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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第4話 この素晴らしき異世界に女子会を その一

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 馬車の御者台に、仲良く白音とスライムの少女が並んで座っている。
 馬車はガタガタと揺れながら、真っ平らな荒野を進んでいた。
 荒野は地平線の彼方まで続いていて、果てが無いように見える。
 昼間に太陽が高く上る方向だから、この世界でも『南』へ向かっている、という表現でいいんだろう。

「リプリン」

 しばらく黙っていた白音が、突然ぼそっと呟いた。

「なに?」
「あなたの名前よ。リプリンでどう?」

 ずっと押し黙っていたのは、あれやこれやとこのスライム少女の名前を考えていたらしい。

「わたしプリンじゃない。食べちゃだめ」
「いやいや…………」

 昨日の朝、本気で食べられてるのかと思ったのは私の方だけど? と白音は抗議したくなる。

「食べないわよ、何味なのよ…………」

 白音がすっと手を伸ばしてスライムの頭を撫でる。
 スライムは気持ちよさそうに目を細めると、頭からぞわぞわぞわっと波紋が立って全身へと伝わっていった。

「それそれ」
「?」
「なんかそれがかわいいから。さざ波が立つっていう意味のripplingから取ったの。食べるプリンじゃないわ。気に入らない?」
「リプリン!!」

 再びスライム少女の体表にぞわぞわぞわっと波が立つ。
 どうやら気に入ってくれたみたいだった。


 昨日リプリンの反撃に遭って死にそうになったはぐれ召喚者たちは、馬に乗って馬車の後をついて来るようにと言ってある。
 悪夢の惨劇の登場人物モブになった後で、彼らにはもう白音たちに逆らう気はないようだった。
 大人しく言うとおりについてきている。

 彼らは皆昨夜の戦いでかなりの重傷を負っていたのだが、そこはやはり召喚英雄である。
 既に動ける程度には回復していた。

 ただ、リックだけはビームでリプリンを傷つける恐れがあるため、ロープで縛り上げて馬車の荷台に載せてある。
 白音たちを拘束するつもりで持ってきたのであろうロープでだ。
 そしてついでに、彼にベースキャンプへの道案内もさせている。
 もう男たちは、完全に毒気を抜かれていた。


 リックから、ベースキャンプの本当の姿を聞かせてもらった。
 荒野に召喚英雄が現れることが多いのは本当で、時に異世界事案のような突発的な事故も発生するらしい。
 キャンプにいるはぐれ召喚者たちは、何も知らない転移したての現世界人を騙しては捕獲し、売りさばくことで生計を立てている。

 場合によっては優れた奴隷兵士として、とんでもない高値がつく事もあるのだとリックは得意げに語った。
 さらにはこちらで手に入らない、現世界の物品が手に入るのも魅力的なのだそうだ。
 そしてリックは「たまにはいい女も……」と言いかけて、白音に睨まれて慌てて黙った。

 リックたちのような集団は他にもいくつかあるらしい。
 そうしなければ生き延びられないということなのだろうが、そういう状況すべてに白音は憤慨する。
 そしてそれと共に焦燥感も募る。
 仲間たちがそんなくだらない事に巻き込まれていたらと、つい悪い方に想像を膨らませてしまう。


「なああんたら、何者なんだ?」

 心底理解できないといった調子でリックが聞いてきた。
『あんたら』と複数形になったあたり、ようやくスライムの少女が白音の魔法の産物ではないと認識したのだろう。
 だがそうなれば余計に、奇妙な取り合わせのふたり組に見えるのだろう。

「平和ボケした日本から召喚されたのに、戦い慣れてるし、馬も乗りこなすし、御者までできる。有り得ないだろ? 俺たちがこの世界に順応するのに、どれほど酷い目に遭って、どれほど時間が掛かったことか……」

 確かにそんな女子高生は早々いるまい。
 しかし白音が唇に人差し指を当てるポーズをすると、リックはもうそれ以上何も聞かなかった。



 ベースキャンプの少し手前で馬車を止め、白音はリックたちをさてどうしたものかと思案した。
 このままにしていいような連中ではないが、まさかベースキャンプの中を連れて行進するわけにもいかない。

 もしこれが魔族の国だったなら、犯罪者として衛視に引き渡して終わりである。
 近衛隊長に対して狼藉を働いたのだから、犯罪者たちもそれで本当に終わり、であろう。

 しかし人族の土地、それも日本人が幅を利かせるこのキャンプで、そもそもそれが犯罪行為として認識されているのかどうかすら分からない。


「こいつらどうしよう……」
「うーん?」

 そんな剣呑な会話がリックたちの耳に届いたのだろう。
 彼らの間に動揺が広がっていった。すぐに口々に命乞いを始める。
 どうしようか悩んでいる白音を見て、「面倒だからやっぱり始末する」とでも言い出すんじゃないかと心配したのだろう。

 白音の実力は分からないが、あの魔力量である。
 彼女が全員を瞬殺して、死体をスライムであるリプリンが溶かす。
 リックたちからすればリアリティがあって、簡単に実行できそうで、本当に怖いのだ。

「いやいや、殺さないから…………」

 白音もさすがにそこまで非情に徹する気はない。
 しかしこれ以上構っている余裕がないのも事実だった。
 男たち全員を馬から降ろすと、しっかりと縛り直して全員馬車に詰め込んだ。

「ちょっとここで大人しくしててね。キャンプの近くでこれをやると、多分あなたたちが身ぐるみ剥がされるんでしょ?」

 男たちは大人しく緊縛を受け容れる気のようだった。
 スライムにドロドロに消化されるよりはましだと考えたのかもしれない。

 彼らははひとまずそのままにして、キャンプで情報収集を行うことにする。
 リックには悪いが、もっと大事なことが白音たちにはあるのだ。


「ねぇ、リプリン。キャンプにはもっと大勢の人がいると思うんだけど平気?」

 白音はてっきり、リプリンがまた「中に入れて」と言い出すだろうと思っていた。
 だから少し覚悟をしてそう聞いてみた。
 だが彼女は、

「白音ちゃんと一緒に行きたい」

と応えた。
 そこで白音はリックたちから、防寒用のフード付きローブを二枚拝借した。
 セーラー服と魔法少女、どうしても人目を引いてしまうコスチュームの上からそれを羽織り、ふたりでキャンプの偵察に出ることにする。

 白音はリプリンが引きこもらずに、一緒についてくると言ったのがすごく嬉しかった。
 何がそんなに嬉しいのか自分でもよく分からなかったが、もしかしたら成長した我が娘を見ているような気分なのかもしれない。


 リックはその土地を『ベースキャンプ』と呼んでいたが、そこは小規模ではあるものの活気に溢れた場所だった。
 区画もしっかりと計画的に整備されており、清潔で文化的な建物が建ち並ぶ様は、『町』と呼んでも差し支えないだろう。

 白音はごろつきたちのたむろする、もっと退廃的で混沌とした集落を想像していた。
 きっと召喚英雄――日本人たち――の知識や技術、魔法が使われているのだろう。
 白音が知っているこの世界の他の町よりもよほど整然としている。

 ただしこの町には周囲を囲む塀はなく、衛視もいない。
 出入りは誰でも自由だった。
 それはここにいる人間たちはすべからく、誰からの管理も受けていない事を意味している。
 もちろん管理がなければ必然的に保護もない。
 自分の身は自分で守らなければいけない、ということだ。

『自由』と言えば聞こえはいいが、腕に覚えがなければとてもここでは生きていけないだろう。
 召喚者たちと、その恩恵にあずかろうとする現地人たちの思惑が交錯し、美しい碁盤の目のような欲望の町かどが形成されている。
 白音にはそんな風に思えた。

 白音たちは真っ先に奴隷を扱っているという商店へと向かった。
 場所はしっかりとリックから聞き出している。
 女性のふたり連れだとばれると、また間違いなくいらないトラブルを呼び込んでしまうだろう。
 だからふたりともフードをしっかりとかぶって顔も隠れるようにしている。

 リプリンは、白音の一挙手一投足を真似するようにして後ろにぴったりとくっついてくるのだが、心なしか背が高くなっている気がする。
 確かどちらかというと小柄だったと思うのだが、今は白音とほとんど変わらない身長になっている。
 スライムの特質を生かして、体をちょっと大きく見せているのだと思う。
 白音は猫が威嚇する時にやる、体毛を逆立てて体を弓なりにするポーズを連想してしまった。
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