その半壊した蝋人形が、動く老人の死体を指さして叫んでいる。

 すぐに騒ぎを聞きつけた人が集まってくるだろう。
 確かに白音から見ても化け物は老人の方である。
 ただ衆目にさらされれば、どちらかと言えばリプリンの方がまずい立場になりそうだった。

 恐慌を来したリプリンをなんとか落ち着かせなければならないのだが、しかし老人の死体の方もリプリンが溶けていく様を見て驚いたらしく、やはり叫び声を上げた。

「ば、ば、化け物っす!!」

 互いを化け物と呼び合うふたりを見て、どっちもどっちだとは思った。
 気持ちは分かる。
 しかし白音はその声に聞き覚えがあって、それで少し冷静になれた。

「っす?」
「っす!」
「もしかして、いつきちゃん?」
「そうっす! 白音のねぇさん!!」

 死体紛いの老人が無表情のまま白音に向き直り、抱きついてきた。

「や、ちょっと…………。幻覚よね、それ。解いて……」


 どう見てもゾンビに襲われている魔法少女なのだが、白音は少し落ち着きを取り戻した。
 ぐずぐずに溶けた蝋人形はの方はまだ事態が飲み込めず、ただおろおろと、いやどろどろとするばかりだった。

「良かった。無事でホント良かった」

 白音はいつきの無事(?)を喜んだが、しかし周囲には騒ぎを聞きつけた人が集まり始めている。

「さ、騒ぎになると困るわね……」

 白音は抱きついたゾンビが本当に火浦ひうらいつきなのか、せめて感触と匂いで確認しようとする。

ねぇさん、くすぐったいっす。ちょっとエッチっす」

 そうは言われても、白音には幻覚のせいでどこを触っているのかよく分からない。

「周りの人たちなら平気っすよ。今の僕たちは、『戦争から帰ってきた旦那と、感動の再会をする母と娘』に見えてるっすから、そのうち飽きたらみんなどこかへ行くと思うっす」
「さすが……。器用なものね、助かるわ。……でもその設定なんなの……」
「趣味っす!!」

 趣味ならしょうがない。

「……でもちょっと人気ひとけの無いところに行きましょう。あまり手の内は見せない方がいいわ。ここは油断のならない所みたいだから」
「はいっす!!」



 いつきはリュックに詰めてきたおやつだけで、なんとか飢えを凌いでいたらしかった。
 それを聞いた白音は、ひとまず食事のできるところへ行こうと提案した。
 いつきにまともな食事を取ってもらい、情報交換をするつもりだ。

 そこでいつきに頼んで幻覚の魔法をかけてもらった。
 三人の姿を『むくつけきおっさん三人組』に偽装する。
 この町には飲食ができる場所と言えば、酒場のようなものしかない。
 女の子三人で安全に食事できるような場所ではないだろう。

「でも僕、この世界のお金なんてないっすよ?」
「任せて」

 そう言って白音は、先程中身イケメンの雑貨店主から受け取った革袋を見せる。
 ジャリッとしっかり中身が入っている音がする

「さすが姐さんっす。もう資金調達してるなんて!!」

 むくつけきおっさん三人が金貨の入った革袋を手に、昼間からやっている酒場を物色してひそひそと相談をする。
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